[3-10]銀竜通信、この先の展望と


 人を揶揄からかうような口調。冗談なのか本気なのかわかりにくい軽妙さ。付き合いも浅いし向こうで一緒に過ごしたこともないのに、クォームの声を聞いた途端、無性に懐かしくなって胸が詰まる。

 でも、そんな心境がばれてしまうのはなんだか悔しい気がしたので、答える前に一度深呼吸。彼は心を読めるらしいから、もう知られているかもだけど。


「生きてます。あと、邪竜じゃなくてのろい竜です。……って、呪い竜、やっぱり出るんですか?」


 冷静に突っ込んだつもりが連想してハイエナと遭遇した時の恐怖を思い出し、冷水を浴びた気分になった。来る前から予想はしていたけど、僕はあのばけものと戦う技術なんて持ってない。それに、せっかく修復した場所を破壊されるのだって嫌だ。

 僕の声から不安を察してくれたのか、最初から筒抜けだったのか。少しの沈黙を挟んで、クォームの声が返ってくる。


[オレ様そっちの機構システムには詳しくねーけど、竜っつっても生物じゃなく兵器の扱いなんだろ? 召喚機能が遺ってて召喚する奴がいれば、可能性はあるなー]

「確かに、グリフォンを生み出す風樹の能力が生きてるんだから……あり得ます」


 といっても国家や城がなくなった世界で兵器を召喚する意味なんて――、そう考えたところで僕は思い出した。

 僕が向かおうとしている碧天へきてんの龍都は今も国家だし、お城だって無事に違いない。あの竜の王様なら、呪い竜になんて負けやしないと信じたいけど。


[ま、そこは心配ないと思うぜ。運営カミサマとやらが派遣した邪竜とは違って、退治できる仕様の邪竜らしいから]

「あっ、そっか、そうなんですね。良かった」


 クォームの一言にどっとあんの息が漏れた。僕に戦闘能力はないけど、普通の呪い竜なら戦い慣れている人も多いので、それほど脅威にはならないはず。

 遅れて、やっぱり心を読まれているとも気づいた。口調はぞんざいだし人に対して無頓着なふうを装ってるけど、クォームって心根は優しいような気がする。これも人間を手懐ける悪魔の手管ってやつ?


むなしいこと考えてる時間ヒマあるのかよ。聞きたいことあったんじゃねーの?]

「あ、はい、すみません。聞きたいことありました」


 呆れられたのか、照れているのか、声だけではわからない……けど、画面のミニキャラの表情を見ると照れてるのかな。でもこれ以上余計な詮索せんさくをしていると本当に時間切れになるので、僕はもう一度深呼吸をして姿勢を正した。


「こんなこと考えるの、僕が日本人だからかもしれないですが――」


 クジラの神様や風樹の神様について聞いて、僕なりに考えたことを話してみる。土地神という言い方が適当なのか、元の世界観に合わせて守護神獣とか守護天使と言った方がいいのか、細かな部分はまだ詰めきれていないけど。

 画面の向こうでクォームはふんふんと相槌あいづちを打ちながら僕の話を最後まで聴き、それから考え込むように沈黙した。答えを待つ緊張感に心臓がもたなくなりそう、と思った頃合いで、ザザッとノイズが混じる。


[悪ィ、限界だから切るぜ! オレ様が思うに、恒夜の考察はいい線いってると思うな。ひとまずその路線でさがしてみろよ。こっちでも検証できたら連絡する]

「はい、了解です。ありがとうございます」


 ノイズが一層大きくなって、通話がぷつりと切れた。なんだか、電波の悪い場所で通話しているみたいで不思議な気分だ。改めて見回せばここは正真正銘の異世界で、このスマートフォンはこの世界の誰とも通信できないのだけど。

 今の時刻は夕飯に少し早い、四時半過ぎ。外からかすかに子供たちの声が聞こえてくるので、授業が終わったのかもしれない。執筆と通話で精神力を使い果たした僕は外へ出ていく元気などなく、スマートフォンを持ったままベッドの上に寝転がった。今度こそ、アップデート詳細とヘルプを熟読して機能を確認しないと。


 気合を入れて通知アイコンからお知らせをさかのぼり、ページを開く。親切にも各アイコンの詳細が図解された画像が添付されていたので、保存しておけば参照しやすそうだ。

 各アイコンの機能は大体が予測どおりかな。フレンド機能には、友達になった人の名前と簡単なステータスが記録される……って、連絡アドレス帳みたいなもの? いや、でも連絡先は載ってないから、ゲームのフォロー機能に近いのかも。

 ミッション機能には修復成功した施設が一覧表示されていて、僕が執筆した内容と回復した機能が参照できるって。エディターボードからは過去の記録を参照できないなって思ってたけど、ここから見れるんだ。ちゃんと覚えた。


 カメラとフォルダがそのまま使えるのは確認済み。メールと通知、チャットアプリの使い方も大丈夫。画面中央の世界地図からナビゲーション機能が起動できると書いてあって二度見した。詳しい使い方はヘルプを参照ってことなので、優先して見ておかないと。

 そう思いつつも、意識がだんだんだるくなってきたのを自覚する。何なんだろう、僕。食事も睡眠も必要ないはずなのに、画面を見てると眠くなって寝落ちる悪癖あくへきは抜けてないよな。横になって見るから良くないのかも。


 思い切って縦になれば目が冴えたかもしれないのに、僕はたいに負けて睡魔に身を任せてしまい。銀君に起こされるまで、ぐっすり寝入ってしまったのだった。

 




 第三章 終

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