[5-9]世界を描き、記録を綴って


 ケイオスワールドは世界観がゆるく、RPなりきりと交流に特化したオンラインゲームだった。それを促進していたのが画像をアップロードできる機能だ。

 CWFけいふぁんのゲーム内にある初期画像の一部は、規定を満たした画像になら差し替えることができた。キャライラスト、武器・アイテムイラスト、施設イラスト、などなど。

 専用通貨でイラストを発注できる場所もあって、自分で絵を描いて加工できる人だけでなく、絵を描けない人でもイラストを入手できるようになっていた。僕は絵が描けず、中学生なので課金もできず、ずっと初期キャラ絵のままだったけど、気になって『絵師の間』を見に行ったことは何度もある。


 真白さんは動物や架空生物をよく描く絵師さんで、僕は彼女の絵柄が好きだった。自分の設定が四十代西洋男性だったのでキャラ絵には合わなかったけど、いつかアイテムのイラストを頼めたらいいなと思ってた。でも、ゲームが終了する半年くらい前に真白さんは絵師の間から姿を消した……のを、連想して思い出す。

 世界って狭い。無名の一般人ライトユーザーだった僕をおぼえている人は少ないだろうから、縁が……といえるほどではないけど、一方的とはいえ知ってる人の話題は嬉しくなる。


「思い出した、懐かしい。僕、真白さんの描く幻獣が好きだったんだ」

「えっ、こーやん真白シロねぇのことも知ってるの!?」

「あ、ううん! 知り合いじゃなくて一方的にというか……前世の記憶だから曖昧あいまいで」


 口に出してしまってから、銀君の反応に驚いて慌てて誤魔化ごまかした。崩壊前の世界では絵師の間ってどんなふうに再現されていたんだろう。わからないことは、ろんな記憶のせいにしておく。

 銀君は「そっかー」と呟いて特に突っ込まず、視線をスマートフォンに戻した。画面のミニキャラクォームの表情は基本絵デフォルトに戻っている。


[もしかしてそっち、のスキル持ちが結構いたりするのか?]

「うーん、どうかな銀君」

「どうだろー。僕まだねぇちゃを見つけられてないし、幻魔法協会も本部の建物が崩れてしまって、所属してたひとに連絡する手段がないんだよね。王様なら、龍都の状況くらいはあくしてそうだけど」


 クォームが言った『幻夢現出』が画像アップロード機能、銀君が口にした『幻魔法協会』っていうのが絵師の間かな。おぼえておこう。

 世界外のクォームが気を使って言い方を合わせてくれているのに、僕が不用意なことを言って混ぜっ返したら良くない。


[なるほどな。ちなみに、幻夢現出の効果範囲ってどんなだ? 持続時間とか、強度とか、わかる範囲で情報プリーズ]

「僕そんなに幻魔法師の知り合いがいないから、姉ちゃの魔法しか答えられないけど」

[それでいいぜ]


 銀君は考えをまとめるように少し、黙った。僕はいつに間にか忍び寄っていたイーシィからスマートフォンを離して置き直しつつ、黙って続きを待つ。

 絵師の方々は幻魔法師っていうんだね。元々CWFけいふぁんには七系統の魔法――天、魔、火、水、風、雷、地――があったんだけど、それとは別にケイオスワールド独自の魔法体系が確立されてるのかもしれない。

 しばらくして、銀君が説明してくれたのはこういう内容だった。


 幻魔法師とは、描いた絵に実体を持たせる『幻夢の魔法』が使える魔法使いのこと、らしい。使用する画材や得意な分野は人それぞれだという。

 幻夢現出による実体化は基本的に永続するが、強度はそれほど強くない。というか実体化できるのは外面だけで、実質はともなわない。

 例えば、美味しそうなお菓子を描いて実体化させたとする。歯触りや味は再現されているが、食べたところでお腹は満たされない。カロリーや栄養素を含んだ物質ではなく、形状を模しただけ――というわけだ。


「一応、幻夢の魔法で実体化したものは幻魔法協会で本物にできたんだよね。消耗品でも結構なお金が掛かるから、何でもかんでもってわけにはいかなかったけど」

[ふんふん、そこは前のカミサマの権能で、ってことか?]

「たぶんねー。中には職人兼幻魔法師ってすごい人もいたから、そういう人が作る武器や防具は世界にただ一つのオーダーメイドってんで大人気だったよ。真白シロねぇはぬいぐるみとか、使い魔とか! 造ってたなー……」


 懐かしいものを思い出すように、銀君の視線が遠くを見た。そっか、ぬいぐるみ。動物とか幻獣のリアル寄りなぬいぐるみを見た記憶がある。使い魔っていうのは、前に話してくれた白狼のことかな?


[幻魔法協会っつったか、恐らくそこにカミサマとやらの権能が委譲されてたんだろな。なるほど、恒夜コウヤ、それならいけるかもだぜ]

「ふぁい?」


 銀君と話していたクォームがいきなり僕へ話を向けたので、思わず変な声が出た。一瞬の沈黙の後、スマートフォンのミニキャラが眉をつりあげる。


[おまえが、絵から建物を再現できないかって聞いたんだろー!?]


 はっ、そうだった!

 幻魔法師の話に気を取られていたけど、元々は僕が出した話題だった。え、いけるかもってことは、つまり?


「はいっ、いけるって……絵から、再現?」

[んーにゃ、ちょっと違う――ってか、実際にやってみないとわかんねーけど。幻夢現出させた物質にできれば、本物として機能するかもしれない、って仮説だ。こっちで可能か検証する]


 クォームの言葉を脳内で反芻はんすうする。物語を付与するっていうのは、いつもの執筆のことだろう。今やっているように文字化けした部分を書き直す……というわけにはいかない。だから検証してくれるってことかな?

 ということは、幻魔法師の人に絵を描いてもらわないといけないよね。現時点で足取りを追えそうな人といえば――。


「僕たちは真白さんを捜せばいいですか?」

[それが良さそうだな。ひとまず、今日のところは切るぜ!]

「了解です。よろしくお願いします!」


 時間切れだろうか。ぷつり、と通話が途切れる。顔をあげて目を向ければ、びっくりしたように固まる銀君が見えた。

 僕と銀君の目的が一致したことが、なんかちょっと嬉しい。これなら、後ろめたく思わずに銀君の力になれる!


「ふにゃん……、こーにゃんは銀しゃんと一緒にいっちゃうのですかにゃ……」


 寂しげな声に僕ははっとして、イーシィを見た。ついさっきまでスマートフォンを狙っていた猫の目が、今は泣きそうに潤んで僕を見上げている。

 そのつもりで通話を開始したくせに、僕はイーシィとまだ、今後についてのちゃんとした話し合いができていないんだった。

 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る