[6-4]想いを伝えて、絆を信じて


「おと……さ、……ふあぁ」


 これまで何度もメールをやり取りしてきた癖に、懐かしい声が耳に入ったらもう駄目だった。一気にえつが込み上げて、ろくに喋れないまま僕は号泣してしまった。ああもう、通話できる時間には限りがあるっていうのに、泣いてる場合じゃないのに……。

 お父さんは普段から落ち着いた声で感情を表すことは少ないんだけど、さすがに動揺したのか、スマートフォンの向こうから「どうした」とか「大丈夫か」なんて聞こえてくる。僕はぐすぐすとしゃくり上げながら、息も絶え絶えに何とか自分が今ケイオスワールドにいることを伝えた。

 父が沈黙したので、その間に深呼吸し、自宅から持ってきたハンカチで涙を拭いて鼻をかむ。思い切り泣いたので、むしろさっきより落ち着いたかも……。


[ケイオスワールドというと、おまえがはまっていたあれか。ゲームの世界が実は異世界だった……ってことか?]

「え、お父さん知ってたの!?」


 課金はしていなかったし、自宅のパソコンからログインしたこともないはずだけど、ばれてた! なんで?

 スマートフォンの向こう側から、忍び笑いの気配がする。


[俺はオンラインゲームのはしりをリアルタイムで見てきた世代だぞ。しかしまさか、自分の息子がラノベにありがちな展開に巻き込まれるなんてな……さすがに驚く]

「お父さん、全然驚いてるように見えない。メールで言ってた、お母さんが……ってどういうことなの?」


 大泣きしたからだけではなく、遅れて上ってきたしゅう心で耳と顔が熱い。確かに、僕がゲームに触れた切っ掛けはお父さんのパソコンからだし、社会人ユーザーの多かったCWFけいふぁんをお父さんが知っていても不思議はないんだけど。

 動揺しすぎて自分の状況がうまく説明できず、話の主導権を委ねることにした。向こうでお父さんが、うーんと唸ったのが聞こえる。


[話すと長くなるから、詳しくは後からメールする。実は俺も、思い出したのは三年ほど前なんだ。お母さんのことを、夢に見て……。でも俺は異界の適性が全くない人間だから、何を伝えたいかさっぱり聞き取れなくてな。それで、おまえに助けを求めたのかと]

「ううん、僕は、お母さんの夢は見てない……」

[変な形で伝えることになって悪かった。お前がどこで何をしようとしているかはずっと気になっていたんだが、写真を見て少し安心したよ。いい表情をしていたし、友達もたくさんできたんだな]

「うん、沢山できたし、いろいろ頑張ってるんだ。僕も、後でメールするね」

[楽しみにしてるよ]


 それから少しの沈黙が落ち、しばらくしてから父の声が届く。


[つらい目に遭ってないか? 困ったことがあれば、いつでも何でも相談しなさい。俺にできることがあれば、どんなことでも]


 その声だけで、お父さんがどんなに僕を心配しているかが伝わってきて、一気に視界がぼやける。だいぶぐしゃぐしゃになってしまったハンカチで鼻をかみなおしてから、僕はなるべく明るい声で答えた。


「大丈夫、みんな親切で、自分でもびっくりするくらい上手くやれてるから! ありがとう、お父さん」

[そうか。おまえがそう言うなら、心配のしすぎも良くないな]


 父は画面の向こうで笑ったようだった。と同時にいつものノイズが入り始めたので、通話時間の終わりを悟る。

 昨日クォームとも結構長い時間通話したからか、今日はもう限界みたいだ。


「心配してくれてありがとう。僕、頑張るよ。時間だから切るけど、また電話する」

[そうか、わかった。俺も、いつでも出られるように努力する]

「ありがとう! またね!」


 それを最後に、ひときわ大きなノイズが入って音声が途切れた。


 それから一分くらい、僕はスマートフォンを耳に当てたまま放心していた気がする。夢の中にいるようなふわふわとした心地で、さっきまでの会話が現実だという認識も追いついていなかった。

 余韻に浸る僕の意識を引っ張り戻したのは、通知を知らせる振動音。はっとして画面を見ると、チャットログが動いている。


[悪いが話は聞かせて貰ったぜ。おまえの母親の件、俺様が調べてやろうか?]


 何その悪役か闇取引の人が言いそうな台詞。つい、吹き出してしまう。


[ありがとうございます。父がメールをくれるって言ってたので、それを見てから、頼むかもしれません。話せてよかったです。]

[オッケー了解! じゃ、あとはそっちで上手くやれるな?]


 きっとクォームも技術担当さんもルリさんも、心配してやり取りを見守ってくれてたんだろう。びっくりすること連続で、新たな謎まで増えてしまったけど、ずっと抱えていた秘密を打ち明けられて、僕は自分でも驚くほど気分がすっきりしていた。

 お母さんのことは気になるけど、お父さんを信じて今は待とうと思う。現時点でわからないことをあれこれ想像して思い悩むより、目の前にあるすべきことを一つずつこなしていく方が建設的だと思うから。


[はい。もう、大丈夫です。]


 返事を入力して、ログにサムズアップが付くのを確認してから、すっかり冷めたココアを一気飲みした。よし、朝ごはんを食べに行こう。

 視界内だけど声は届きそうにないという絶妙な距離を保って、銀君とイーシィは早朝の露店を眺めているようだ。僕はスマートフォンの画面を閉じて胸ポケットへ突っ込み、気合いを入れて立ちあがる。


「銀君、しぃにゃん、待たせちゃってごめん! 終わったよ!」


 声を掛ければふたりはすぐに戻ってきてくれたのだけど、何やら手に持っていた。それ、焼き鳥? 


「見てたらお腹空いてきて、買い食いー! 僕らはもう食べたから、こーやんもどーぞ」

「焼きたてで美味おいしかたですにゃん、にゃん」


 目の前に差し出された串を反射的に受け取ると、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。なんか懐かしい。


「ありがとう。いい匂い、美味しそう」

「食べながら行こっか。大丈夫だった? ちゃんと話せた?」

「うん。話せて良かった」


 こんな時でも、ふたりは話の内容に触れようとはしない。その気遣いが、焼き鳥の美味しさと一緒に胸へ染み渡ってゆく。

 クォームの言った通り、悪いことにはならなかった。その実感が心を軽くする。

 話したいこと、話すべきことはまだまだ沢山あるけど、焦らず、一歩ずつ。僕を信じてくれるふたりのことも、ちゃんと信じていこうと思った。




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