第四章 碧天の都、神竜のねがい

[4-1]いつかの記憶、新たな想い出


 生まれた場所も親もおぼえていないけれど、育ちは海賊船ですにゃ。そう、イーシィは私に語ってくれた。

 海賊といっても略奪をするタイプではなく、冒険とお祭り騒ぎを愛する陽気な者たちの集まりだったという。大切に抱えていた大きなクジラのぬいぐるみは、団の船長が彼女に買い与えてくれたものらしい。


 自由な生き方を至上とする彼らは、活動拠点であった海域に帝国の支配が進出してきたことをかんできなかったのだという。帝国の影響を排除するため、彼らは陸に上がり国家権力を求めた。それもクーデターという強引な手段によって。

 海賊らしいといえば、確かにそうだ。しかし、人脈も経験もない集団が他国や国民からの後押しを得られるはずもない。

 クーデターはあっさり失敗し、関わった者たちは追放されて散り散りになった。陸に寄るのなかったイーシィが私の家に辿り着いたのは、本当に全くの偶然だったらしい。


「うちは見ての通り、本だらけであまり片付いてもいないけど、空き部屋はたくさんあるから……好きなだけゆっくり過ごしていいよ」

「ありがとですにゃん……」


 不安げな視線が部屋をさまよい、太くて短い前足が大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。猫すら喋るこの世界で獣型キメラが喋ることに不思議はないが、その所作がまるきり子猫のようだったので、私は妙な気分だった。


「イーシィさんは、いーさん? しいさん? なんて呼べばいいかな。私はコウという名前だよ」

「パパはしぃにゃんて呼んでくれてましたにゃん。コウヤしゃんのことも、パパでいいですかにゃ?」

「えっ、いや、パパはちょっと……。名前でなら、好きに呼んでくれていいから。私も、しぃにゃんって呼ぶことにするよ」

「了解ですにゃ。じゃ、ぼくはこーにゃんて呼びますにゃん」


 聞けばイーシィは海賊船長をパパと呼んでいたらしい。私の年齢的にも見た目の雰囲気からも、親子、で良かったかもしれないが、娘がいたこともないのにそう呼ばれるのは、何というか、破壊力が強すぎた。この世界では擬似ぎじ親子、擬似家族はありふれたことだとわかってはいたが。

 何はともあれ、彼女との同居生活はこうして始まったのだった。



  ★☆★☆★



 ぐらぐら、と揺り起こされる感覚に、はっと意識が冴える。開けた視界に映り込むのは、紅紫色マゼンタピンクの髪と真紅の目。銀君が僕を覗き込むようにして見ていた。


「銀君? おはよう……」

「良かったー! 具合悪いのかと思って心配しちゃったよ。こーやん朝から飲まず食わずじゃん、お水くらい飲みなって」


 差し出されたカップを反射的に受け取る。飲まず食わずでも大丈夫、なんだけど、さすがに心配をかけてしまったみたいだ。

 カップはひんやり冷えていて気持ちがいい。そっと口をつけ、中の水をゆっくりと飲み下す。乾き切った身体に水分がじんわり染み通っていくようだった。


「ありがとう、美味しかった。僕、結構寝てた?」

「どうかな、ずっと引きこもってたからって寝てたわけじゃないんでしょ? 今はもう夕方で、みんなは夕飯食べてるよ」


 銀君に言われて手元のスマートフォンに目を落とせば、時刻は夜七時になる少し前。アプデ詳細を読みながら寝落ちて、二時間くらい眠ったのかもしれない。何か夢を見た気もするけど、思い出せなかった。


「うん。いろいろと、修復の準備とかしてた」

「やっぱりねー! 採水設備と神殿の空調システムが突然に動き出したっていうから、こーやんが頑張ったんじゃないかと思ったんだ!」


 言われたことを僕はすぐに認識できず、笑顔の銀君を見つめてしまった。採水設備……って井戸じゃなく、施療院と同じ機械化された水回りかな。空調システムって、エアコン?


「そういえば、なんかあったかい気がする」

「でしょ? 神殿の中だけだけど、各部屋の空調と温度管理の機能が回復したらしいよー。やったねこーやん!」


 パシパシ、と背中を叩かれて僕は豆鉄砲を食らった鳩みたいに目をぱちぱちさせた。あ、これは日本流のってやつね、実際に鳩に豆鉄砲打ったことなんてないよ。


「そっか、上手くいったんだ。良かったぁ」

「呑気だなぁもう。これは偉業だって。これからは外気の寒暖に左右されずゆっくり休めるし、お風呂や洗濯も水の心配をしなくていいし、冷蔵庫が使えれば食品や医薬品も保管できるし……本当に! ありがとう! こーやん!」


 僕の両手を強引に掴んでぶんぶんと上下に振りながら、銀君が涙ぐんでいる。機能の修復はクォームが与えてくれた権能とかそういうものなので、僕の業績ではないのだけど、それでもやっぱり嬉しいな。これで少しは恩返しできたかなって思うし、この里の復興に役立てたなら。

 そして改めて、ここに定住しているわけではないのに我がことのように喜ぶ銀君は、やっぱり優しくて素敵な人だなって思った。


「僕は、できることをしただけなので。少しでも皆の助けになれたなら嬉しいな」

「こーやんの『できること』は破格なんだよー! でも、それが目的の旅っていうのも重いよね。大丈夫、ここの子たちはみんな強いからさ」

「……うん」


 本当なら、一緒にいて先生やラチェルを手伝えればいいのかもしれないけど。そうよぎった想いは銀君に見抜かれたみたいだ。

 そうだよね、皆には夢があって誇りがあるから。

 きっと、自分たちの力で復興を成し遂げられると信じてる。


「だからさ、遠慮なんかせず夕飯一緒に食べようよ。ずっとここにいられないとしても、おもい出はちゃんと心に残るんだからさ」


 僕の両手を捕まえたまま、銀君はそう言って立ち上がった。そのままぐいと引っ張り起こされる。

 思い出、という言葉に感化されたのか、鼻の奥がつんとした。ラチェルが言った『よそ者』という言葉を真に受けたわけではないけど、僕はこの世界からすれば異質の存在で、一人だけ余計な知識を持ってたりもして。

 そんな僕が、皆の想い出に残ってしまっていいのか……まだわからないけど。


「うん、わかった。実は僕、みんなとやりたいことがあって」


 一緒のごはん、記念撮影。

 僕がこの先も孤独感に負けず、頑張れるように。想い出を、形に残していきたいんだ。




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