[4-7]黄昏との遭遇、新世界を望む者
地平線まで白く広がる
銀君と良く似た
「僕は神竜族じゃないよ」
「
「神竜族ではないけど、権能は預かってるよ。だから、結界を通れないのかも」
もしかしてこの子も締め出され組なんだろうか。今ちょうど銀君がお城へ知らせに走ってくれてるから、一緒に待つよう誘ってみようか。――なんて呑気に考えていた僕は、ちょっと危機意識が足りなかったかもしれない。
「よかった。アナタを食べれば、この
表情に乏しい印象だった彼女がそう言って、ニタリ、と笑った。どこがとは言えないけど、人間が作る笑顔とは違う不自然な笑み。僕の背筋を最大級の悪寒が走り抜ける。
「待って、どういうこと? 僕にもわかるように説明してよ」
背後は結界の壁、前方に不穏な竜の女の子。時間稼ぎするしかない。背中を見せれば問答無用で襲われるかもしれないので、彼女から目を離さず指先でスマートフォンを探る。
こんな場合は、確か……同盟申請? ちょうど手に持っていたのは幸いだった。なるべく悟られないよう上部メニューの「同盟申請」を開き、明滅している「隣国へ申請」をタップする。あとはとにかく、会話して情報を引き出せれば……!
「説明、んー……面倒くさい」
まさかのアンニュイ系女子!? コミュ障気味な僕には難度が高いんですが!
一人の時に遭遇するなら自語り大好きな中ボス系の人が良かった……なんて考えても仕方ない。長い袖で口元を隠し、眠たげな目を細めて僕の反応をうかがっているらしい彼女に、僕は質問を重ねてみることにする。
「僕を食べなくても、話せば協力できるかもしれないよ。僕は、
す、と彼女の目が細められたので、内心で僕は震え上がった。でも意外なことに彼女は、この質問にはすんなり応じてくれた。
「私は、トワさん。古き世に
トワサンなのか、
黄昏のあとに新世界って、北欧神話? 確か『
「トワイライト、さん?」
思いつきがつい声に出てしまって、僕は慌てて手で口を塞いだけれど、彼女は一瞬目を丸くしたあと、またあの不気味な感じでニタリと笑った。
「長くて面倒くさいから、トワさんでいい。そう、アナタ、察しがいいね。食べるのちょっと惜しいかも」
「そ、そうだよ! 食べたら無くなっちゃうから、お喋りもできないしつまらないよ。トワさんはもしかして、神竜族……七竜のおひとり?」
ちょっと良さそうな流れになってきたのに便乗して、質問を畳み掛ける。確か七竜のひとりが『黄昏の竜』だったはず。超レアな存在に会えたことを喜ぶ余裕もないけど、話を引き延ばす取っ掛かりになればそれでいい。
でも、僕の思惑は上手くいかなかった。彼女はつまらなさそうに袖で口元を隠し、これ見よがしに
「いいよ、お喋り面倒くさいから。私は、早く役目を終わらせて
「そんなぁ」
彼女の口癖なんだろうけど、面倒くさいを連呼されると悲しくなってくる。いよいよ後がないので、僕はスマートフォンをシャツの胸ポケットに突っ込みボタンを閉めた。前も後ろも塞がっているなら、横に逃げるしかない。
彼女が
「待ちなさい」
不機嫌そうな声に答える余裕も理由もない。元より逃げ切れるとも思ってなかったけど、次に起きた予想外に僕は思わず足を止めてしまった。
すぐ目の前で白い地面が弾け、巨大な黒い影が立ち上がる。明るすぎる空を背景に黒々と
不安と興奮で浮ついていた心が一気に冷えてゆくのを感じる。
前方に一体、振り返ってみれば後方にも一体。結界と彼女らに囲まれた形だけど、恐怖心にも勝って湧き上がってきた感情は、怒りだ。あの大崩壊の日に呪い竜を次々召喚し、世界を破壊して、たくさんの人を死なせたのが彼女だってこと?
「君が、呪い竜を操ってたの!?」
「そんなの……アナタには関係ない。逃げ場はないんだから、観念して食べられて」
怒りを感じても僕にできることはない。クォームの呪いがあるから食べられたとしても消化されることはないだろうけど、誰かに助け出されるまで想像を絶する苦しみを味わうのかと思えば頷けるわけがない。
黙り込んだ僕があきらめたと思ったのか、彼女は楽しげに笑ってその姿を変化させた。いかにも毒々しい、あざやかな
時間稼ぎでも、なんでもいい。何か、打つ手を。必死に思考を巡らしていると、胸元で一瞬スマートフォンが振動した。あっ、と思うと同時にその場へ響き渡ったのは、聞き覚えのない綺麗な声で紡がれてゆく魔法詠唱。
「呪われし竜を切り裂き滅ぼせ、風魔の刃よ!」
黄昏竜は声の主を知っていたのだろうか――憎々しげな目を向けた、先には。
大きく広げた白翼、白基調の衣服を着たおそらく天使と思われる人物が、風の魔法をまとって宙に浮いていた。
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