[5-6]想い出の家、記憶のかたち
遅い昼ごはんを終えておにぎりと野菜サンドをテイクアウトし、徒歩で帰途に着く。イーシィは銀君の肩がすっかりお気に召したようで、両手が空いた銀君と元々空いてた僕とで荷物を半分こした。
ゆっくり歩きで二時間ほど掛けて、古書店に帰りついたのは午後四時くらいだった。
ケイオスワールドの日没は午後六時だっけ。空はまだ明るいけど、斜めの陽射しがほんのりオレンジ色を帯びて夕方の気配を感じさせる。
そういえば、龍都の中は陽射しと暑さがいくらか和らいでいる気もするけど、これも結界の効果なのかな。
イーシィと合意して、今日はもう古書店は閉めたままにしようと決める。裏の勝手口から家へ入れば、なんとそこは土間だった。――というか、この光景すごく見覚えがある。どこをどう見ても、祖父母が住む田舎の家そのままだ。
「わー、すっごい! こーやん
「あはっ……そうだった、みたい」
キャラメイクのモデルを父にしたから、家のイメージが祖父母宅になったのかな。今は亡きこちらの僕が何を考えてたか知るすべはないのだけど、自分なので想像はつく。
小学生の僕はこの土間で祖母の手伝いをしたし、天井がなく
「こーにゃん、大和国のもの大好きでしたにゃん。
「うわぁぁやめてしぃにゃん! 昔のこと暴露禁止!」
「へえぇ、そうなんだ。でもちょっとわかるー、大和国情緒っていいよね」
「…………ね、いいよね」
恥ずかしさもあるけど、懐かしさに泣きそうになってしまって顔が熱い。僕は両手で顔を覆い、心を落ち着けるためにゆっくり息を吸って吐いた。
ここに来る前は、古書店が跡形なく呪い竜に踏み潰された可能性を考えていたので、自宅が無事だったという安心感もあるのかもしれない。
土間から動けず自分の情緒と戦っている間に、イーシィはさっさと僕の同居人登録を済ませ、クジラを引きずって奥の間へと行ってしまった。隣に気配が立って、頭をポンポンと叩かれる。
「こーやんも疲れたろ? 上がって休もうよ。大和国の家って、靴脱ぐんだよね?」
「…………うん、そう」
「ほらほら、しっかり!」
「ハイ」
当たり前のことだけど、この家に上がり込んでも祖父母はいない。形を似せてあるだけで、本来の種別は店舗型住居のはずだ。感情と理解の
想い出には、物語が宿る。執筆で世界を修復しているといっても、僕の想像で一から造っているわけではない。誰か、あるいは何かの記憶を共有してそれを文章にすることが、修復につながってゆく。
そして執筆で直せるのは内部機能のみ。大きく壊れた城や施設の外側を再建することは、できない。
でも、たとえば記憶をそのまま再現するほど
「こーにゃん、
「あっごめんね、大丈夫。ありがとう、しぃにゃん」
尻尾を左右させバランスをとりながら後脚歩きでイーシィがやってきたので、僕は急いでスニーカーを脱ぎ家へと上がった。どう見ても田舎の家で父が使っていたのと同じ柄のマグカップを受け取る。
まとまりそうでまとまらない思考は、いったん棚に上げておこう。僕一人で考えるより、クォームや向こうの技術担当さんに相談したほうが建設的だろうし。久しぶりにゆっくり休めるなら、父にも近況報告のメールをしたい。
うわ、また僕やりたいこととやるべきこと溜め込んでるよ……。
気持ちを切り替えるため、もらったお水をぐいと一気飲みした。冷たくて美味しいお水がすぐ出てくるってことは、水道があるのかな? そういえば田舎の家、
以前の僕はここで暮らしていたけど、僕自身に当時の記憶があるわけではない。家の造りとか設備とか、暗くなる前に確認しておいたほうがいいかも。
「しぃにゃん、僕、生まれ変わる前の記憶があちこち
「にゃ!? それは大変ですにゃん! ぼくが案内しますかにゃ?」
「うん……しぃにゃんが嫌じゃなければ」
すんなり受け入れてもらえたから失念しがちだけど、今の僕はイーシィが知る『恒夜』とは、外見も年齢も何もかもが変わっている。しかも記憶が完全じゃないし。そんな僕に大事な家をうろうろされるのは嫌じゃないかなと心配だった。
イーシィはクジラを抱えたまま小首を傾げた。太くてしなやかな尻尾をぱたりと動かし、僕の顔をしげしげと見る。
「こーにゃん、たぶん自分で思ってるよりずっとこーにゃんですにゃ。ぼくは、こーにゃんが帰ってきてくれて嬉しいですにゃん」
郷愁と
本当なら、あの日は父と一緒に祖父母宅へ行く予定だった。誕生日が日曜日に重なることなんて滅多にないから、きっと祖父母は楽しみに待っていたと思う。それを全部置きざりにして、僕はここへ来ることを選んだ。
後悔は――していない。後悔はしない。自分で決めて選んだのだし、僕自身にできることもわかりつつあるから。それでも僕は、家族を選ばなかったという決断の重さを忘れてはいけないと思う。
「大丈夫ですにゃ。こーにゃん、頑張ってますにゃ」
ぽふぽふ、とクジラのぬいぐるみで脚を叩かれて、波立っていた心が
「うん、頑張る。ありがと」
「ぼくも一緒に頑張りますにゃん!」
心強い言葉に気持ちがふわっと浮上する。甘えたい気分と甘やかしたい気分がごちゃ混ぜになり、僕はイーシィを抱き上げてクジラごとぎゅっと抱きしめた。ふかふかの毛皮と肩に食い込む爪の感触が、懐かしくっていとおしい。
腕の限界が来る前に確認を終えてしまおうと、イーシィに案内してもらいつつ家を見て回って――、僕は感傷も吹き飛ぶ事実に面し思わず笑ってしまった。
心配していたお風呂は田舎の
以前の僕、よっぽど薪割りをしたくなかったんだね。
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