[4-7]黄昏との遭遇、新世界を望む者


 地平線まで白く広がるれきの世界に、その姿は良く映えていた。

 銀君と良く似た紅紫色マゼンダピンクの髪、袖や裾にフリルが付いた芍薬紫ピオニーパープルの衣装。背後に大きく広がるのは、銀君のより大きくていかつい竜の翼だ。スカートのすそから見える両脚と太い尻尾も竜の鱗に覆われている。

 CWFけいふぁんの公式種族に竜人族ドラゴニュートはないけど、竜の獣人という設定でRPなりきりしていた人たちは多かった。公式種族として選べなくても設定上は神竜族が存在するので、その混血とか眷属けんぞくといった感じ。この子もそうなんだろうか。


「僕は神竜族じゃないよ」

そらの竜の結界は竜属性を通さない。アナタから、星の竜に似たニオイを感じる」


 そらの竜って、王様のことかな。なるほど、のろりゅう対策なら竜属性に対しセンサーが働くのはすごく納得だ。それに、星の竜って……クォームのこと? いつも修復の時にあふれるきらきらした光は、星属性の魔力なのかな。


「神竜族ではないけど、権能は預かってるよ。だから、結界を通れないのかも」


 もしかしてこの子も締め出され組なんだろうか。今ちょうど銀君がお城へ知らせに走ってくれてるから、一緒に待つよう誘ってみようか。――なんて呑気に考えていた僕は、ちょっと危機意識が足りなかったかもしれない。


「よかった。アナタを食べれば、この忌々いまいましい結界を壊せそう」


 表情に乏しい印象だった彼女がそう言って、ニタリ、と笑った。どこがとは言えないけど、人間が作る笑顔とは違う不自然な笑み。僕の背筋を最大級の悪寒が走り抜ける。


「待って、どういうこと? 僕にもわかるように説明してよ」


 背後は結界の壁、前方に不穏な竜の女の子。時間稼ぎするしかない。背中を見せれば問答無用で襲われるかもしれないので、彼女から目を離さず指先でスマートフォンを探る。

 こんな場合は、確か……同盟申請? ちょうど手に持っていたのは幸いだった。なるべく悟られないよう上部メニューの「同盟申請」を開き、明滅している「隣国へ申請」をタップする。あとはとにかく、会話して情報を引き出せれば……!


「説明、んー……面倒くさい」


 まさかのアンニュイ系女子!? コミュ障気味な僕には難度が高いんですが!

 一人の時に遭遇するなら自語り大好きな中ボス系の人が良かった……なんて考えても仕方ない。長い袖で口元を隠し、眠たげな目を細めて僕の反応をうかがっているらしい彼女に、僕は質問を重ねてみることにする。


「僕を食べなくても、話せば協力できるかもしれないよ。僕は、こう。君の名前は? どうして結界を壊したいの?」


 す、と彼女の目が細められたので、内心で僕は震え上がった。でも意外なことに彼女は、この質問にはすんなり応じてくれた。


「私は、トワさん。古き世に黄昏たそがれを導き、新世界をしょうじる者。……そらの竜が未練がましく旧世界にこだわるから、新世界構築が進まなくって面倒くさい」


 トワサンなのか、永遠とわさんなのか。うわぁ、これは呼び方に困るやつ。なるべく名前を呼ばない方向で会話を続けるため、彼女の答えをしっかり考えてみる。

 黄昏のあとに新世界って、北欧神話? 確か『神々の黄昏ラグナロク』の後、世界は火で焼き尽くされ再生するって神話だったと思うけど、アレンジが加わってる可能性もある。――あっ、トワサンってもしかして。


「トワイライト、さん?」


 思いつきがつい声に出てしまって、僕は慌てて手で口を塞いだけれど、彼女は一瞬目を丸くしたあと、またあの不気味な感じでニタリと笑った。


「長くて面倒くさいから、トワさんでいい。そう、アナタ、察しがいいね。食べるのちょっと惜しいかも」

「そ、そうだよ! 食べたら無くなっちゃうから、お喋りもできないしつまらないよ。トワさんはもしかして、神竜族……七竜のおひとり?」


 ちょっと良さそうな流れになってきたのに便乗して、質問を畳み掛ける。確か七竜のひとりが『黄昏の竜』だったはず。超レアな存在に会えたことを喜ぶ余裕もないけど、話を引き延ばす取っ掛かりになればそれでいい。

 でも、僕の思惑は上手くいかなかった。彼女はつまらなさそうに袖で口元を隠し、これ見よがしに欠伸あくびをしてみせる。


「いいよ、お喋り面倒くさいから。私は、早く役目を終わらせてみんむさぼりたい。アナタ、面白いけど、面倒くさそう」

「そんなぁ」


 彼女の口癖なんだろうけど、面倒くさいを連呼されると悲しくなってくる。いよいよ後がないので、僕はスマートフォンをシャツの胸ポケットに突っ込みボタンを閉めた。前も後ろも塞がっているなら、横に逃げるしかない。

 彼女がげんそうに目を見開いた瞬間を狙い、足元のれきを一掴みし投げつける。切り札にできるものは何一つ持ってないけど、彼女は警戒したのか視線を揺らして身を引いた。その隙に、走り出す。


「待ちなさい」


 不機嫌そうな声に答える余裕も理由もない。元より逃げ切れるとも思ってなかったけど、次に起きた予想外に僕は思わず足を止めてしまった。

 すぐ目の前で白い地面が弾け、巨大な黒い影が立ち上がる。明るすぎる空を背景に黒々ときわつシルエットは、不本意ながらも見覚えがあった。――呪い竜だ!


 不安と興奮で浮ついていた心が一気に冷えてゆくのを感じる。

 前方に一体、振り返ってみれば後方にも一体。結界と彼女らに囲まれた形だけど、恐怖心にも勝って湧き上がってきた感情は、怒りだ。あの大崩壊の日に呪い竜を次々召喚し、世界を破壊して、たくさんの人を死なせたのが彼女だってこと?


「君が、呪い竜を操ってたの!?」

「そんなの……アナタには関係ない。逃げ場はないんだから、観念して食べられて」


 怒りを感じても僕にできることはない。クォームの呪いがあるから食べられたとしても消化されることはないだろうけど、誰かに助け出されるまで想像を絶する苦しみを味わうのかと思えば頷けるわけがない。

 黙り込んだ僕があきらめたと思ったのか、彼女は楽しげに笑ってその姿を変化させた。いかにも毒々しい、あざやかな芍薬紫ピオニーパープルの直立竜。つまり紫色は闇属性カラーってことか。

 時間稼ぎでも、なんでもいい。何か、打つ手を。必死に思考を巡らしていると、胸元で一瞬スマートフォンが振動した。あっ、と思うと同時にその場へ響き渡ったのは、聞き覚えのない綺麗な声で紡がれてゆく魔法詠唱。


「呪われし竜を切り裂き滅ぼせ、風魔の刃よ!」


 黄昏竜は声の主を知っていたのだろうか――憎々しげな目を向けた、先には。

 大きく広げた白翼、白基調の衣服を着たおそらく天使と思われる人物が、風の魔法をまとって宙に浮いていた。




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