[4-8]謎の天使と、黒狼の軍人さん


 天使の人が放った風魔法が呪い竜の一体を切り刻み、黄昏竜の注意が完全にそちらへ向かう。かなり威力の高い攻撃魔法に見えたけど撃破には至らなかった。何らかの強化バフが働いて耐久力が上がってるのかも。

 CWFけいふぁんの攻撃魔法は確か回数制だった。今はどうなんだろう。

 黄昏竜がブレスの予備動作に入ったのがわかったけど、それ以上よそ見をしている余裕はない。無傷なほうの呪い竜が僕を狙い迫ってきたからだ。


 背後の一体も動きが鈍っただけで消えてはいないので、逃げ場がなく。でも奴ら身体が大きいけど動きは鈍重だし、脚の間を潜って向こうに逃げられないかな。

 と思ったけど、僕も奴らと変わらないくらいに鈍重だってことを忘れてた。呪い竜が大きく顎門あぎとを開いて攻撃態勢に入った瞬間を狙い飛び出したものの、逃げ切るより先に太い尻尾が迫りくる。

 全身の痛打を覚悟した瞬間に、目のくらむような閃光と容赦ない破裂音。すぐ目の前で呪い竜の尻尾が弾け飛び、僕は慌てて腕で目を庇った。


「呪われしものに天命の裁きを――さっさと!」


 これ、公式で最強とされる魔法だ。後半、詠唱が雑になった気がするけど発動に支障はないみたい。全身を閃光に貫かれた呪い竜が見る間に黒い塵と化して消えてゆく。

 振り返ればもう一体の方も完全に動かなくなっていた。自分で言っておいて何だけど、やっぱり天使ってバリバリの戦闘種族……だよね?

 手下の呪い竜を倒された黄昏竜は、溜め切ったブレスを吐くのを躊躇ためらったようだ。大技のあとには隙ができる。それにたぶん、神竜族は天使と相性が悪いんだと思う。最強レベルの天属性魔法を使える相手なら、なおさらだろう。


 ――と、折よく聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向いて見れば、まだ遠いけどこちらへ全力で駆けてくる銀君ともう一人。あれ、あの人、見覚えがある気が……?


「ああ、もう、やっぱり早起きなんてするものじゃない。面倒くさいから、帰る」


 捨て台詞にしてはたいな一言を残し、黄昏竜が勢いよくれきの地面へ突っ込んだ。登場も突然だったけど、もしかして地中を移動してきたんだろうか。

 不完全燃焼な怒りが安堵と混じりあい、心境は複雑だ。彼女が消えた地面を無言のまま睨みつけていると、ふわっと風が動いて近くに天使の人が降りてきた。あ、そうだ……助けてもらったんだから、お礼を言わないと。


「あの、ありがとうございました」


 近くで見ると印象よりずっと若くて線が細い。ハニーブロンドの髪、白基調の衣服、背中の白翼はいかにも天使って雰囲気だけど、不思議なことに彼にはエンジェルリングがなかった。何か、特殊な背景があるのかも。

 色白で綺麗な顔立ちのお兄さんだ。目の色は青で、前髪も一房だけ空色に染めてある。戦闘種族というより、日本人がイメージする典型的な天使の印象そのままの……。


「別に、キミを助けたわけじゃないし」


 え、――っと。第一声が否定の言葉で、僕は二の句が告げずに固まった。ちょっと待って、僕はこの人と初対面なはずだけど、これにはどう答えるのが正解なんですか。


「ごめんなさい」

「とりあえず謝るの、国民性なのかな。他所よそから来ておいて、変な知識を広めないでくれる? ここはここの文化や歴史があるんだからさ」

「え、あの、僕、前に、会ってましたっけ……?」


 僕、今、怒られてるんでしょうか。国民性とか、よそからとか、言ってることはわかるけどどういうこと? まさか、運営側……ってことは。

 すっかり混乱して言葉が出なくなっていたところへ、銀君たちが到着した。ぜいぜいと息を切らす銀君の後ろで息も乱さずに立っているのは、鋭い琥珀色の目の、黒髪から狼耳が突き出た獣人の軍人さん。やっぱりこの人、イーシィを保護してくれた方だ……!


「こーやん! ごめん、遅くなって! 大丈夫? 痛い思いしてない?」

「遅くなってしまい申し訳ありません。ご無事で何よりです」


 心底心配そうに尋ねてくれる銀君と、物腰丁寧で落ち着いた口調の黒狼軍人さん。安心と懐かしさと、今さらながら怖かった自覚と、いろいろな感情が一気に湧き上がって視界がぼうっとかすんだ。

 駆け寄ってきた銀君に勢いよくハグされて、そのまま頭をよしよしと撫でられる。おかしい、僕と銀君は同い歳のはず……。

 でも、肌に馴染んだぬくもりからくる安心感には抗えず、僕は銀君の胸を借りてちょっとだけ泣いた。


「呪い竜を討伐すると息巻いて自分から飛び出して行ったくせに、被害者の少年に八つ当たりするなど大人おとなげない」

「僕にとっては竜なんて等しく敵だよ」

「え? こーやんは人間じゃないの?」


 黒狼さんと天使さんのやり取りに銀君は当然びっくりしてる。僕がめそめそ泣いてる間に話がややこしくなってしまって、どうしよう。とにかく何とか涙は止まってくれたので、僕は顔を上げ改めて二人の大人と向き合った。


「あの、心配かけました。もう、大丈夫です。僕はこうといって……話せばややこしいんですけど、一応は竜の眷属けんぞくってことになってますが、竜に変身したりはできません」


 黒狼さんが微笑んで、口を開く。


「はじめまして、恒夜さん。私はルスラン、龍都の軍務を預かる者です。怖かったでしょうが、ご無事で良かった」


 黒狼の軍人、ルスランさんは簡単な自己紹介をして、次にどうぞと言いたげに天使さんを見る。けれど天使さんのほうは僕にうたぐるような目を向けていた。


「自己紹介とか、僕はやだよ。どこの誰とも素性の知れないに個人情報を握られるなんてさ」

おおな」

「だって彼、世界の外から持ち込んだ知識を広めてるんだよ。得体が知れないじゃないか」


 さっきも口にしていたけど、どういうことだろう。彼も日本側の知識を持っているんだろうか。運営チームの誰かか、もしくは僕みたいに世界を渡ってきたとか……? そもそも、世界の外の知識を広めてるってどこから――。

 と、そこまで考えてハッとする。これと似た話、確か以前にもしたことがあった。ラチェルが言ってた元天使、風樹の里で子供たちが話していた狼さん。確か、名前は。


「リレイ、さん?」


 記憶の海から引っ張り出したその名を口にした途端、彼の顔にそれとわかるほどはっきり警戒の色が浮かんだ。




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