[6-3]機能拡張、いつかの写真を
父に異世界行きを
父のメールは短くて、僕の状況をどこまで察知しているか全く読めなかった。この場合、自然な返しってどんななんだろう。
嘘はもう、重ねられない。クォームの言うように、これ以上はきっと良くない結果にしかならないから。僕は良心の
ではどこからどこまで話すべきか――これが悩ましかった。
銀君のお陰で温かな飲み物をお腹に入れられたけど、まだ朝ごはんを食べていないからふたりはお腹が空いてるに違いなく。一から説明するためにメール文を書くのでは時間がかかりすぎる……。悩んだ末に、僕は父に
いつかは父に見せたいと思っていた僕のお気に入り、風樹の里で撮った集合写真。どう見てもオーストラリアではないけど異世界みも薄いから、これを見た父の反応によって次の一手を考えよう。
[ごめんなさい、お父さん。どうしてわかったの? 今ちょっと変な格好だけど、辛い目に遭って白髪になったのではないので安心してください。]
我ながら、ちょっとって何だよとは思うけど……。僕は元気で、
お父さんは僕が異世界にいることを予測しているはず。今思えば、父は異世界があることを前提に話していた、という気がする。その上で、悪くはないと肯定してくれた。だからきっと、大丈夫――。
目を開けば、指の震えは治まっていた。慎重に指先を滑らせ、メッセージを送信する。どうかこれが悪手になりませんように。
不意にスマートフォンが振動したので僕は震えた。もちろんこんな早く返信が来るはずなどなく、通知の出所はチャットだった。急いでログウインドウを開いて確認する。
[簡単にだが通話機能を改修した。アプデはすぐ終わるので、インストールしてみて欲しい。]
メッセージの下に、いつかと同じ不思議な文字列のリンクが貼られている。どんな改修か書いてないのは、急を要する事態だから時間を惜しんだのかもしれない。
謎URLをタップすると以前のように、読み込みの後に画面が暗転した。すぐ終わる、との言葉通り、今回の再起動は構成%表示もなくすぐに終わったようだ。再び明るくなったホーム画面には、新しいアイコンが二つ増えている。
一つは見慣れたスピーカーアイコンにミュート表示のような斜め線が入ったもの。もう一つは本のようなアイコンだけど、もしかして以前に言ってたライブラリ機能かな。ぼうっと眺めていたら、吹き出しのログが動いた。
[ライブラリのデータ追加は後日で。通話機能は範囲を拡張し、連絡帳へ登録された相手も選べるようにした。範囲については設定から編集できるので確認よろしく。本体機能の機内モードで通話のオンオフも可能だ。これまでと同じくいつでも使えるわけではないが、今からロックを解除するので、お父さんに電話してみては?]
まさか、こっちから父と音声通話ができるようになるなんて! 手厚いサポートに泣きそうになったけど、今は泣いている場合じゃない。
僕が返事を書き込むより先に、スピーカーから斜線が消えた。恐る恐る触ってみれば、見慣れた連絡先一覧が開く。
登録してあるのは父と祖父母と担任の先生、友人が何人か。誤タップで電話をかけてしまわないよう範囲を設定しないといけないけれど、今は後回しだ。
メールの返事を待つか、先にこちらから電話をかけるか。迷って、ホームと連絡先を行き来していると、メール受信の通知がポップアップして息が止まる。お父さんだ、早い!
祈る気持ちで、震える指でメッセージボックスを開く。文章がちょっと長い。パソコンで書いてるのかな……もしかして今日は仕事がリモートなの?
[驚いた。本当に異界へ渡っていたとは。気付いた理由は簡単で、一つはメールでの話題。恒夜にしては表現が曖昧だし、具体的な名称や数字への言及が少ない。文面から生活感が見えてこなかったんだ。もう一つは時差。シドニーならこちらより二時間ほど進んでいるはずなのに、それが感じられない。写真も全く送ってこないしな。もしやお母さんに呼ばれたのかと少し疑っていたんだが、写真からして違うようだ。今は、どこに?]
「――お母さんに?」
時差をよく理解していなかったことに今さらながら気づかされたけど、それよりも。冷静すぎる文面に潜んでいた二度目の衝撃的一文に、思わず声が出た。
うわずった自分の声を耳で聞いて、遅れた理解が頭の芯へ染み通っていく。僕もお父さんに隠し事をしていたけど、お父さんも僕に隠していたことがある――ってこと?
技術担当さんが指摘したように、お母さんは異世界の人なの? だって「呼ばれた」って言い方、死後の世界からって意味ではないよね。もしかしてお母さんは……、ああもう頭が混乱して何も考えられない!
「こーやん、向こうの家族さん、心配してるんでしょ? 電話してみなよ」
僕が酸欠の魚みたいにパクパクしていたからだろう、銀君がそっと促してくれた。その一言で、僕の中の覚悟も決まる。
「……うん、そうしてみる。がんばる」
「こーにゃん、気をしっかり持つですにゃん」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとパニクっただけだから!」
銀君もイーシィも僕の事情を知らないのに、支えてくれるのが嬉しい。そうだよね、技術担当さんが急いで機能を拡張してくれたんだから、思い切ってお父さんに掛けてみよう。
そろそろ気持ちと身体もこの非常事態に慣れてきたのか、もう指は震えなかった。連絡帳の一番上にある『お父さん』を開き、強い決意で通話ボタンを叩く。
クォームとの通話とは違う見慣れた画面は間違いなく電話機能だ。スピーカーモードにはせず、久しぶりに耳元へ持っていってコール音を聞く。
銀君がイーシィを抱き上げて、席を外してくれたのがわかった。と同時に、ぷつりと音が切り替わる。緊張しすぎて心臓が口から飛び出してしまいそう。
[もしもし。恒夜か?]
耳に届いた声は普段と変わらぬ淡白な、でも僕にとっては泣きそうなほどに懐かしい、いつものお父さんだった。
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