[5-5]ようやくごはん、野菜嫌い攻防戦


 以前の僕が住んでいた古書店は龍都の外れに位置していた。大崩壊の時、王様の結界は城を中心に半径数キロの範囲を守ったけれど、古書店までは届いていなかったはず。

 現在、対竜属性結界がかつて城壁があった場所まで覆っているのは、王様があの後もあきらめず頑張った成果なのだと思う。


 神竜族はかつて神様と戦った種族なだけに、潜在的なスペックは神様と同程度なのかもしれない。味方であればすごく心強いけど、敵に回った場合の脅威も計り知れない。

 浅葱様は、味方になってくれると思うけど。七竜、つまりネームド神竜族は浅葱様と黄昏竜の他に五柱もいるってことだよね。神竜族同士で意見を違えて真っ向対決、なんてことになったら今度こそ世界が滅びてしまう。話すにしても、本当に、慎重に進めなければ。


「……やん、こーやん大丈夫? 顔色悪いよ」

「こーにゃん、お腹空いてるのですにゃん? ごはん食べて帰りますかにゃ?」


 ふいに、声を掛けられていたことに気づいてはっとする。心配そうな顔の銀君と、銀君の肩に乗って首を傾げたイーシィが、僕をじっと見つめていた。


「ううん、大丈夫だよ! あっ、でもごはん、銀君としぃにゃんは食べないとね!?」

「こーやんもでしょ? ま、いっか。しぃにゃんはいつもどうしてたの?」


 ここまで一緒に旅してきただけあって、銀君は僕の考えなんてお見通しのようだ。イーシィが事情を知らないのをいいことに、先回りしようとしている。リアルの友人が少なかった僕は、うまく応じられず挙動不審な返しをしてしまうけど。


「いつもは誰かに届けてもらったり、お店を閉めて食べてきたりですにゃ。ちょと遠いけど食堂もありますにゃん」

「どうしよっかなー。どっかで買ってもいいけど、食堂でお昼を食べて、ついでに包んでもらって、それを夕飯にする?」

「いい案ですにゃん」


 深い思考から戻ったばかりであたふたしている隙に、銀君とイーシィはさくさく段取りを決めてしまった。龍都の地理に明るくない僕は何もいえず、ふたりにお任せするしかない。

 結局、帰路にあるイーシィ馴染みの食堂で昼ごはんと休憩をとることになった。


 食堂の椅子に腰を落ち着けた途端、疲労感が一気に押し寄せてきた。考えてみれば、早朝にここへ着いてから黄昏竜との遭遇、イーシィとの再会、そして謁見。ほぼ休憩もせず動き回っていて、何も食べていない。

 耐久特化の呪いに守られてる僕はともかく、銀君にはかなり無理をさせてしまった。隣に座った彼は、力尽きたようにテーブルへ突っ伏している。


「ごめん、銀君。大丈夫?」

「うにゃー、大丈夫! でも、座ったら一気にお腹すいてもう動けないー」


 へろへろの答えが僕と同じ理由で、思わず笑ってしまう。銀君、僕のために居城まで走ってくれたし、そりゃお腹すくよね。ごめん、でもありがとう。

 ところで、僕今こっちのお金を持っていないのだけど……支払いは大丈夫かな。


「しぃにゃん、いつもはお会計どうしてたの?」

「月末に集金に来てくれるのですにゃ。だから心配いらないですにゃん」

「僕お金持ってるから出すよー?」

「銀君は気にせず美味しいものいっぱい食べてよ」


 イーシィの答えに安心する。今も店を営んでるってことは古書店の店舗機能も無事なのだろうし、以前の僕が蓄えていたお金も使えるはず。一文なしじゃなくって良かった。


「ごはん代の心配はいらないですにゃん。こーにゃんが認証できなくても、僕が出しますにゃ」

「えっ……あ、そっか。僕、認証されないかもしれないんだ」


 イーシィの口添えで、自分が正規ではない方法で戻ってきたことを思い出した。

 つまり、前の僕の個人情報は今の僕に受け継がれていない可能性が高い。あれ、ってことはやっぱり僕、一文なしなんじゃ……?


大丈夫だいじょぶですにゃ。認証されなかったら新規同居人として登録しなおせばいいのですにゃ」

「そっか、なるほど……ありがと、しぃにゃん」


 椅子の上で後足立ちになりクジラを掲げる得意げポーズ。太くふわっとした尻尾がゆらゆらしていて、すごく可愛い。イーシィがしっかりしていてくれて、良かった……。

 思わずぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるも、テーブルが僕らを隔てていたので手は届きそうになかった。残念。


 支払いの心配が解消されたので、それぞれ好きなごはんを注文する。僕はミックスサンド、銀君は唐揚げ定食、イーシィはオムライス。日本のファミレスほどではないけれど、今まで旅してきた世界を思えば信じられないくらい充実したメニューに驚き、同時に切ない気持ちが湧き上がる。

 龍都はお城だけでなく、湖と森も守られたのだという。水源と、豊かな土壌を蓄えた緑の資源。生き延びた住民も多く、各地から移住してきた人も多い。

 資源があり、人手があり、導く者がいる。だからこそ、龍都の復興は他のどこよりも目覚ましいんだろうね。


 食事をしながら、ラチェルが作ってくれたお芋のガレットを思い出した。龍都なら生活が楽になると知りつつも、大切な場所を復興しようと踏ん張ってる里の皆のことも。

 ただだけではだめなんだと、僕はラチェルに教えられた。父の「掛け替えのない相手なら、人生を賭けてみるのも悪くはない」という言葉は、人以外にも言えるのかもしれない。生まれ育った場所、深くつながってきたコミュニティ、あるいは信念や信条など形のないものも。


 浅葱様にとっての最優先はこの龍都と、ここに住まう民たちだ。大切な国をまもるため献身している王様に、世界まで背負わせていいんだろうか。黄昏竜のような思想を持つ神竜族が他にもいるかもしれないのに。

 むしろ他の協力的なネームド神竜族を探すか、リレイさんのような天使も視野に入れて神様候補を探すべきか――。


「こーにゃん、ブロコリーとニンジンあげますにゃ」

「――え、え?」


 気づいたら、僕の前に野菜入りのお皿が増えていた。向かいではテーブルに前足を掛けたイーシィが、キラキラと輝くサファイアブルーの目で僕を見ている。なにその上目遣い。仕草が完全に猫なんだけど……。


「にゃん?」

「ちょ、駄目だよ好き嫌いは! しぃにゃんは雪豹じゃなくてキメラでしょ?」

「にゃー、ちゃんと卵とお米を食べましたにゃ。もうお腹いっぱいですにゃん、にゃん?」

「こーやん食べないなら僕がもらおっかなー」

「にゃ、銀しゃん食べてくれますかにゃ?」


 こんなご時世でも野菜嫌いを貫いてるなんて、まったくもう。懐かしいやり取りに僕はちょっと呆れ、気づけば笑顔になっていた。

 世界は、大きく変わってしまったけど。人は……人の心はそこまで大きく変化するわけじゃない。崩壊も荒廃もすぐ隣にある現実なのだから、受け入れて、まっすぐ向き合っていくしかないのかもしれない。


 イーシィの残した野菜をひょいパクしている銀君に笑わされつつ、少しだけ軽くなった心で、僕もミックスサンドの残りに取り掛った。




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