[3-9]風樹の記憶、未来への嘱望


 ――自分の存在を認識したのは、いつの頃からだっただろう。


 天空で争う神々と神竜たちが散らした魔力のざんを浴びたことで、自我が芽生えたのかもしれない。

 孤高で孤独な一本の大樹。天へ向かい生い茂る枝葉に小鳥や小動物が遊び、野の獣がかげを求める、それが当たり前の日々だった。変化が起きたのは、訪れた一つの出逢いによる。


 彼女は戦災によって家族と故郷を失い、さまよいの果てに私の根元へ辿たどり着いた。私は彼女にかげを与えて休ませ、実を与えて飢えと渇きを癒した。彼女はつらい心の内を私に語り、私は枝葉をそよがせて彼女を慰めた。

 数日の後、彼女は仲間たちに見つけられて去ってゆき、私は再び孤独な静けさの内に長い時を過ごすことになるはず――だった。しかし、彼女は戻ってきた。戦災により故国を失った人々とともに、ここを新たな故郷とするために。


 国家に至らぬ小さな里に、神は加護を授けない。だが、彼らの決意は固く、願いは強かった。その覚悟に動かされ、私も彼らと一緒に何度も神へこいねがった。この小さな里を守り抜くだけの、加護と力をください、と。

 国を捨て野にくだる生き方を、神々は否定してはいない。であればどうか、攻め入る力ではなく護りの力を授けてくれるように、と。


 強くひたむきな願いは神々に届いた。与えられたのは、戦う爪牙とまもりの翼を持つ神獣。そしてその卵を生ずる能力タレントだった。最初の神獣が選んだのは、はじめに私を見出した少女。それ以来、数多く神獣が生まれ、多くのグリフォン使いが里に満ちていった。

 樹木に比べ、人の生は短い。産まれ、育ち、老いて、別れゆく。喜びと寂しさに彩られた目まぐるしい時間は、かつて孤独で孤高だった私にとって奇跡のような日々だ。

 私を見出した少女も里をおこした者らも、時間は全てを過ぎ去らせてゆく。それでも人はえ続け、神獣も殖えたこの里は、今や私にとって愛しい家族となった。


 かつては神々も同じように、人を愛していたのだろうか。あるいははじめから愛情などなく、営みを眺めるという遊戯のためだけに、人を加護し導いたのだろうか。神々が世界と人を捨てることにしたのは、何が切っ掛けだったのだろう。

 地に根を張り天を見上げるしかできない私に、神々の意志を推しはかることなどできるはずもなく。実のところ、経緯にも意図にも興味なかった。理不尽にくだされた神々の裁定を受け入れることなどできようか。


 私に神竜族のような破格の力があれば、里の者たちも神獣たちも全て守り抜くことができるのに。

 私の加護が及ぶのは、ほんのわずかな範囲――この神殿と周辺に過ぎない。それも、呪い竜による破壊を受ければあっけなく破られるだろう。


 だから、どうか、力を貸して欲しい。

 すべてをまもれぬとしても、せめて、せめて――子供たちだけは。

 見届けることの叶わぬ未来だとしても、これからを生きる幼子おさなごらのために。おまえたちの命を捧げてくれるだろうか。




 気づけば視界はぼやけていて、画面にぱたりとしずくが落ちた。いつの間にか濡れていた顔を袖でぬぐい、忘れていた呼吸を取り戻すように顔を上げて息をつく。記録をつづるというのは、生きた証を、おもいと願いを記すこと。その重さを痛感する。

 大崩壊のとき、ラチェルは里のグリフォン使いの中で最年少だったらしい。彼女以外のグリフォン使いと、子供たちの親、レスター先生以外の大人たちは全員、里を襲う呪い竜に立ち向かい、風樹が神殿に張った加護の結界を壊されぬようにと戦った。

 そして、天から降り注いだ白い閃光によって――……。


 神々の力は風樹の張った結界さえも破壊したけれど、風樹と大人たちの覚悟を打ち砕くことはできなかった。加護が破られた瞬間、風樹は破滅の光をその身で受け止め、神殿と子供たちを守り抜いたんだ。命尽きる最後の瞬間、一枝の若芽に記憶と能力タレントを譲って。

 長きに渡り人の営みを見守り愛してきた長寿の樹だからこその決断、そして嘱望しょくぼう

 世界がどんなに荒廃しようとも、若木と子供たちが強く生き抜き成長し、いずれはグリフォンたちも生まれるようになり、皆で一緒に里を復興させてゆく未来がくることを、風樹はひとつも疑っちゃいなかった。


 ラチェルも子供たちもその想いを理解している。親を失い里の仲間たちを失って悲しさも寂しさもあるだろうに、みな怒りや絶望感に負けたりせず未来を見つめてるんだ。

 明日が来ることを疑わず、種をき水をやり、勉強をして、元気に遊んで。


「僕も、頑張るよ」


 風樹の強い想いには全く及ばないけど、僕もありったけの願いを込めて『反映』のボタンをタップした。

 勢いをつけすぎてスマートフォンを落としそうになり、慌てて両手で掴んだところで、ローディングが始まって画面が切り替わる。と同時にあふれ出す銀光のやわらかなあたたかさに、またも涙が出そうになった。

 ややあって、画面に『更新しました』のダイアログが浮かぶ。思わず辺りを見回すも、今回も特に大きく何かが変わったという様子はなかった。そもそもここは神殿で、国家施設とは違うけど……修復、ちゃんと出来てるのかな。


 時計を見れば、もう午後四時になろうとしている。心身も疲労している気がするのは錯覚だよね。フリック入力だから仕方ないけど、脳内に浮かぶ文章をそのまま出力できれば早いのに。クォームは心が読めるらしいし、念写みたいなことってできないのかな。

 執筆ハイのせいかむなしいことを考えながら、後回しにしていたチャットログを開く。まだ通話アイコンがあるのを確認し、覚悟を決めてタップした。そういえばまだアップデートの詳細を確認できてないけど、怒られたらどうしよう……。


 ぼんやりと待つこと三秒ほど、コール音がぷつりと切り替わる。


[おぅ恒夜、オレ様だぜ! 生きているか? 邪竜にわれてねーか?]




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