[4-2]一緒に過ごす朝、記念の一枚を


 里の子供たちは年齢幅があるので、歳上の子たちが小さい子たちにごはんを食べさせてから寝かしつけ、その後で自分たちが食べるようにしてるらしい。

 夜七時ともなれば歳下組はもう寝てしまい、歳上組も順次お風呂や歯磨きに行っていて、残っていたのは数人だった。

 食堂に入ると、自分の食事をしていたらしいラチェルがすぐ席を立ち駆け寄ってきた。


「コーヤ君、大丈夫? 具合悪かったの?」

「ううん、ちょっと集中して作業してただけだよ」

「ずっと出てこないから心配しちゃった。食欲ある? 空いてる席どこでもいいから、座ってて」


 ラチェルはテンション高く僕を近くの席に押し込んでから、厨房ちゅうぼうと思われるところへ消えていく。神殿の食堂ははじめて入ったけど、教会や寺院というより学校の調理室に近い気がする。もしくは、公民館とかイベントホールとか。

 家では自分で料理していたくせに場所が違うと何をすべきか分からなくって、席についたまま僕は途方に暮れた。隣に銀君が座り、テーブルに残されていた空の食器を重ねて端へよけながら言う。


「もうちょっと早い時間ならちびっ子たちもいたんだけどねー。全員集合は明日の朝になると思うけど、それでもいい?」

「うん。出発前に、みんなで記念撮影したかっただけだから」

「あっなるほどね、いいね!」

「何の話してるの? 銀ちゃん、コーヤ君、少ないけど食べて! それで、何の話?」


 ラチェルが持ってきてくれたのは、サツマイモの線切りを下地に、豆とスライストマトと刻んだ玉ねぎ、そして卵を乗せて焼いたお好み焼きっぽいもの。あ、これもしかしたらガレットのアレンジかも?


「わー、美味しそう! 今日はずいぶん豪勢だね!」

「調理用プレートが使えるようになったから、ありあわせの野菜を使ってガレット焼いてみたんだよ。されたお水も使えるし料理の幅が広がりそう」

「すごい、ラチェルって料理も得意なんだね」


 やっぱりガレットだった。麦はまだ収穫期じゃないからいもで代用したんだろうけど、そういうアレンジが思いつくラチェルはすごい。尊敬の念を込めて見つめれば、彼女は照れ隠しみたいに顔の前で両手をぶんぶんと振った。


「ガレット簡単なんだよ! 敷いて乗せて焼くだけだし! お塩しかないから味付けがもの足りないかもだけど……嫌いじゃなかったら食べてね」

「うん、食べる。いただきます」

「僕も食べる! ラチェルもまだなんでしょ、一緒に食べようぜ」

「もちろん! 一緒に食べるよ」


 ここのサツマイモは、日本のコンビニで売ってるような甘味の強いものではなく、ほくっとしていて甘さ控えめだ。ほんのり塩味と、野菜の自然な甘みと、卵のまろやかさで、とても優しい味わいに仕上がっている。

 いま食事中の子たちが無言なのもわかるな、美味しいものを食べてる時って夢中になっちゃうよね。

 そうこうしているうちに、食事を終えた子たちも僕らに声を掛けてから出て行ったので、食堂には僕と銀君、ラチェルの三人だけになった。やっぱり食事ってお腹だけでなく、心も満たしてくれる気がする。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかった!」

「良かった。今は食材限られててこういうのしか作れないけど、コーヤ君がいろいろ直してくれたから育てられるものも増えると思う。あたしも頑張るから、また会いに来てね」


 そう言ってもらえたのが嬉しくて、視界が潤んでしまう。にこにこしながら頷いてる銀君と、泣きそうな僕と、照れているラチェル。しんみりしつつも楽しい夕ごはんを終えて、僕らは三人で洗い物を片付けた。作業をしながら、記念撮影について相談した。

 名残惜しさもあって少し夜更かししたけど、ラチェルの朝は早いし僕の出発も早朝の予定なので、ずっと起きてるわけにはいかない。その夜は空調の効いた温かい部屋で、昼にも寝たというのに僕はぐっすり眠ったのだった。





 雨がほとんど降らない気候だからか、深夜から早朝はだいぶ涼しい。灼熱しゃくねつの太陽が地面を焼き焦がす前に収穫や水遣り、水汲みなどの仕事を終わらせるため、子供たちは皆早起きするんだって。すごいと思う、偉いよね。

 銀君に起こしてもらった朝の五時。ごはんの支度をするリタと歳下組に僕も加わらせてもらった。リタはおとなしい子だけど、作業しながらいろいろ話してくれて嬉しかった。


 最後だし、今後は食糧事情が改善されそうなので、朝ごはんは一緒にいただくことにする。僕が出発することを残念がる子も多くて嬉しいけど、ちょっと心が痛い。でも皆、言い聞かせればちゃんと聞き分けて、僕の旅路を応援してくれた。

 記念撮影の場所は迷ったけど、レスター先生の提案で風樹の間に決めた。やっぱり里の象徴だし、後から見返したときの成長記録にもなりそうなので。


 動かせる棚を利用し、適当な板と布でスマートフォンをちょうどいい高さに立てて固定する。風樹を中心に全員が入る角度へ調節して、タイマー十秒。シャッターを切ってから急いで後列、銀君の隣へ移動した。

 風樹の間は天井がないので、降り注ぐ陽の光で昼間はとても明るい。一応は最新型のスマートフォンだから、綺麗に撮れると思うんだけど。

 カウントダウンの点滅が早くなる。三、二、一、パシャリ。それほど大きな音ではないけど、小さい子たちは皆きょとんとしている。


「そのまま待っててね。ちゃんと撮れてるか、確認するから」


 こういう集合写真を撮るのは初めてなので、綺麗に撮るコツも向いてるカメラモードもわからなかった。撮影に失敗していた場合に撮り直しやすいよう皆には待機したままでいてもらい、僕はフォルダを開いて写真を確認する。

 考えてみれば、スマートフォン依存症のくせに、今まで撮った写真はゲームのスクリーンショットとか、小説サイトの閲覧数だとか、猫や鳩なんかの生き物ばかり。家族や友人と一緒に撮ったことなんて、ほとんどなかったかも。


 それに気づいて、指の先が震えた。

 ずっと失念していたこと……もしかしたら無意識に考えまいとしていたのかもしれないことを、不意に痛感してしまったからだ。

 




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