[3-6]小さな誇りと、神様の話


 僕から尋ねられるなんて予想外だったのか、ラチェルも子供たちも少しの間ぽかんとしていた。ややあって、隣に座っていた子が遠慮がちな仕草で僕の袖を掴んだ。


「あたし、リタ。十二歳」

「リタちゃんだね、うん覚えた。僕に声をかけてくれてありがとう」


 大人しそうな子だけど、最初に声を掛けてくれたのもこの子だ。僕の答えにリタは照れたように微笑んでくれた。それを皮切りに、他の子供たちも一斉に喋り出す。待って待って、記憶力にはわりと自信があるほうだけど多人数を一気に覚えるのは無理だよ。

 急いでスマートフォンを起こし、とりあえずメールを起動する。リタ、エルク、ミーア、ロット……一人一人の名前と簡単な特徴を覚え書きしておけば、次に来たときにも思い出せるはず。


 里の子供たちがいつもどんな感じで旅人に接しているのかを僕は知らないけど、ラチェルはこの光景に驚いているようだった。銀君はといえば、やっぱり嬉しそうににこにこと僕らを眺めている。

 一通り自己紹介が終わって静かになったので、僕はリタの頭を撫でながら、気になっていたことを尋ねてみた。


「リタが話してた『クジラの神様』って、どんな神様なの? 僕、すごく遠くから来たからその話を知らなくってね。ここの歴史とか、神様の教えとか、みんなが知ってるお伽噺とぎばなしとか、聞きたいな」


 リタが一瞬息を飲むようにして、ラチェルを見た。こくこくと頷く彼女の様子に安心したように、僕のほうへ視線を戻す。

 さっきラチェルが僕の話を聞きたがっていたから気にかけたのかも。すごいな、偉い。


「あのね、クジラのかみさまは……雨のかみさまなの。お空のすっごい高いところをとんでいて、しおふきの雨をふらせてくれるの。あたし、見たんだよ。白いクジラのかみさま、のほうへ飛んでいったの」

「そっか、雨の神様なんだ。じゃ、もしかして風樹は、風の神様なの?」


 リタが見たっていう神様は、銀君のお姉さんが連れていた星クジラなのだろうけど。銀君もラチェルも何も言わないから、真相は問題じゃないんだろう。里の子供たちにとって『雨の神様が実在していた』という情報は、希望のよすがになるだろうから。

 僕は『神様候補をさがす』という使命を託されているけど、それは僕のひとがりで選んでいいものではないと思う。みんなが思う『神様』についてちゃんと知って、それを手掛かりにしたい。だって、この世界の未来は僕だけのものではないから。

 好奇心半分、使命感半分で尋ねた質問だったけど、思った以上に子供たちには響いたみたいだ。リタが目を輝かせて頷き、テーブルについていた子供たちも席を立って僕のそばまでやってきた。


「こーやんちゃん、ふーじゅさまにあったの!?」

「ふうじゅしゃまはかぜのかみしゃまなの」

「グリフォンはね、かみさまのみ使いなんだよ!」

「会った、っていうか、うん。やっぱりそうなんだね、すごいね」


 目を輝かせ、口々に語りだす子供たちの様子から、この里で風樹がどれだけ愛され、誇りにされていたか伝わってくる。僕に枯死樹をよみがえらせることはできないけど、他にもっとできることがあるのかもしれない。

 植物やいきものに『神様』を見いだす感覚はやっぱり、ケイオスワールドのベースが日本人の感性だからなのかな。もしかして、神様候補は一人じゃなくてもいいんだろうか。

 土地神みたいに特定の地域を守る神様が決まれば、もしくは力を取り戻せば、世界は少しずつ修復されていく、とか……?

 考えても答えが出るわけじゃない。この件は後で、クォームに聞いてみよう。


「こーやんちゃんは、どのかみさまをさがしてるの?」


 口々に話す子供たちの話をメール画面にメモしながら聞いていたら、リタが尋ねてきた。その向こうでラチェルの表情が固くなったのにも気づく。

 昨日の一件が頭をよぎって、僕は何と答えたらいいか迷った。


「僕がさがしているのは、世界を救ってくれる神様。龍都になら、その手がかりもあるだろうと思って」

「こにゃんちゃ、いっちゃうの?」

「えーやだー、いっちゃやだ!」

「えぇっ!?」


 子供たちが一斉にそうな表情になって、何人かはパーカーの袖や裾を掴んできたから、僕は焦った。助けを求めて銀君を見れば、彼は今度は立ち上がり、僕らの間に割って入ってくれた。


「さ、みんな朝早かったんだしお昼寝行こうな! 寝て起きてもこーやんはいなくなったりしないから、大丈夫だよ」

「ほんとに? こーやんちゃ、いなくならないでね」

「おうたききたい!」


 何がどうなってこんなに懐かれたのかわからず、子供たちを引率していく背の高い銀君が保育園の先生みたいだな、なんて関係のないことを思いながら見送る。カタンと音がしたのでそちらを見れば、ラチェルが一人残って椅子に座っていた。


「ラチェルは、昼寝しなくていいの? 朝早かったんでしょ?」

「うん。コーヤ君は? あの子たちと一緒だと寝かせてもらえないだろうから、お昼寝するなら泊まり部屋を使っていいよ」


 何だろう、変な感じがする。わりとはっきりものを言うラチェルらしくない、何かをうかがうような話し方。

 昼寝にかこつけて執筆を進めてもいいけど、ラチェルはもしかして子供たちのいない場所で僕と話したいのかもしれない。


「僕も大丈夫。今のうちにすることがあるなら、手伝おうか」

「ううん、それはいいの! あたし、コーヤ君に聞きたいことがあって……いいかな」

「もちろん。僕に、答えられる範囲でだけど」


 ラチェルは隠し事が苦手なタイプっぽい。そして最初の印象よりずっと気遣いさんだ。少しの間、何かに迷うように手を握り視線をさまよわせていたけど、思い切ったように顔を上げた。

 真剣な光を宿したオレンジ色の目が、僕を射抜くようにまっすぐ見つめる。


「コーヤ君は、世界を救ってくれる神様をさがしてるんだよね? でも、元天使だった人が言ってたの。神様は、世界を壊したかったんだって。だったら、世界を救ってくれる神様なんて……もうどこにもいないんじゃないの?」



 

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