[3-7]世界の在り方について、その考察


 天使って、種族「エンジェル」のほうだろうか。CWFけいふぁんで選べる種族には「ダークエンジェル」……いわゆる天使もいたので、元天使ってことはそっちかな。

 神様が天使の上位種族なので、エンジェルは設定上「天界で神に仕える種族」になる。実際には運営とコネクションがあるわけでもないし、神様うんえいの意向なんてユーザー側が知るはずもないんだけど。

 その人が僕と同じで語ったのか、単に世界の現状を見て判断しただけなのか。ラチェルの話だけではわからないけど、僕がそれを肯定してはいけない気がした。


「そんなはずないよ。だって、天使は神様の代行者として敵と戦い、敵を殲滅せんめつする種族だもの。里を襲ったのは天使じゃなくてのろい竜だよね?」


 真相とは正反対の論だけど、まるっきりのたらではない。呪い竜を召喚するとステータスに『涜神とくしん』という称号が付いたので、呪い竜は神様の敵、という共通認識に間違いはないはずだ。

 思った通りラチェルは大きく目を見開いてから、こくこくと頷いた。


「うん、そうだよね。でも、だったら、リレイ君……元天使の人は、どうしてそんなこと言ったのかな」

「神様と言ってもいろんな形があるからじゃないかな。呪い竜を召喚する詳しい方法は僕も知らないけど、あんな強力な存在なら大元には邪神がいるのかもしれないし。クジラの神様も、風樹の神様も、世界を壊そうとなんてしてないよね。神様にもきっといろんな勢力があるんだよ」


 ここへ来るまで僕も「神様と言ったら運営だ」としか考えていなかったけど、ここはもうゲーム世界ではないのだから。

 強い想いがケイオスワールドを独り立ちさせたのなら、今生きている人たちの想いや願いも世界のり方に影響してゆくと思う。この里と共に長い時間を生きて里の人々を大切に思っている風樹がここの土地神になれば、ラチェルや子供たちの願いだって遠からず実現するんじゃないかと思うんだ。

 真剣な表情で僕の話を聞いていたオレンジ色の目が、キラキラと輝き出した。不安げだった様子は影を潜め、笑顔が戻る。


「そうだね、あたしたちには風樹様がいるもんね! あたし、アズルと一緒にこれからも風樹様を守るよ。他の悪い神様になんか、負けないんだから」

「うん、でも一人で無茶しちゃだめだよ。そういえばもしかして、うたうたいの旅人さんとその天使さんって、同じ人なの?」


 張り切るラチェルだってまだ十五歳の女の子、本当なら大人の保護下にあるべき年頃だ。僕みたいに破格の加護(呪い)があるわけじゃないんだから、無理はしないでほしい。

 そして、子供たちやラチェルの断片的な話を総合すると見えてきた気がしたので、確認のために聞いてみる。ラチェルは目を瞬かせ、それから頷いた。


「あの子たち何か話したの? そう。元天使で、今は翼のある狼の姿をした、吟遊詩人の旅人だよ。人間の女の子と猫型の機械を連れていて、食べ物をもらいに時々立ち寄るんだ」

「なるほど、だから狼か猫――だったんだね」

「え、なんの話?」


 戸惑うラチェルに、リタに話しかけられた時の話をつまんで伝える。

 砂漠を歩くには軽装すぎる僕の格好に、子供たちは見知った旅人――狼さんを連想したのだろう。もしくは、銀君が狼だから僕が猫、だったのかも?

 ラジオ体操のくだりまで頷きながら聞いていた彼女だったけど、最後のほうはほとんど泣きそうにうつむいて言った。


「ありがとう、コーヤ君。昨日は……本当にごめんなさい。あたし、心の奥では神様なんて当てにならないって、思ってたのかもしれない。神様は助けてくれない、それどころか、また滅ぼしに来るかもしれない……って」

「うん。わかるよ」

「でもコーヤ君の話を聞いて、あきらめなくていいのかもって思えたから、頑張るよ。アズルと一緒に」


 ラチェルはもう十分に頑張っていると思う。それに、子供たちの話を聞くとその元天使さん、里の皆に好意的な気がするんだよね。翼のある狼って何だかすごく強そうだし。


「ラチェル、その天使さんに里の守護天使をしてもらうのはどう? そうすれば、呪い竜が来たとしても守ってもらえるんじゃない?」


 和洋折衷わようせっちゅうというか宗教混合のような気もするけど、ここは異世界だしいいよね? 事情はよく知らないけど、子供たちが懐いているくらいだから、たぶん優しい人だと思うんだ。

 でも、ラチェルの表情はいまいちというか微妙だった。


「……無理だと思う。彼、肉体労働とか戦闘は苦手って言ってたし、飛ぶの下手だもん」

「そうなの? スペック隠してるだけじゃないのかな。天使って元々、バリバリの戦闘種族だって聞くよ」


 このとき僕の頭に浮かんだのは、なぜか『オーストラリアの主な宗教はキリスト教だ』という父のメールだった。天使といえば原典は聖書、実際に読んでみると最初から最後まで格闘したり戦ったりって記述が多く、わりと肉体派でびっくりするんだよね。

 疑うような目でラチェルが僕を見るから歴史マニアの血が騒いで、僕はついこの世界には存在するはずもない『聖書に出てくる天使のいつ』を熱弁していた。ラチェルが目を輝かせて聞き入るものだから、止まらなくなって――正午の鐘の音に飛び上がりそうになる。もうお昼ごはんの時間だった。


「恒夜さんは物知りですな。ふふ、ですがそろそろ食事の時間ですぞ。若いからと言って無茶をするものでは」

「うわっ、レスター先生!?」

「やだもう先生! いつの間に!」


 びっくりした。僕が夢中で蘊蓄うんちくろうしているのを、いつの間にか先生も聞いていたらしい。恥ずかしい……。

 照れ隠しのようにラチェルが睨むのを笑顔で流し、先生は僕を見る。穏やかな双眸そうぼうは笑っていたけれど、奥には真剣な光が揺れていた。そして先生が言った言葉に、僕は驚かされることになる。


「実は恒夜さん、私も同じことを考えておりましてな。と言っても、この里に限定するものではなく……ラチェル、この話は私から彼に切り出すつもりなので、今はまだ心に秘めておくのですぞ」

「はい、言いません」


 ラチェルに釘を刺してから先生が続けたのは、僕の想像を超えた話だった。


「私は彼に、神授の施療院をお任せしようと思っておるのですよ。さすれば、時間はかかりましょうが、この里から施療院に至るまでの広範囲を復興することも、夢ではなくなりますのでね」



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