[4-6]たどりついた場所、結界隔壁


 自分自身の足で(魔狼の銀君に乗せられることも多かったけど)壊れかけの世界を旅していて、気づかせられたことがある。

 建物が崩れ、土地が白いれきに埋もれていても、かつてその場所は多くの人が住んでいた国、あるいは街だった。生き延びた人が留まっていても、もういなくなっていても、壊れかけの施設にはが刻まれている。


 風樹の里のように、大崩壊を免れた施設に留まりそこを守りながら暮らしている人たちもいれば、施療院のように施設だけが残っている場合もあった。

 どちらでも僕にできることは大きく変わらない。残されたきいて書き留め、施設を修復する。どうしても時間がかかるし、終わった後は眠気がひどくて休息も必要だった。


 そんなふうに世界を辿たどっていく中で、気づかせられたこと。今のケイオスワールドは、かつての自由と冒険と騒乱あふれる世界ではなくなったけれど、僕が大好きだった人の温かさや創造性は何一つ変わっていなかった。

 自分が生き延びるのに必死な中でも、誰かを助けようとする優しさとか。感謝を忘れない心とか。音楽や、絵や、物語を愛し続ける思いとか。

 誰もが――っていうのは言い過ぎかもしれないけど、少なくとも僕が目にした人たちは、未来をあきらめてはいなかった。


 大きく回り道をしてきたけど、良かったと思う。

 交わした約束のぶんだけ、願いは重さを増す。僕だけのためじゃなく、名前を覚えた人たちのために、世界の修復をやり遂げたいと思える。

 何がなんでも使命を果たそうとの決意を、新たにすることができたから。





 そうして予定よりだいぶ遅れながらも、僕と銀君は『碧天へきてんの龍都』のすぐ側まで辿り着いていた。

 夜闇の名残がたゆたう白い地平線と、薄明の空。その境目に、今までとは全然違うくっきりした建物群が見える。ひときわ高くそびえるのはお城かな。


 実装されたナビ機能はかなり優秀で、フィールドマップ上に三角形のナビアイコンで現在地を示してくれるだけでなく、マップの行きたい場所をタップして登録すれば、向かうべき方向を示す大きめの矢印まで表示してくれる。お陰で、目印になるものがほとんどない砂漠でも迷わず進むことができた。

 技術担当さん、本当にありがとうございます。どんなに耐久力が高くても、砂漠で迷い続けたら目的地には永久に到着できないもんね。


 龍都が視認できる距離まで来たので、いつものように銀君は人型へ戻り、二人で徒歩に切り替えて向かう。

 僕が四十路の古書店主だった頃、碧天の龍都を治めていたのは神竜族の王様だった。国政にも軍務にも関わりを持たない一般国民ライトユーザーだったので、竜の王様と直接話したことはない。


 僕の外見や設定は国民だった頃とすっかり変わっているので、たとえ王様が以前の僕を認知していたとしても、同一人物だとは判別できないだろう。世界の状態がこんなだから、警戒される可能性も高い。

 だからまずは龍都のどこかに保護されてるはずのイーシィを捜し出して、『恒夜』が戻ってきたことを納得してもらわないと。

 以前の僕が経営していた古書店は街外れだったので店が残っている望みは薄いだろう。行き場のない状態なら、狼の軍人さんがお城に保護してくれたかもしれない。


 けれど、僕の思惑おもわくは思いもよらない形ではばまれることになった。

 大崩壊のあとに造られたのだろう垣根――木造りで、高さはそれほどでもない――がはっきり見えるほどの距離まで来たとき、僕の目の前に突然、透明な壁が出現したからだ。


「うわっ!?」

「こーやん、どした!?」


 感触は、巨大なアクリルパネル。突然すぎて止まれず突っ込んだ僕は、透明板に弾き返された弾みで尻餅をついていた。痛さより驚きが勝って固まっていると、何の阻害もなく先を進んでいた銀君が焦った顔で駆け戻ってきた。

 ああ、これ、何となく……わかった気がする。どうして僕が弾かれたのかについては、考えられる可能性が多すぎて絞り切れないけど。


「銀君、どうしよう。僕、王様の結界内には入れないみたい」

「王様の……結界? え、どこに?」

「銀君には発動してないけど、ほら、ここに壁がある」


 バンバンと軽く叩いてみせれば、銀君は驚いたように目を丸くした。予測でしかないけど、たぶんあの垣根に結界を維持する役割があるんだと思う。

 神様うんえい粛正デリートを弾き返すほどの結界を敷ける王様だもの、危険なものが龍都に入れないようちゃんと対策したんだろうね。

 僕は異世界から来た異分子で、僕の中にある魔力もたぶん規格外。何たって、世界を修復できるような権能だもの。結界が弾く基準はわからないけど、僕はそのセンサーに引っかかってしまったってことだろう。


「わぁー、ほんとだはじめて見た。これ、何ともならないのかな……」

「わかんない。王様が許可してくれたら、入れると思うんだけど」


 見渡す限りもんのようなものもなく、ここから声を張り上げたとしても街までは届きそうにない。見張りの人がいる気配もなかった。

 僕自身も困り果ててあちこち見回していたら、考え込んでいた銀君が顔を上げる。


「じゃ、僕がお城に行って掛け合ってくるよ。なるはやで行ってくるから、こーやんは気をつけて待ってて!」

「うん、銀君ありがとう。恩に、着ます」

「これくらい全然いいんだけど、とにかく気をつけてね。この辺にはもう危険な動物はでないと思うけど、知らない人が近づいてきても食べ物もらったりついていっちゃ駄目だぞ」

「え、僕そんな子供じゃないよ」


 本気で……というより、ちょっとしたお約束みたいなやり取りだよね。銀君はいつものように人懐っこく笑うと、言葉通り全速力で街へと駆け出した。

 ありがとう銀君、でも無理はしないでね!

 残った僕はできることもないので、結界に背中を預けてスマートフォンを取り出す。今のうちに龍都に到着したことをクォームに報告しておこうかな。ちょっと暑くなってきたし、フードを被ったほうがいいかも。


「アナタ――神竜族?」


 ふいに、全然覚えのない声に話し掛けられて、思わず見回した。さっきまで、見渡す限りの範囲に誰もいなかったのに。

 いつの間にか、僕から数メートル離れた場所に人が立っていた。

 砂漠の旅人に似つかわしくない、お洒落で色あざやかな衣装をまとった女の子――のように見える竜、だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る