[3-8]夢の描き方、想い出の残し方


 年長者には知恵が宿るというけれど。

 僕が想像していた以上に大きな夢を語って、レスター先生は微笑んだ。確信がにじんでいて、勝利の笑み、みたいだ。


「でも先生、彼、定住する気はなさそうですけど」


 不安そうなラチェルの様子や先生の話しぶりを聞くに、その天使さん――リレイさんは、気難しい人なのかもしれない。本当に協力を得られるのか僕には判断つかないけど、先生には何か策があるのかも。

 余計なことを言っちゃったかな、とも思ったけど、先生の笑顔を見ていると気持ちが楽になる。


「無論、彼にも事情がおありでしょうし、この件はおりを見て私から話しましょう。ですので、恒夜さんは心配せずご自身の使命を優先してくだされ」


 思わぬ言葉に胸をつかれた気分で、僕は何も言えないまま頷いた。先生は、行かないでと言った子供たちの声を聞いていたのかな。

 破格の加護(呪い)と執筆スキルを授けられていても、僕にできることはそれほど多くない。亡くなった人を生き返らせることも、壊れた建物を再建することも、森や湖を修復することもできない。

 でもきっと世界には、僕より経験のある大人とか、知恵を持つ人とか、専門的な技術を持つ人だっているのかもしれなくて。神様だけでなく、そういうをさがして協力を仰ぐことができれば、と思った。


「うん、あたしもコーヤ君が行っちゃうのはさみしいけど……コーヤ君の旅を応援したいって思ってるから、みんなの言うことは気にしないで!」

「さてさて、お昼の時間ですし行きますかな。恒夜さんも、よろしければ一緒に」


 ぼうっと考え込んでいたから心配させてしまったみたいだ。僕は感謝を述べてから、昼食の誘いを丁寧に断る。


「僕は、本当に大丈夫なので。やらなきゃいけないこともありますし、泊まり部屋を借りてもいいですか? 仮眠するつもりはないので、用事があれば声掛けてください」

「もちろん。どうぞゆっくりお過ごしくだされ」

「昼ごはんのあとは授業だから、子供たちも来ないと思うよ。コーヤ君も、何か困ったことあったら言ってね」


 食事を取らないことについて二人が突っ込んでこないのは、この世界ではわりと良くあることだから……なのかな。確かに、見た目は人間でも中身は全くの別物っていうパターンも多かったはず。

 とはいえ、その辺りの感覚はまだよくわからないので、特に問いただされない限りは今後も『旅人』って名乗ることにしよう。


「ありがとう、ラチェル。ありがとうございます、先生。それじゃ少し、休ませていただきます」


 二人に礼を言ってから、部屋へ向かう。通知とメールのチェック、それから執筆。アップデートの詳細もまだ全然確認できてない。

 元々あまり時間の使い方が上手ではないけど、思った以上にすべきことが溜まっていて僕は反省した。ちゃんと、計画性を持ってタスクを終わらせていかなきゃ駄目だよね……。





 通知ベルに一件、実はさっきから気づいてはいた。部屋のベッドに座ってスマートフォンのロックを解除する。思った通り、父からメッセージが届いていた。チャットのログも増えていたけど、先にメールフォルダを確認してもいいかな。

 朝からの色々で、まだ父にラチェルと仲直りできたことを報告できてない。どきどきしながら通知を開く。


[こんにちは。恒夜、上手く話せたか?]


 父にしては珍しい会話系メッセージだ。たぶん、すごく心配してくれていたんだろう。胸がほっこり温かくなって、つい顔がにやけてしまう。


[大丈夫! お父さんのお陰でちゃんと話ができて、仲直りできました。今日は他の子たちとも一緒に、楽しく過ごしました。アドバイスありがとう!]


 返事を書いて、送信する。ここは異世界で電波塔もないのに、普通にメッセージをやり取りできちゃうのがすごく不思議だ。一体どんなふうに送受信されてるんだろう。

 父に返信して安心したので、さてチャットログのチェックを……と思った所に通知のポップアップ。流れのままに通知を開けば、もう父から返信が来ていた。今って昼休憩の時間なのかな、びっくりするほど早くない?


[それは良かった。引き続き、良い日々を。仲良くなった子と写真を撮るのも忘れずに]


 短文だったけど、書かれていた内容にまたもはっとさせられる。そっか、写真……考えたこともなかった。せっかくカメラ機能も画像フォルダも使えるんだから、記念撮影はいい案かもしれない。

 僕の目的は龍都でイーシィに会うこと、そして世界を救える神様をさがすことだ。その途中で出会った人たちと、ずっと一緒には過ごせない。でも、写真を撮って名前をメモしておけば、いつかまた同じ場所を訪れた時すぐ思い出せるもんね。


[ありがとう、お父さん。また、連絡します]


 返信を送って少し待ってみたけど、もうメッセージは来ないようだったので、次にチャットログを開いてみる。僕が送った感謝文の後に二行ほどログが増えていた。


[日本語難しくてめんどくせー。各機能のヘルプは設定(歯車ボタン)に格納されてるらしいので、確認よろ。次のアプデではライブラリ機能が付くらしいぜ]


 文面が泣き言で思わず笑ってしまう。ライブラリ機能、どんなのかな、楽しみだ。吹き出しをタップすると、画面にいるミニキャラクォームが困り顔になった。なにこれ、面白い。

 続きのログはシステムメッセージっぽかった。[五分以内の通話が可能]と書かれてて、スピーカーアイコンが付いている。

 どうしよう、喋ってたら外に聞こえちゃうかな。ラチェルは昼ごはんの後に授業があるって言っていたから、誰か来るとしても銀君くらいだろうけど……。


 通話を始めるか迷ったけど、先に執筆を終わらせたほうがいいように思えた。フリック入力はどうしても時間がかかるし、誰かが来ればまた執筆できなくなってしまう。深夜に起きて書ける自信もあまりない。

 スニーカーを脱いでベッドの上に乗ると、石壁に背中をつけて膝を起こした。壁に寄りかかった体育座りの姿勢でエディターボードを起動する。


 今回は、私小説風を目指してみようと思う。




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