[6-5]二度目の謁見、応接間にて


 大崩壊で世界が砂漠化する以前、碧天へきてんの龍都は農業大国だった。大きな湖と深い森、広い農地をようしていて、他国に輸出できるくらい資源が豊かな国家だ。

 あれから世界はずいぶん変わってしまったけれど、龍都の人々は今も変わらず早朝から元気に店を開け、それぞれの仕事に精を出している。


 昨日の店に向かう途中、八百屋さんらしきおじさんに声をかけられリンゴをもらい、屋台で焼き物を売っていたおばさんに声をかけられて野菜スープをもらった。なぜ……?


「貴重な商品なのに、なんか悪いことしちゃった」


 リンゴは小振りだけど甘味が濃くて美味しかったし、野菜スープは優しい味がして体が温まった。でも、食べなくて平気な僕が食べ物をもらうのは申し訳ない気がして、どうしようと思ってしまう。


「こういうのは気持ちだから、遠慮しないほうが喜ばれるよ。案外、こーやんが大泣きしてたの見られてたのかもね」

「かもですにゃん」

「やっぱり、そのせいかな」


 今さらながら恥ずかしくって、穴があったら隠れたい。加護の呪い効果か、あれだけ泣いてもまぶたや鼻は腫れてないし、頭も痛くないから僕は大丈夫なのに。喉が渇いた気はするけど気持ちの問題だろう。

 そういうわけで食堂に着いたのは想定よりだいぶ遅い時間だったけど、謁見えっけんの時間を約束していたわけではないしセーフだよね。

 朝ごはんを食べて、お城へ向かい、城門へ到着したのは十時半頃。昨日と同じようにカメラフォンを押せばすぐに応答があって、中へと案内された。なんか、お城の外装をしたオートロックマンションみたいだ……。


「おはよう御座います。朝から大変だったでしょう? どうぞ、こちらへ」


 中で待っていたルスランさんが、さわやかな笑顔で出迎えてくれた。本当に、何度見ても格好いい。さらっといたわりの言葉を口にできるのは、普段からそうしているからに違いない。

 今後の方針が決まった事を伝えると、まっすぐ応接間のほうへ通された。ふかふかのソファに腰掛け、飲み物を出されて待つ間に、段々と緊張が増してくる。


 今朝お父さんと通話して謎パワーを使い切っているので、クォームに説明を代わってもらうことはできない。失礼がないように上手く、話せるだろうか。

 静かな部屋でお喋りをする気になれず、僕は出された飲み物をいただきながら話すべきことをシミュレーションした。銀君とイーシィも静かにしている。しばらくそうしていると、部屋の扉が軽くノックされて開いた。ルスランさんと王様だ。


「おかえり。待っていたよ! 早速入国の手続きを」

はやらないでください、浅葱様。その端末も仕舞って、まずお掛けください。コーヒーでいいですか?」

「こういうのは勢いが大事なんだよ?」

「勢い余って圧になるのは良くないでしょう。陛下も、おわかりでしょうに」


 ルスランさんにたしなめられ、王様は不満そうな表情で黙り込む。手に持っていたタブレットのような端末をテーブルに置くと、昨日と同じく僕らの前に腰を下ろした。

 目の前で起こった主従の悶着にうっかりれていた僕は、挨拶をし損ねてしまったのだけど、銀君とイーシィも固まったままだから、大丈夫……かな?


「私は、心配なんだよ。うちの子になれば、私が、過酷な炎熱からも、黄昏たそがれのような敵からも、間違いなくまもってあげるのに」

「……ええと、すみません」

「恒夜は元々はうちの子だったのだろう? ここより他国を気に入ってしまったのかな。悲しいな……」

「そういうわけではないんです」


 悲しげに切々と語る王様の姿に、心が痛む。あの大崩壊の日、守りが届かず散った国民は多かっただろう。僕も、その一人で。

 だから今度こそ――と、王様は必死になっているのかもしれない。


「浅葱様、そういう言い方はよしましょう。コーヒーを飲んで落ち着いてください」


 戻ってきたルスランさんに綺麗な色のマグカップを手渡されると、王様は深くため息をついた。名前の由来でもある鮮やかな浅葱色の双眸そうぼうが、長い前髪の隙間から僕を見ている。自然と背筋が伸びて、僕は膝を揃えて両手を乗せ、姿勢を正した。


「わかっているよ。恒夜には、何か特別な力が働いているからね。私だって神竜の一角、世界のことわりを超えた何かが始まっていることは理解できているよ」

「恒夜さん、浅葱様はわかった上で駄々をこねているだけですので、お気になさらず。あなたの話を聞かせてください」


 真面目な表情になった王様と、優しく微笑みかけてくれるルスランさん、ふたりに見つめられて胸が高鳴る。いよいよ、この時が来てしまった。

 緊張感が胃を締め付けて口から心臓が飛び出しそうだけど、銀君とイーシィが僕を見て頷いてくれているから大丈夫、頑張れる。


「王様、ルスランさん。実は僕は、正規の方法でここへ戻ってきたわけではないんです。神竜族の方が感じた特別な力は、僕がいた異世界の神様の力……だと思います」


 浅葱様は黙って聞いてくれているけれど、その切れ長な目がすっと細められたのがわかった。きっと銀君と同じように、あるいは神竜族ゆえにより一層、『神様』という存在に対し良くない印象を持っているのだろうと思う。


「ここからいなくなった神様とは全く別なんですけど、世界を修復できる権能を持っているらしくて。僕はその方から、世界の未来を救えるかもしれない方法を教わりました。それは世界を管理する新しい神様を任命すること……です。神竜である浅葱様ならその役割にふさわしいのではないかと、僕は考えています」


 一気にそこまで話し切ってから、僕は口をつぐんだ。ちょっとしょりすぎたかもしれない。浅葱様は驚いたように目を丸くして僕を見ているし、ルスランさんも固まってる。どうしよう。質問などあれば答えます、って言うべきだったかも。

 沈黙が続くほどに心臓への負担も大きくなって、耐えられずうつむいたところで、隣の銀君が身を乗り出した。


「僕が恒夜君を見つけたのは、中央聖堂の跡地でした。果ての向こうとのつながる場所が、そこだったのかなと。僕も全部を理解できたわけじゃないですけど、恒夜君は嘘をつく奴ではないです。彼の言う『異世界の神様』とも話しましたが、恒夜君や世界のことを親身に考えてくれてるようでした。だから彼の話は信頼できると思ってます」


 いつものフランクな喋りよりちょっと硬い銀君の言葉が、静かな重みをともなって僕の胸に落ちてゆく。ここに来て最初に出会い、ここまで一緒に歩いてきた彼からのようが嬉しい。油断すると、また泣いてしまいそうだ。

 ややあって、向かい側で視線を落とし黙考していた浅葱様が顔を上げた。僕を見る両目がやわらかく細められる。


「なるほど、ね。君の言う方法によって今の世界に未来をひらくことができるのなら、私は喜んでその役割を引き受けるよ」

 



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