[4-10]ただいま、おかえり
大崩壊を引き起こしたのは
考えてみれば、こちら側の住人に
「王は呪い竜だけでなく他の神竜族のことも警戒しておりまして、この結界を媒体とし龍都全体にセンサーを張り巡らせているのです。何かが接触すれば我々軍務官が赴くのですが、今回の件を踏まえて救援が遅れぬよう駐在所を設けたほうが良さそうですね。恒夜さんに怖い思いをさせてしまいましたし」
「本当にそれは大丈夫で……そういえばリレイさんって、軍務の方なんですか?」
ラチェルから聞いていた、戦闘が苦手な吟遊詩人というイメージからかけ離れすぎててすぐには気づかなかった。最強レベルの天属性魔法を使えるなんて、龍都の軍務官と言われても驚かないくらいだ。
けれどルスランさんは一瞬目を
「いいえ、あの方は旅の医師だそうで。龍都でしか入手できない薬草、薬品などを購入するためたまたま城を訪れていたのですが、呪い竜の出現を察知した途端に飛び出して行かれたんですよ」
え、旅の医師? そっか、だからレスター先生は彼に施療院を任ようとしていたのか。そして、同盟申請機能ってそんな働き方するんだ……すごいな。
どうやら王様のほうでも僕の訪れを既に
繰り返し夢で見たこちら側の記憶だけど、全部をはっきり覚えているわけではない。前世の記憶という表現は確かに、しっくりくる気がした。街並みや通りの記憶も
どうして銀君がイーシィを知っているのかと思ったら、『雪豹キメラの幻想古書店』が有名なのだという。龍都は破壊を免れほとんどの施設と森と湖が守られたとはいえ、以前と比べて紙はものすごく貴重品らしい。
優先順位を考慮して資材を回せば、娯楽に関わるものは削られがちになる。古書店も、建物自体は倒壊しなかったが書棚にあった本はほぼ全てが灰になり、読むことも売ることも叶わなくなってしまったという。
イーシィはそんな店に今もひとりで住み続け、自分が読んで記憶している物語を来訪者に語り聞かせているんだって。
大崩壊を生き延びたものの家族や持ち物すべて失ったという人は多い。イーシィの古書店は口伝で周知されていき、物語を
銀君の話を聞きながら、あの子がどんな想いで店を守り続けていたかに思いを馳せて胸が詰まった。
過去に受けた仕打ちが原因なのか、イーシィは大きなクジラのぬいぐるみを手放すことができない子だ。まだまだ子供で、寂しがりで、どっちかといえば臆病で。そんなあの子がいなくなった店主……かつての僕の代わりに店を守っていたなんて。
「こーやんが戻ってきたって聞いたら、イーシィにゃん絶対喜ぶよ」
「うん、そうならいいな」
早く会いたい気持ちと、信じてもらえるか心配な気持ちが、せめぎ合う。あの子は優しいけど、生まれ育ちのせいか慎重な性格でもある。僕がかつての恒夜と同一人物だって証明できそうな何かがあるだろうか。
答えは出ないまま、気づけば懐かしい景色へ辿り着いていて、僕は思わず息を詰めた。見覚えのある古風な書店の軒先に、誰かの手作りっぽい看板が下がっている。プレートに書いてあるのは『雪豹キメラの幻想古書店』、間違いない。
外で待ってると言ってくれた銀君に感謝し、一度深呼吸をしてドアの前に立つ。押し開けようと取っ手に触れたとき、指先が震えているのを自覚した。
大丈夫、落ち着け僕。
イーシィが元気にしているのは間違いないんだから……!
震えよ止まれと念じながら、腕に力を込めた。カランと響く懐かしい音に被せるように、愛らしい声が響く。
「いらしゃいませにゃん」
少し舌足らずで癖のある喋り方――懐かしい声。黒く大きなぬいぐるみを引きずるように抱えて、ふわふわの白い姿が店の奥から出てくる。途端に喉が詰まって視界が一気に不明瞭になるのを、袖で拭って
胸に湧きあがってきたのは、激情。嬉しさ、安心、あの日感じた悔しさ、わずかな後ろめたさと、本当に会いたかったんだっていう実感と。
どんな保証があっても、噂を聞いたとしても、この耳と目で確かめるまでは実感などできないと思い知る。もう何も考えられず、口が勝手に言葉を発していた。
「しぃにゃん、ただいま」
自分の声が耳に届いて我に返る。びっくりしたようにサファイアブルーの目を見開いたイーシィは、数秒そのまま固まっていた。
しまった、と思ったけど、僕も頭がフリーズして上手いフォローが思いつかない。互いにそのまましばらく見つめ合い、先に金縛りが解けたのはイーシィのほうだった。
「にゃ。名を名乗れ、ですにゃ」
きゅ、と
落ち着け僕、情緒が壊れている場合じゃない、イーシィの言う通りまだ名前すら伝えてないじゃないか。
「ごめん、驚かせてしまって。僕は
「にゃ!? こーにゃん……なのですにゃ?」
武器にもならないクジラは下げて、イーシィは僕を真剣な目で観察し始めた。僕のことを怖がっている様子はないけど、長い尻尾がいつも以上にぶわっと太くなっているのは警戒の表れに違いなかった。
あとひと押し、僕が僕である証拠を……と考えた途端、とても確実だけどとんでもなく恥ずかしい方法が浮かんで、思わず頭を抱えそうになる。
ああ、でも、恥ずかしいとか言ってられない。共有する想い出――お約束だけど、確実なものがあるのなら。
全身を熱くする
「……『その昔、緑深く人の寄りつかない森の奥には、もの言う動物が暮らしていたといいます。かれらは人と混じらず暮らしていましたが、魔女と呼ばれる人々を仲立ちにして、知識や品物を交換することもあったとか。人の暮らしが豊かになるにつれて人々は動物がものを言うことを忘れてゆき、かれらもまた人と関わるのをやめてゆきました。彼も、祖父が読み聞かせるその話は
「こーにゃん、それ……『魔女の本屋としゃべるねこ』ですにゃ」
そう。これは、自宅の伝言板機能を使い、僕と彼女で交互に書きあっていたものだ。書き出しの一文、少し記憶違いがあるかもしれないけど、イーシィには伝わっただろう。
みるみるうちに、丸く見開いたサファイアブルーの目に涙があふれてゆく。太く短い前足でクジラのぬいぐるみを放り出し、イーシィはカウンターに飛び乗るとその勢いのまま、僕に飛びついてきた。反射的に両腕を広げて受け止める。
まるでずっと前から定位置だとでも言わんばかりに胸に収まったふわふわの身体からは、記憶と変わらないひなたの香りがした。
第四章 終
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