[3-5]聴きたい気持ちと、言えない本心


 僕が産まれ育った国、日本は、昔から災害が多い国だ。

 二〇一一年三月十一日、東日本の広い範囲での大地震が起き、想定を超える高さの津波が沿岸部を襲った。当時の僕はまだ三歳だったし被災地からも遠く離れていたので、直接の記憶としては覚えていないけど、三月が巡るたびなされる特集記事や報道で知識としては知っている。

 海岸線に沿って港町があり、その町々を山中の道路がつないでいる地域は、被災後にコミュニティーが分断されてしまい、環境の大きな変化や仮設住居の不便さから孤独感にさいなまれる人が多かった。そんな中で注目されたのがラジオ体操だったらしい。


 という話もあくまで聞きかじり。僕は当時のそういう流れを見てきたわけではない。

 運動不足の解消にといいなと思って流し見していた方言ラジオ体操を幾つかダウンロードしてみたけど、フォルダに入れただけで満足しちゃって運動はできていなかった。でも一生懸命なラチェルや子供たちの姿を見て、その話が思い浮かんだんだ。

 ケイオスワールドはいわゆる異世界だけど、国産ゲームがベースだからか文化や価値観は現代日本に近い気がする。それなら、かなり古い曲なのに今でも地域を超えて愛されているラジオ体操は響くものがあるんじゃないかなって思ったんだ。役に立って良かった。

 字幕を頼りに歌詞を教えていると、さっきの子たちが大きな水筒を持ってきてくれた。歌うのは中断して、休憩タイムにしようか。


「こーやんちゃん、お水のんで!」

「ありがとう。僕は後からでいいから、みんなで飲んで」


 真っ先に僕に飲ませようとするので、やんわりと遠慮しておく。この里の風習なのか、先生がそんなふうに教えているのか、子供たちみな楽ではない生活だろうに礼儀正しくて思いやり深い。この子たちが希望ある未来を手に入れられるように、僕は、頑張らないと。


「コーヤ君! みんなも、ここで何してるの?」


 わちゃわちゃしているうちに食事を終えたらしいラチェルと銀君が現れて、途端に子供たちが二人へわっと群がった。

 口々に報告しながら、それぞれの袖を引っ張って輪に誘いはじめる。


「おうた、ラチェも、ぎんちゃも!」

「たいそうしてたの。らちぇもいっしょにやろ!」

「そっかそっか、こーやんに遊んでもらえて良かったね。でもそろそろ暑くなってくるから、ほどほどにねー」


 時刻は九時くらい。太陽はだいぶ高くなり、肌にぴりぴりとした熱を感じる頃合いだ。この子たちの暑さ耐性はよくわからないけど、銀君がそう言うってことはそろそろ屋内へ戻ったほうがいいのかも。


「じゃーね、こにゃんちゃにおはなししてもらう!」

「たびびとさんの、おうたとおはなしききたい!」

「えっ僕!?」


 子供たちが屋内に行くなら、僕はここで執筆を……という思惑おもわくはばまれてしまった。子供たちの旅人に対する好奇心は、まだ全然満たされていないみたい。でも僕に、子供向けの話を語り聞かせるスキルなんてないよ。

 助けを求めて銀君を見たけど、にこにこしてるだけで止める様子はない。その隣ではラチェルが目を輝かせて僕を凝視しているけど、期待されてる? うわあ、どうしよう。


「さ、お話を聞くなら、みんなで神殿の講堂に集合だ」

「はーいっ」

「しゅうごうだーっ」


 銀君の掛け声を受けて、子供たちはラチェルに連れられ神殿へ入っていき、後には僕と銀君が残された。僕は相当困った顔をしていたのかもしれない、近づいてきた銀君にぐいぐいと頭をなでられてしまった。


「子供って何話しても喜ぶし、合いの手入れたり自分たちで盛り上がったりするから、大丈夫だって」

「……うん」

「知ってる話なら、知ってるーって喜ぶし、知らない話なら、知らないーって続き聞きたがるし。内容じゃなくて、話してほしい……構ってほしいんだよね。みんな、まだ甘えたい年頃だもん」

「……そっか、そうだよね」


 銀君の話を聞いて、に落ちた気がした。僕には祖父母がいたけど、ここの大人は先生ただ一人。とてもじゃないけど全員をカバーすることはできないだろう。親に頼れず自分の足で立たねばならない子供たちがどんなに覚束おぼつかない気分か、僕でもわかる。

 僕と銀君はラチェルとそう変わらない年齢だけど、旅人って聞けば大人びたイメージを受けるもんね。それに、小学生の時は近所の高校生がすごく大人に思えたなって。


 どっちかというと話し下手、面白い話のストックもあまりないけど、これでも趣味は小説執筆。僕なりに、頑張ってみようと思う。




 

 神殿の講堂はその名の通り、演壇があってテーブルと椅子が置いてある教室みたいなところだった。世界が終わる前はここで、先生が説法とか式典とか行ってたんだろうな。

 さすがに演壇で話すスキルはないので一瞬血の気が引いたけど、心配することはなかった。大きなテーブルを寄せ椅子を並べて集まっていた子供たちに招かれ、一緒にテーブルを囲む。ちゃんと水筒を置いているのが偉い。

 銀君と並んで席についたら、最初に話しかけてくれた女の子が隣にきてちょこんと座った。そういえば僕、子供たちの名前を聞きそびれてるな……今さらどんなタイミングで聞いたらいいのかもわからず、こんな時に自分のコミュ障具合を実感する。


「コーヤ君も旅人なんだよね。あたし、旅の話とか好き! 聞きたい!」

「うん。きかせてきかせて」

「ききたーい!」


 口火を切ったのはラチェルで、子供たちが賛同するように声を上げる。困った……僕は旅人で間違いないけど、まだ歩き始めたばかりで話せる体験をほとんど持ってない。それに、昨日のようにうっかり傷つけるような話し方をしかねないのも怖い。

 父の返信を思い出す。『相手の背景、文化、宗教などを考慮し、理解を深めることで相手を尊重できる』って。子供たちの本心が『聞きたい』だけでなく『甘えたい』なら、僕にもできることがあるはず。

 相互理解の第一歩と言ったら、やっぱりこれしかないよ。


「そうだね、何の話をしようかな。あっでも、その前に自己紹介しようよ。僕はこう、神様をさがす旅人だよ。こーやんでもこにゃんでも好きに呼んでくれて大丈夫。僕も、みんなのお名前知りたいな」




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