[4-3]大きな後悔、ひとつの決意


 横向きにしたスマートフォンいっぱいに映る、集合写真。調光やピントも全部カメラ任せだけど、暗すぎることなく綺麗に撮れている。

 小さな子たちがあっちこっち向いているのも自然な雰囲気で可愛いな。先生はにこやかで、銀君やラチェル、リタや歳上の子たちは皆全開の笑顔を向けていた。

 指を滑らせ拡大しつつ確認して、誰も目をつむったり変顔になっていないことに安心する。皆いい表情で映ってて、もしかしなくても僕の笑顔が一番ぎこちないような……。


「こーやん、どう? 上手く撮れてる?」

「あ、うん! 大丈夫、すごくいいよ。画面小さいけど、見る?」


 銀君に尋ねられて我に返った。画面を皆のほうに向ければ、待ってましたとばかりに子供たちがわっと寄って来た。ぎゅうぎゅうと詰めかけて覗き込んでくる。


「どう、見える?」

「わーすごい! ちっちゃくてみえない!」

「あたし、見えるよ。みんないっしょ、すてき」

「おおきくしてっ、おおきくしてっ」

「ちょ、ちょっと待ってね……プロジェクターみたいなのがあれば、大きく映せるけど」


 何でもありなのがケイオスワールドなので、映写機とかプロジェクターみたいな道具が存在していても不思議はないけど、それがここにあるか、あったとしてこのデータを送れるかは別の話だ。

 キラキラした目を向け期待する皆に囲まれて僕は困り果て、助けを求めて先生を見た。にこにこ笑顔を浮かべて僕らを見ていた先生はすぐ察してくれたようで、パンパンと両手を叩いて子供たちを静まらせてから言った。


「神殿の映写室が使えるかもしれませんな。さぁさ、皆さん、いきましょうか」

「じゃ、移動しよかー! ラチェル、案内よろしくね」

「オッケー、皆こっちだよ! 先に行ってるから、コーヤ君は先生とゆっくり来てね」


 銀君とラチェルで子供たちを引率していく。ここまで期待させて、映写できない……ということになったらどうしよう。

 何となく踏み出せず立ちすくんでいたら、先生は僕が不安がっていると気づいたんだろう、背中に優しく手を添えてくれた。


「朝からあれこれ確認してみましたが、どうやら神殿に備わっていた機能はほぼ回復しておるようですよ。恒夜さんお持ちの機械と連動できるかはわかりませぬが、無理でしたら私から上手く言い聞かせますのでご心配なさらず」


 そうだ、ここであれこれ考えても答えは出ない。とにかく行って、見て触ってみて、駄目だったら謝るしかない。というか、こういう時こそサポートに問い合わせすればいいのか。


「はい、ありがとうございます。ちょっと、機能を確かめてみます」


 チャットアプリのログを開き、「神殿の映写機に写真データを送付する方法を教えてください。」と入力した。すぐに返事が来るといいな、来なかったら総当たりで試してみるしかないけど。

 一旦画面を閉じ、胸ポケットに突っ込む。これなら通知が来れば気づくだろう。


 石造りの廊下を先生の案内で進んだ。僕の執筆で修復できるのは中身だけという通り、足元や周囲の壁に変化はない。それでも昨日の朝と比べて空気は温かく、不思議な安心感があった。

 この世界がどういう仕組みで動いているのかはいまだに良くわからないけど、成果が実感できるのは嬉しい。僕がここに来た意味を、見失わずに頑張れるから。


 ――写真が、嫌いだったわけじゃない。本当に、単純に、興味がなかっただけで。


 昔、父が若い頃にはSNSに自分の写真をあげるのは非推奨だったらしい。今は本名に紐づいたSNSも広く普及して、同級生はよく家族旅行やイベントの写真を載せていた。

 僕の趣味はゲームやWeb小説だったので、実名SNSとは縁がなく。匿名性の高いSNSやサイトを使っていると、載せる写真も道端の猫とかゲームスクショばかりで、そうすると自分の写真を撮ることも少なくなって。


 ここに来る前、クォームに言われた『一方通行』という言葉が、不意に現実の重みをともなって迫ってきたのだった。

 もしかしたら、というか前提の条件として、僕はもう家に帰れない。それなのに僕のスマートフォンには家族や友人の写真がない。逆を返せば、僕は父や祖父母にも写真を残してこなかった。父がメールで「写真を忘れずに」と書いてくれたのは、こっちで撮った写真を送って欲しいということじゃないのかな。


 メールができるのだから、写真だって送れるかもしれない。でも、どう見たってここはオーストラリアじゃないし、僕の外見は様変わりしすぎている。

 なぜこうなっているか説明しようとするなら、僕が帰れないことだって話さなくてはいけないだろう。


「恒夜さん、ここの部屋ですが、大丈夫ですかな?」

「あ、はい! ちょっと考え事してました!」


 先生の声掛けで思考の沼から引っ張り上げられ、僕は過剰に大声で反応してしまった。先生にくすくすと笑われる。


「まぁまぁ、お若いうちは失敗が怖いものでしょうが、この歳まで生きますとな、人生というものはなるようにしかならぬのだと覚悟も決まるのですよ。ですから、それほど身構えず試してみるのが宜しいかと」


 トントンと肩を叩かれて、優しい言葉をかけられて、行き詰まりかけていた思考がほぐれてゆく。そうだよね、先のことなんてまだわからないのだし。

 今はとにかく、映写機が上手く使えるかだけを考えよう。写真のやり取りについては、後からクォームに聞くとして。


「ありがとうございます。僕、ちょっと難しく考えすぎてたかも。……とにかく、やってみます」


 決意一つ、言葉に乗せる。

 先生はそんな僕を見て、大きく頷いてくれた。




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