[5-7]果ての向こう、世界の外側


 まき割りしなくてもお風呂を沸かせるなら、早めに準備してしまおう。

 砂漠化した世界に旅の宿なんてものはなく、人の住んでいる場所へ立ち寄れたとしても水は貴重品。入浴できる機会はほとんどなかった。


 新陳代謝が止まっているらしい僕はまだしも、銀君にはすっきりした気分でくつろいでもらいたい。あ、でもやっぱり僕も髪を洗いたいし服を洗濯したい、かも。

 異世界なのに勝手知ったる我が家のお風呂みたいな操作感が、何とも奇妙な感じだ。ご都合主義と言ってしまえばそうだけど、もう少しで何かを掴めそうな気がするんだよね。試してみたいこともあるけど、それは僕一人では難しい。


「銀君、お風呂沸いたから先にどうぞ」

「僕、すっごい汚くなってるからお湯汚しちゃうかも。最後でいいよー」

「それ言ったら僕だって……あ、そっか」


 どうぞどうぞと譲り合っている間にはたと気づく。僕らどっちも汚れ切っているし、先にイーシィにお湯を使わせてあげないと。

 猫科のいきものって水を嫌うイメージだけど、あの子はお風呂も好きだし泳ぐのも得意なんだよね。海賊船育ちだからかな?


「ぼくが最初にはいったらお湯が毛だらけになりますにゃん」


 そう言って遠慮するイーシィを二人で言いくるめて一番手に、銀君に勝てなかった僕が二番手、最後が銀君で、全員が早めの風呂を済ませた頃には午後六時。外を覗いてみれば、真っ赤に膨らんだ太陽がお城の向こう側に沈んでゆくところだ。

 暖色の室内灯の下、大きい座卓にごはんを広げて食事を済ませる。量が少ないので僕は遠慮するつもりだったけど、やっぱり銀君には勝てずおにぎりを一つもらった。


 食後に、昔の僕がこだわってたらしい鉄器の急須でお茶を淹れてみる。正直、僕には味わいの違いとかわからないんだけど、形から入りたい時期としごろだったのかな……。

 懐かしい緑茶の香りにほっと一息ついた、午後七時。僕は改めて、座卓を囲む銀君とイーシィに向き合った。


「改めまして。ただいま、しぃにゃん。つらい思いと寂しい思いをさせてごめんね。僕を信じて、迎えてくれて、ありがとう」

「にゃ……こーにゃん、おかえりですにゃ。ぼく、お手紙ちゃんと読みましたにゃん。こーにゃんが帰ってきて嬉しいですにゃん」


 嬉しい言葉に胸が温かくなって、それだけで報われたような気がした。とはいえ本題はこれからだ。にこにこと見守る銀君へ向き直り、正座をして姿勢を正す。

 ここまでずっと僕は銀君に助けられてきた。無事に龍都へ辿り着き、イーシィと再会できて、王様に謁見できたのも銀君のお陰だ。だから今度は僕が彼の助けになりたい。

 けれど、これからのことを決めるのに、僕がケイオスワールドへ来た目的を外して話すことはできないと思った。


「銀君、ここまで本当にありがとうございました。銀君がいなかったら、僕はまだ砂漠をさまよってたか、行き倒れていたと思う。無事に龍都へ辿り着けたのは銀君のお陰です」

「ちょ、えぁ!? こーやん改まっちゃって、何!」


 焦ったように声を上げつつも、僕に合わせて正座し姿勢を正す銀君は、本当に優しい。僕はスマートフォンを取り出して、座卓の上に置いた。指を滑らせロックを解除しチャットログを開いて、通話ボタンが出ているのを確認する。

 銀君とイーシィにもよく見えるように真ん中へと押し出してから、僕は覚悟を決めてふたりを見た。


「しぃにゃんにはもちろん銀君にも、僕がどうやって戻ってきたか話そうと思って。銀君、今さらだけど、僕は大崩壊が起きた日に逃げ遅れて、一度……消えたんです。ここに戻ってこれたのは、別の世界の神様がここへの道を開いてくれたからで」


 銀君は息を飲み、視線を傾けてイーシィを見た。クジラを抱きしめて頷く様子を見てから僕へと視線を戻して、ふにゃりと笑う。


「こーやんも『世界の外側』に行って、また戻ってきた人だったんだね。おかえり!」

「え? た、ただいま……?」

「それでそれで? その神様、こーやんに何か交換条件でも持ちかけたの? それにしても加護が中途半端だし、困ってるなら力になるよ!」

「え、あれって交換条件、なのかな?」


 ちょっと待って、銀君の理解の速度に僕が追いつけてない。世界の外側――たぶん異世界って概念がいねんCWFけいふぁんにあったっけ? クォームは世界を修復できるスキルを託してくれたけど、交換条件とは違うような……違うよね?

 いやいや、それよりも。僕また銀君に言いくるめられそうになってるし!


「銀しゃん、りれしゃんは、こーにゃんとは違うと思いますにゃ。こーにゃんは、果ての向こうから戻ってきたのですにゃん?」


 僕が何と答えようか迷っているうちに、イーシィが遠慮がちに声を上げて軌道修正をしてくれた。――けど、引き合いに出された名前が意外すぎて僕はびっくりしてしまう。


「りれしゃん……って、もしかして、リレイさん?」

「ですにゃん。こーにゃん、りれしゃん知ってますにゃん?」

「知ってる、っていうか今日ここに着いた時に会ったよ! えぇ、しぃにゃんもリレイさんと知り合いだったなんて!」

「あの人なんか顔広いよね。確か、真白シロねぇとも知り合いだったはず」

「そうなの!?」

「元々は旅の歌うたいらしいし、あちこちに人脈があるのかもね」


 思わぬつながりにまたも話が脱線しそうになる。落ち着け僕、CWFけいふぁんが交流特化だったことを思えば、活動的だった人同士がつながっているのは別段不思議じゃない。

 それより、世界の外側という概念。異世界があるという前提でなら、ここがゲームの世界だったということに言及しなくても話を進められそうだ。


 一度深呼吸して、心と思考を整理する。リレイさんが何者で、何をどこまで知っているのかは、後回しにしよう。

 今後のためにも、僕はイーシィと銀君にクォームを紹介したい。彼の権能をあまりよくわかっていない僕が下手な説明をするより、彼本人に話せる範囲のことを話してもらったほうが安全に思えるし。


「銀君やしぃにゃんの言う『世界の外側』と同じかはわからないけど、ここに帰る道を開いてくれたのは別世界の龍神様なんだ。銀君は前に声を聞いたかも。改めて紹介するね」


 銀君とイーシィが僕に注目し、聞く態勢になってくれたのを確認して、僕はスピーカーアイコンをタップする。画面向こうで静かに繰り返されるコール音がぷつりと切れ、ノイズが差してから、聞き慣れた声が聞こえた。


[おぅ恒夜コウヤ、オレ様だぜ! 何だよ雁首がんくび揃えて作戦会議か?]


 よどみなく告げられた台詞から僕は、こちらの意図が彼に伝わっていることを確信した。




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