[4-9]コトノハ通り、あのこのゆくえ


 風樹の里でラチェルがしていた話を思い出す。確かリレイさん、神様は世界を壊したかったのだと言ったらしい。

 そこには確かに真実が含まれていたけど、僕はその言説を否定した。でもまさか、こんなところで当の本人に会うなんて。


「やっぱり、あなたがラチェルたちの話していた元天使さん……」

「何、僕本人のいないところで勝手にあれこれ喋ってくれちゃってるの。まぁいいよ、この機会だから言わせてもらうけど。キミがラチェルや子供たちに余計な知識を吹き込んだりするから、僕までとやらをする羽目になったんだけどどうしてくれるのさ。おまけに、施療院の機能修復もしたって? キミ一体何者で、何が目的なんだよ。お陰様で彼女とふたりきりで過ごすっていう僕の将来計画が台無しなんだけど」


 細い眉とブルーの目をつりあげて、リレイさんがポンポンと文句を言ってくる。さすが吟遊詩人、滑舌かつぜつはいいし声も綺麗なものだから、僕は自分に言われていることも忘れつい聞きれていた。

 隣では、事情を知らない銀君とルスランさんが困惑顔を見合わせている。


「あのさ、聞いてるのかな」

「はい。声が綺麗だなって思って」

めてす気? 僕をかいじゅうするつもりなら竜属性捨てて出直してきなよ」


 怒っているのは間違いないんだろうけど刺々とげとげしさもなく、不思議な感じだ。将来計画って言ってるから、彼女って恋人さんのことかな。

 施療院の話はレスター先生が掛け合って管理を任せたんだろうけど、それについて文句があるというより、僕の素性を疑って目的を聞き出そうとしている気がした。

 けど僕としても、彼が運営側かもしれないという疑いがある限り、本当のことを話すわけにはいかない。


「ラジオ体操、楽しいと思います。ラチェルや子供たち、あなたのことすごく頼りにしてました。お歌でお話をかせてくれる狼さんだって。リレイさんなら、呪い竜が出ても里をまもってくれそうですもんね」


 上手な切り返しはできないので、里で聞いた印象をそのまま伝えて反応を観察する。

 リレイさんはますます眉をつりあげて大きな翼を怒らせた。確かに、牙をく狼を連想するかも。


「ああもう、何だって子供のお守りなんか……。そういうの僕には重いし、どこかに所属とか、義理とか人情とか友情とかそういう期待で縛らないでくれるかな。僕は自由な狼なんだからさ」

「彼女さんも、そう思ってるんですか?」


 浮かんだ疑問を口にしたら、彼は一瞬目を丸くしてから、片手で顔を覆ってうなれた。大きく広げられていた白翼も、つられて若干しぼんだように見える。


「あの子が気に入ってるんじゃなきゃ、二度と行くつもりはなかったよ。僕、神様なんて大嫌いだから。……ま、これ以上話すこともないや、呪い竜は退治したし。バイバイ」

「あっはい、その件は本当にありがとうございました!」


 台詞の途中から彼はすでに翼を広げはじめ、返事も待たずに飛び去ってしまった。竜嫌いで、神様嫌い。運営側かもしれず人物像はまだぼんやりしているけど、僕を助けてくれたし何だかんだ言いつつ子供たちや先生にも力を貸してる様子なので、敵ではなさそうかな。

 共通の知り合いがいるってだけで妙な親近感を覚える、この現象って名前があるんだろうか。縁もつながったし、今後リレイさんと一緒に行動する機会があるかもしれない。

 『黄昏の竜』という捕食者の存在が明らかになった今、彼女や呪い竜に対してアドバンテージを取れる天使さんの存在はとても心強い気がした。


「王より入国の許可を頂いてきましたので、ひとまず城へどうぞ。王もあなたに会いたがってましたから」


 こちらの話が一段落したからだろう、ルスランさんが声を掛けてくる。

 王様に会えると思ったら安心して一気に力が抜けてしまい、情けなくも僕は地面に座り込んでしまった。銀君がすぐ来てくれて、僕の側にしゃがむ。


「こーやん、大丈夫? ほんとに無理してない?」

「大丈夫。今回は本当に、痛い思いはしてないから……ありがとう銀君」

「よしよし、こーやんよく頑張ったよ。もう、ルスにいさんに運んでもらったらいいよ」

「そうしましょうか?」


 はいともいいえとも言わないうちにルスランさんが側に屈み込んだので、僕は慌てた。腰が抜けたわけでも怪我してるわけでもないので、一人で歩けます!


「大丈夫です、ありがとうございます。王様に会わせていただけるのも、すごく助かります。ただ、その前に……ルスランさんにうかがいたいことがあって」

「はい、何でしょう」


 あしに力を入れて立ち上がる。クォームに保証はされていたけど、これを聞くのはやっぱり勇気がいった。心臓が高鳴り、喉の奥が渇いていくような気がする。

 出会ったばかりで信用も何もない僕が、それこそリレイさんが言ったように個人情報を教えてもらえるだろうか。妙なことを聞く奴だと警戒されないだろうか。

 不安な気持ちを抑えながら僕はルスランさんに向き合い、思い切って尋ねた。


「以前、郊外のコトノハ通りに古書店があったと思うんです。そこに住んでいた雪豹キメラの女の子を、ルスランさんが保護したって聞きまして……彼女が今どこにいるか、ご存知ですか?」


 この聞き方、不自然じゃないかな。こっち側の僕はあの時ルスランさんに会っているけど、同一人物だという証拠を出せるわけでもない。

 どきどきしながら答えを待っていると、彼は少し考え込んだあとで真面目そうな相貌そうぼうをわずかに曇らせた。


「ああ、ええ……イーシィさんのことですね。彼女なら、家主殿の意向により城で保護するはずだったのですが、古書店へ戻ると言って聞かなくて」

「え、店、無事なんですか?」


 意外すぎる答えだった。郊外、つまり結界に守られた安全地帯より外にあった古書店はてっきり、呪い竜の襲撃で倒壊したと思っていたのに。

 僕の隣で話を聞いていた銀君が、何かを会得したようにポンと手を打つ。


「こーやんのって、イーシィにゃんのことだったのか! あの子の『幻想古書店』なら僕も案内できるよ」

「家族? しかし、彼女の家主殿は大崩壊の日に……」


 えっ銀君、イーシィを知ってたの!? 

 すっかり忘れていたけど、僕は銀君に「家族を捜すため龍都へ向かいたい」って話したんだった。ルスランさんのげんそうな視線を誤魔化しきるのは無理だと判断し、僕は覚悟を決める。

 元々CWFけいふぁんには退会せずキャラを作り直す機能があって、種族年齢その他の特徴がまったく別の同一人物、という生まれ変わりの概念がいねんだった。

 リレイさんがこの場にいなくて、良かったのかどうか。今まで銀君に黙っていたことを心苦しく思いつつ、僕は慎重に言葉を選びながらルスランさんに告白した。


「信じてもらえるかはわかりませんが、僕は彼女の家主だった『恒夜』の……生まれ変わりなんです」





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