[3-3]つないだ命と、託された誇り


 元はまっすぐ天へとこずえを伸ばしていたのだろう、大樹。僕が腕を回しても抱えられそうにない太さの幹は途中からぽっきり折れて、石膏のように白く立ち枯れていた。これも白焔の影響なんだろうか。

 絶望の象徴にしか見えない枯死樹の元へ嬉々として僕を引っ張ってきたラチェルの行動にも、当たり前のように水やりをしているレスター先生の行動にも、理解が及ばなくって固まっていると、先生はにこやかな笑顔を僕らに向けて言った。


「おやおや、二人いつの間に仲良く……ま、野暮やぼは申しますまい」


 昨日あの後、ラチェルと先生の間でどんなやりとりがあったのかを僕は知らない。よくある揶揄やゆだけど嫌な感じはなくって、先生が心配してくれていたのが伝わってきた。

 ラチェルも同じ気持ちらしく、はしゃいでいた顔に少しだけ罰の悪そうな表情が浮かぶ。


「先生、からかわないでよ。あたしは、コーヤ君に風樹様を見せようと思っただけ!」

「なるほど。恒夜さん、ラチェルにつきあってくださって感謝ですよ」

「いえ、僕も見たかったので」


 まだ混乱中の僕が何とかそれだけ返すと、先生の目元の笑いじわが深くなった。あれ、これは、見抜かれているのでは。


「ふふ、でしたら、驚かれたでしょうな。恒夜さん、そこからではよく見えますまい。こちらへ、どうぞ」

「あっそうだね。コーヤ君、上じゃなくて、下見て!」


 え、下って……根っこのこと?

 先生の差し伸べた手とラチェルの指差しに視線を誘導される。そこにあった光景に僕は再び固まった。ラチェルのはしゃぎっ振りも、先生の言動も、これならすとんとに落ちるわけで……。


「芽が、出てる」

「ねっ、すごいでしょ! この樹が大きくなったらグリフォンだって生まれるようになるんだから」


 得意げに胸を張るラチェルの後ろで、先生が微笑みながら頷いている。と、いうことは、この若芽がいつかはこんなに大きな樹になるってことだ。そっか、だからこの部屋には、屋根がないんだ。


「すごいね、楽しみだね」

「うん。だからね、あたしたちはここにいるよ。アズルと一緒に風樹様と里のみんなを守るって、――約束したんだから」


 誰と、と言及しなかった約束は、今は亡きグリフォン使いたちとのものだろう。眉をつりあげ唇を引き結んだ真剣な表情に、胸がぎゅっとなった。

 ラチェルにとって掛け替えのない存在がこの場所にあるなら、もっと生きやすい場所へ、なんて誘いに意味はない。そこに、彼女が大切にする希望や未来はないのだから。


「ラチェル、聞かせてくれてありがとう。もし、嫌じゃなかったら、僕も風樹様に触ってみていい?」

「コーヤ君は枝を折ったり葉っぱをむしったりしないと思うし、ちょっとだけなら……いいよね、先生」

「そんなことしないよ!」


 慌てて否定すれば、ラチェルは先生と顔を見合わせ笑った。どうやら揶揄からかわれたっぽい。

 改めて先生の許可を得て、白い枯死樹の側へ近づいてみる。手を伸ばし、そっと表面を撫でると、見た目通りに石膏せっこうのような質感だった。目を閉じて耳を澄ませば、青い空へ梢を伸ばし枝を広げる美しい大樹と、空を舞う金色のグリフォンたちの姿が見えてくるようだ。


 ――そうか、と、やっぱり、と。


 ラチェルや、里の子供たちだけではなかった。この若芽もみんなと同じく、かつての風樹に守られて、命をゆずられたのだ。





 過去を垣間見ている時の僕は、不思議な挙動をするらしい。我に返った時には椅子に座らされていて、ラチェルが心配そうに覗き込んでいた。

 そんなに時間は経っていないのだろうけど、ついさっきの記憶なのに曖昧あいまいだ。


「大丈夫? お水、持ってこようか」

「ごめん、平気。僕、ぼうっとしてた?」

「うん、それもそうだけど……」


 言葉を濁すラチェルの様子に、自分の視界が変だと気がつく。思わず頬を触れば、思った通り濡れていた。

 僕はまた無意識に泣いていたらしい……ちょっと恥ずかしい。


「お水は、大丈夫。ちょっとトランスしてただけなんだ」

「そう。でもコーヤ君、朝ごはんもまだでしょ? あたしも朝から連れ回しちゃったし、ごめんなさい」


 眉を下げて心配そうにするラチェルの隣に先生がやってきて、僕とラチェルに湯呑みを渡してくれた。懐かしい緑茶の香りが心をほぐしてくれて、僕は自分が結構張り詰めていたことを自覚する。


「これを飲んだら、朝食を食べてきなされ。若いと言っても無理は禁物ですぞ」

「はい、ありがとうございます」

「先生ってばお年寄りみたいなこと言わないで」


 お茶の湯気と香りは、場の緊張感も和らげてくれたみたいだ。先生の大人らしい気遣いに感謝しながら、僕は懐かしい香りを胸いっぱいに吸い込んで、温かなお茶に口をつけた。





 銀君は早朝から畑の水やりを手伝っていたらしく、連れ立って神殿から出てきた僕とラチェルに大きく手を振って、駆け寄ってきてくれた。先生みたいに揶揄からかったりはされなかったけど、彼も心配してたんだと思う。

 ラチェルと銀君には朝ごはんに行ってもらい、僕は一人で適当な日陰を探してスマートフォンを取り出す。

 ロックを解除し新着通知が来てないのを確認してから、エディターボードを開いた。父に仲直り出来たことも報告したいけど、見た記憶を忘れないうちに書き留めておきたくて。


 執筆を開始する前に文字化けの程度を確認しようと入力画面をスクロールしたところで、視線を感じた。顔を上げて見回せば、いつに間にか里の子供たちが集まっている。皆、興味津々といったふうに僕の挙動を観察していた。これもう執筆どころじゃない予感が。

 一人っ子な上に歳下の従兄弟いとこ再従兄弟はとこもいない僕は、小さな子との接し方がいまいちわからない。警戒されたくなくってとりあえず笑顔を向けてみれば、一番近くにいた女の子が話しかけてきた。


「ねぇ。こーやんちゃんも、オオカミさんなの? それとも、ねこちゃん?」



 

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