[5-10]一緒にいたい、一緒にいきたい


 通話が終わって、ちょっと気まずい沈黙が場をひたひたと湿らせている。


 僕がケイオスワールドに戻ってきた経緯と、世界を救うために神様さがしの任務を託されていることは、クォームが話してくれた。

 損壊した建物の修復に絵師の人たち――幻魔法師と呼ばれる方たちのスキルが有効かもしれない、確かめるために真白さんを捜そうと方針も固まった。それを王様にどこまで伝えるか、誰とどうやって捜すのかは、今一度よく考えなくてはいけないけど。

 何よりもまずはイーシィとのことだ。僕がここに戻ってきたのは、彼女を独りにしないためなのに。でも、どうしたらいいんだろう。


「しぃにゃん。外の世界は、こことは比べ物にならないくらい危険なんだよ」

「うみゅ、でも、ぼくも一緒にいきたいですにゃ」


 潤んだサファイアブルーの両目に訴えかけられて心が痛む。僕も同じ気持ちなのに、どうしても、頷くことができずにいる。

 結界に守られた龍都と違い、外の世界はとにかく過酷だ。気候はしゃくねつ、水や食料を確保するのも難しくて、移動に使える乗り物や動物が整備されているわけでもない。しかも、どうやら僕は黄昏たそがれの竜に狙われているらしい。


 僕が貰った加護チートは防御特化だけど、誰かを一緒に守れる性質のものではない。情けないことにレベルが上がらない呪いつきなので、今さら魔法や剣術を習得することもできない。確実に呪い竜を撃破できる戦闘力を持った人に一緒に来てもらうしかない。

 王様に話せば、護衛をつけてくれるとは思う。でも僕自身がこんな体たらくなのに、この安全な結界内からイーシィを連れ出すなんて……。


「とりあえず一度状況を整理しようよ。こーやんはカミサマに心当たりがあるって話だったけど、そこんとこ詳しく」


 不毛な沈黙を見ていられなかったんだろう、銀君が助け船を出してくれた。それでようやく空気が動き、呼吸が戻ってくる。


「心当たりと言っていいのかわからないけど、神様に匹敵する力を持つといえば神竜族かなって。ここに来ればしぃにゃんの安否も確かめられるし、王様――浅葱様にこの件を相談できるとも思ったんだ」


 一瞬、銀君は目を丸くして僕を見つめ、それからポンと手を打った。


「そっかなるほど! 果ての向こうからカミサマを呼び戻すってことじゃないんだ!? だったら僕も賛成かな。思いっきりクォームさんを誘っちゃったけど」

「うん。銀君やるじゃんって思った」


 安心したように姿勢を崩し、銀君は気が抜けたように笑った。世界を壊して去るようなカミサマに戻ってきて欲しくない、それはそう。クォームを勧誘した時も言ってたね。


「浅葱しゃまがかみさまになるのですかにゃ? なのにこーにゃんまた行かないといけないのですにゃん?」


 イーシィがクジラをぎゅっと抱きしめて切なげに聞いてくる。答えにきゅうする僕へ銀君が視線を向けて、こともなげに言った。


「それならさ、僕が店番を引き受けるから、こーやんとイーシィにゃんで捜すのはどう?」

「えっ」

「にゃ」


 突然の思わぬ提案に驚いて、僕とイーシィの声が期せずして揃う。気を遣ってくれた……にしても脈絡のない話だけど、なぜ急に?

 僕らに見つめられた銀君は、軽く咳払いをしてから真面目な表情で座り直し、言葉を加えてくれた。


「実はさっき話題に出たリレイさん。あの人なら真白シロねぇを捜せる可能性が高いんだよ。ねーちゃはあの人と縁があるから……。でも、僕なぜかあの人に避けられてて、頼める関係じゃなくってさ。こーやんとイーシィにゃんが相手なら、案内と護衛を引き受けてくれるんじゃないかと思うんだ」

「え……たぶんリレイさん、僕のこと好きじゃないと思うよ。竜属性捨てて出直して来いって言われたもの」

「でも、助けてくれたでしょ?」


 それは、そうだけど。何と答えたものかとイーシィを見れば、彼女は視線を落として少し考えてから、こくこくと頷いた。


「銀しゃんのうとおりだと思いますにゃ。リレしゃん、嫌いな人は徹底てってー的に避けるひとですにゃん」

「え、ほんとに、そういうものなの……?」


 勢いよく文句を言ってきたわりにとげがないとは思ったけど、あれで嫌われてないとしたら、コミュニケーション難しすぎない?


