[5-8]カミサマ勧誘と、幻夢の魔法


 相変わらずの軽妙な喋り、雑な言葉選び。それでも、彼の声を聞くと懐かしさとあんで胸がいっぱいになる。どこから話そうか迷ったけど、やっぱりまずは名前の紹介かな。

 などと考えていた一瞬の間にイーシィが座卓の上にひょいと跳び乗って、太くもふもふした前足で僕のスマートフォンをテシテシと叩き始めた。って、ちょっと何してるの!?


「しぃにゃん!? 触っちゃだめだよ!」

「にゃ。このひと画面の中で喋ってますにゃん。妖精よーせいさんですかにゃ?」

[あははー、オレ様そんなちっさくないし]


 勢い余って爪を立てられても困るので、僕はスマートフォンを取り上げた。名残惜しそうな上目遣いを向けられればきゅんとくるけど、万が一にも事故があったら大変だよ。

 画面向こうでクォームがまだ笑っているけど、彼、こちらの光景が見えてるんだろうか。


「イーシィにゃん、まずはこーやんの話を聞こ?」

「はいですにゃ」


 銀君にたしなめられて素直に席へ戻ったけど、サファイアブルーの目は獲物を狙う猫の眼光だ。この子、いつも思慮深くて慎ましいのに、本質は猫科なんだな……。

 悪戯いたずらされないようスマートフォンを自分の前に置き直し、もう一度思考を整理する。


「今、端末で話してくれたのが、クォームさん。すごい力を持った、龍神様なんだって」


 ちゃんと紹介しようとしたのに、僕自身の理解が足りなくってふんわりな説明になってしまった。ごめんなさい、と念じながら画面を見れば、クォームのミニキャラまでもが楽しそうに笑っている。


[おぅとも! そっちから弾き出されてこっちの世界に流れ着いた恒夜コウヤの願いを叶えて、オレ様がを開いてやったわけ。異界なんで時間の流れ方が違うから、見た目は変わっちゃってるけどなー]


 おぉ、すごい。一抹いちまつの不安があったけど、クォームはゲーム世界ということに一切言及せず辻褄つじつまを合わせてくれた。人間の心のうといと言っておきながら、実はちゃんとわかってる?


「こーやん、ほんとに果ての向こうから戻ってきたんだ……! でも、それってこーやんは向こうにも家族がいるってことじゃないの?」

「うっ、それは」


 銀君さすが鋭い……。そして、やっぱり今のケイオスワールドには異世界の概念がいねんがあるんだね。元々の世界観にはなかったと記憶してるけど、他のゲームやアニメとのコラボイベントから派生して根付いたのかもしれない。

 心配そうに僕を見つめてくるふたりに何と返したらいいか思いつかず、視線をさまよわせていると、画面の向こうでクォームが話を続けてくれた。


[あんまり問い詰めてやるな。話せる時間は限られてるから、サクサク行くぜ。薄々解ってるだろうけど、そっちのカミサマとやらは世界を壊すだけ壊していなくなってしまった。それでも世界の基盤ベースはまだ残ってるから、カミサマさえ戻れば修復できるはず、なんだよ]

 

 銀君が何かを言いかけて、飲み込んだ。悔しそうな表情から、彼が何を思ったか察することができる。僕も感じたあの言葉にならない気持ちを、銀君も今感じているんだと思う。

 イーシィが猫目を鋭くきらめかせながら身を乗り出した。


「かみさま、どこにいるかわかってるのですかにゃ?」

[そっちはオレ様の縄張りテリトリー外だから何とも言えねーけど、恒夜コウヤには心当たりがあるみたいだぜ?]


 好奇心を映した二対の瞳が僕を見る。クォームには自信を持って受けこたえしていた僕だけど、いざ自分の考えを銀君やイーシィに話すとなると不安が押し寄せてきた。

 言葉に詰まる僕の様子を察したのか、隣にいた銀君が口を開く。


「世界を壊していなくなった神様に戻ってこられても、嬉しくないよねー。クォームさんは、どう? せっかく縁もできたことだし、こっちの神様やってみない?」

[だーから、そっちはまだオレ様の権能が及ばねーんだって]

「まだ? まだってことは、方法あるんだ!」

「えっ、あるの!?」


 銀君、クォームに交渉持ち掛けるんなんてさすがコミュ強……とびっくりして見守っていたら、まさかの方向に話が及んで僕は思わず口を挟んでしまった。

 画面のミニキャラクォームが困り顔になったので、向こうでも同じ顔をしているのかもしれない。そういえば、前もこんな話をして困らせてしまった覚えが。


[最終的にはそっちの神様の意向次第だろ。候補については恒夜に一任してんだからさ、自信持っていけよ。これと思う相手が決まったら、任命のやり方を教えてやるから]

「はい」


 任命っていうからにはこちらの神様が決まったとしてもクォームのほうが上位存在なんだろうけど、僕には知り得ない制約があるのかもしれない。現状で無理なことをあれこれ勘繰っても仕方ないし、今はできることをやっていこう。

 決意ついでに、ここに来てから考えていたことも尋ねてみることにする。


「クォームさん。エディターボードに絵や写真を貼りつけて、建物を再現することはできないですか? この家、僕の記憶が再現されてる感じなんです」

[あぁー、それな。ちょっと、……待ってろ]


 あれ、悪くない反応――というか、予想されてた?

 画面向こうからは複数人の話し声。ルリさんと技術担当さんも一緒にいるのかな。待っている間は落ち着かず、ついイーシィや銀君に視線をやってしまう。

 イーシィは相変わらず画面のミニキャラを狙う目をしていたけれど、銀君は驚いたように僕の顔を見つめていた。え、何、どうしたの?

 何か言いたそうな銀君と話す時間はなく、ノイズと共にクォームの声が届く。

 

[お待たせ。恒夜、どうにも、の解像度と大きさでは、らしい。ただ、発想としては悪くないみたいだぜ? そっちで描いた絵を現出する方法があれば、あるいは――]

「僕、それ! できる人知ってる!」


 クォームの台詞に割り込む勢いで声を上げたのは、銀君だ。驚く僕の心理を代弁するかのように、画面向こうでクォームが[マジか!]と叫んでいる。そして、その衝撃で僕は銀君のお姉さん――真白さんの名前をどこで見たか、思い出していた。

 ゲーム内で依頼を受けて、キャラ絵や施設絵、アイテム絵などを描く、絵師と呼ばれる人たち。その技術はユーザー由来とはいえ、ゲーム世界の中では描いた絵を現出させるに等しいスキルなわけで。その、人気絵師の一人だったのが。


真白シロねぇは、描いた絵を現出させる魔法が使えるんだよ」


 そうだった。真白さんは、別名ラクガキの魔女。ペンを武器として『幻夢の魔法』を使いこなす、魔法人形ホムンクルスの女の子――だ。




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