[3-4]旅人のうた、懐かしいメロディ


 おおかみ、それともねこ……?

 言われた意味が一瞬わからなくて、思考が真っ白になる。笑顔も、ちょっと引きってたかもしれない。


 ステータスでは『銀竜の眷属けんぞく』となっていたので、今の僕はカテゴリ的に竜なんだろうか。でも、ドラゴンに変身できるわけでもないし、竜らしい特殊技能も持ってはいないので、人間って答えるのが無難かな。

 何を期待しているのか、話しかけてきた女の子も遠巻きに僕を見ている他の子たちも、せた姿と質素な服だけど瞳は輝いていた。ここでただの人間だなんて白状したら、一気に失望されるのでは。どうしよう、謎のプレッシャーに背筋がぞわぞわしてきた。


「それとも、くじらのかみさま?」


 戸惑って固まる僕に、女の子が質問を畳み掛けてくる。くじらの……かみさま? それって、真白さんの連れてる星クジラのことだろうか。銀君の言ってた目撃情報って、この里の話だったのかな。


「僕は、神様じゃないよ。神様をさがしている旅人」

「たびびと。わかった! おうたでお話をきかせてくれるひと!」


 ようやくまんのある答えを見つけた気がしたのに、女の子の予想は僕の思う浪漫を上回っていて、緊張から胃がぎゅうぎゅうしてきた。

 歌は、学校で歌うか好きな曲を雑に口ずさむくらいで、上手くもなければ弾き語りだってできない。でも、この流れって……。


「わー、おうたききたい! こーやんちゃん、おうたうたって」

「あたしもききたい」

「ねーねー、たのしいおうたきかせて」

「待って、ちょっと待ってね」


 僕、絶対墓穴は掘るような話はしてないと思うんだけど、どうしてこんなことに。

 でも、盛りあがる子供たちの様子からわかったこともある。ここに訪れる旅人は、歌で物語を聞かせる人……いわゆる吟遊詩人なんだろうね。それが狼さんなのか猫さんなのかはわからないけど、子供たちはその時間を楽しみにしているってことだ。だとしたら、歌えない僕にもできることはある。

 画面をホームに切り替え、フォルダを開く。改変後の仕様はパソコンに近くて、アイコンをタップすると種別ごとのフォルダ一覧を見ることができるやつだ。動画フォルダには、あっち側で撮り溜めたビデオやダウンロードした動画がそのまま残っている。


 童話の朗読動画とか、童謡のアニメーションとかあれば良かったんだけど、日常で小さな子と接する機会が皆無だった僕のフォルダにあるのは、マイナーな歴史解説や動物の動画ばかり。動物系なら子供向けに思えるけど、豊かな自然の中で動き回る動物の姿がこの子たちの悲しい記憶を呼び起こしてしまったらいけないのでやめておく。

 それにしても僕、お気に入りのビデオが偏りすぎだよ。内心で頭を抱え過去の自分に文句を言いつつ、お絵描きタイムラプスとかにしようか……と思ってスクロールした指が、一つの動画に留まった。ああ、これならいいかもしれない。


「僕はあまりお歌が上手じゃないけど、代わりにこの機械が歌ってくれるよ。画面小さいから、きみたちもこっちおいでよ」


 スマートフォンの画面は小さくて、みんなで見るには不便だけど、ここの子たちは礼儀正しいから大丈夫だろう。音量を最大にし、ちょうどいい高さになるよう近くの柵に立て掛けた。再生ボタンを押し、僕も子供たちのほうへ行く。

 室内だとガチャガチャした感じに聞こえる導入曲も、野外ならちょうどいい強さだ。流れ始めた音楽――歌は、日本人なら誰もが知っている有名なもの。『ラジオ体操の歌』だ。


「あっ、おうただ」

「すごい! だれがうたってるの?」

「朝がきた、朝がきたー?」

「うん。朝が来たらこの歌を聞いて、みんなで体操するんだよ。ほら、こんな感じで」


 思った以上に盛り上がる子供たちの反応に内心で安堵しつつ、続いて流れ出した『ラジオ体操第一』のメロディーに合わせて、僕も手を動かしてみせる。子供たちの目線が画面と僕をせわしなく行き来するのが、ちょっとこそばゆい。

 運動部にも地域の野球チームにも無縁だったけど、ラジオ体操はちゃんと覚えてる。体育の授業で準備運動として取り入れられているし、小学生の時には祖父母に連れられて地域のラジオ体操にも参加したことがあるくらいだ。

 姿勢が良くないので動画のお兄さんみたいに綺麗なフォームにならないけど、体を動かすことに意義があるから!


 思った通り、子供たちも見よう見まねで手足を動かしたり、その場で飛び跳ねたりし始めた。その真剣な表情がなんだかとても可愛くて、三分半なんてあっという間だった。

 ラジオ体操って馴染みやすくて覚えやすい動作が多いけど、最初から最後までがっつりすると結構息が上がる。人外になって疲労耐性が上がったのか、体力のない僕でもへたり込むことはなかったけど、このまま第二、第三と続けるのは無理だ。

 普段からよく動いているからか、子供たちのほうは全然へばっていない。

 

「こーやんちゃん、いまのおどりたのしかったね!」

「もっともっとー」

「待って、動いたらお水飲む、これ大事」


 息を切らせつつ言い聞かせたら、最初の女の子とほか何人かが「はーい」と元気よく返事をして、立ち並ぶテントのほうへ駆けて行った。

 外はだいぶ暑くなってきて、あの子たちも一仕事終えてきたのだろうに、元気なのがすごい。僕も、見倣わないと……身体はもうきたえられないから精神だけでも。


「こにゃんちゃ、さっきのおうた、もいっかい」

「あさがきたーっておうた、ききたい」

「最初の歌? うん、歌ならいいよ。ちょっと待ってね」


 動画を最初から再生すれば、残っていた子供たちは食い入るように聞いていた。考えてみればこの歌詞、ここの子供たちにはグッとくる内容なのかもしれない。言葉で想いを話すのが躊躇ためらわれるとき、歌は心を代弁してくれるから。

 一応は童謡のカテゴリだし、短くて覚えやすいし。僕はあまり上手に歌えないけど、これくらいなら。


「みんなも、覚えて歌う? 教えてあげようか」

「うん、うたう!」

「こにゃんちゃ、すごい!」


 気づけば僕の名前、あだ名が様変わりして全然違うものになっている。なんか、こにゃんって猫みたいだ。

 どのタイミングで自己紹介すればいいかすっかり見失ったけど、このあだ名はかつての僕がイーシィに呼ばれていた「こーにゃん」という呼ばれ方に似ていて、胸がほっこりした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る