大丈夫だいじょぶですにゃん。次にリレしゃんが意地悪言ってきたら、ぼくがお説教せっきょーしてあげますにゃ!」

「待って、それはいいから! ちゃんと僕から話すから、ね?」

「……はいですにゃ」


 クジラを掲げて張り切るイーシィをなだめてから、僕は話の流れを頭の中で整理する。

 銀君は彼を信用しているようだけど、僕は彼が元運営かみさま側のひとじゃないかとまだ疑っているので、どこまで事情を話して協力を仰げばいいかが悩ましい。


「僕としぃにゃんで居場所を聞き出せれば、案内はこのナビ機能でいけるから……店はしばらく閉めて、僕ら三人で行くのは?」

「それだと向かってる間にすれ違う可能性も高いし、ルスにいさんがいうことには、姉ちゃは龍都に来たことあるらしいんだ。各地を回って生き延びた人を救出して、龍都へ送り届けてるんだって」


 あぁ、なるほど。最初の場所、神授の施療院で見た記憶がよみがえる。あの場所に隠れ住んでいた兄弟を助け、移住を世話したのは真白さんだった。そういえばあの時は気に留めなかったけど、不思議な雰囲気を持つ男性が同行してたんだよね。

 目的があって誰かと一緒に動いているなら、確かにすれ違う可能性も高い。その拠点が龍都だとしたら、ここで待っていれば何かのタイミングで遭遇できるかもしれない。銀君のいうことは理にかなっている。


「でも、銀君は、それでいいの?」

「こーやんのお陰で真白シロねぇが無事なのを確認できたから、僕は大丈夫。こーやん、イーシィにゃん。僕の代わりに姉ちゃを見つけてください」

「もちろんだよ! そんなかしこまらなくっても!」

「ですにゃん。にゃん」


 銀君が両手を合わせて頭を下げてくるから焦った。彼の頼みを断る理由なんてないよ。ここに来てから今までずっと、銀君には助けられ支えられてきたのだから。


 結論はリレイさんの答え次第ではあるけど、一応方針は決まったので、時刻も遅いし明日に備えて早く休むことにした。

 幸い、古風な日本家屋は部屋数も多い。僕はイーシィと一緒に寝室で、銀君には居間を使ってもらう。長く留守にしていた寝室だけど、僕が消えた後もずっとイーシィが使っていたようで、ほこりなどは積もっていなかった。

 いつもならすぐに眠気が来て秒で寝落ちてしまうけど、今日はそれほど眠くない。懐かしい和式布団の感触に包まれていると、祖父母宅に住んでいた頃を思い出す。


 道中は余裕がなくて、父にはしばらく短文のメッセージしか送れてなかったから、ちゃんとした近況報告メールを書こうかな。

 こんもり膨らんだお布団の中から時々聞こえてくる、にゃん語みたいなイーシィの寝言を聞き流しながら、僕は懐かしさに満たされた部屋で久しぶりに夜ふかしをしたのだった。




 第五章 終

 第一部「帰還編」 終


----------

 イーシィとの再会までを描く「帰還編」は、ここで終了です。第六章からは絵師を捜し、世界を修復のみならず維持していく方法をさぐる「探索編」になります。

 こちらの作品はカクヨムコンに参加しております。2/8の正午までフォローや星評価をいただけますと、コンテストの応援につながります。よろしくお願いいたします。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330654619336196/reviews


 ここまで見届けてくださり、誠にありがとうございました! 第六章以降は週二回の更新予定となります。引き続き、楽しんでいただけますように。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る