[2-9]風樹の里にて、空回る想い


 風樹の里には、先生と呼ばれている大人の司祭が一人と、二十人ほどの子供たちが暮らしているらしい。

 集落の中央と思われる場所には明かりのともった大きな白壁の建物があって、周りにテントが幾つも立ち並んでいる。暗くてよく見えないけれど、足元は黒っぽい土の地面でれき化はしていないみたいだ。


 出迎えに出てくれたラチェルの案内で、僕と銀君は建物に通された。内装からして神殿らしく、骨組みがしっかりしている。白い石壁には所々に傷があるけど、白い補修剤を塗りこんで手直しされていた。

 神々の手による破壊が及ばなかったのか、一度は壊れたけれど修復されたのか。……年配者と子供だけで大規模な建築はできないだろうから、何らかの要因で破壊はまぬがれたってことなんだろうな。


 住んでいる子供たちは五歳から十五歳までと年齢層が幅広い。歳上のお兄さんお姉さんたちが小さい子の面倒を見ながら、自給自足で何とか暮らしているらしい。

 おそらく皆、あの大崩壊で親や家族を亡くしながらも生き延びたんだろう。その境遇を思えば胸がぎゅうっと締めつけられるようだった。

 日没は午後六時くらい、今の時刻は午後七時だ。歳下組が夕ごはんを食べ終わり、寝る準備を始める時刻。ラチェルはここで一番の歳上らしく、小さい子たちを寝かしつけてから来ると言って、今はいない。


 ラチェルや子供たちが先生と呼ぶ司祭の人は、短い髪と髭が真っ白な、でも顔立ちからして六十代くらいの、温厚そうな男性だった。レスターと名乗った彼は僕らに椅子を勧めて、お茶っぽいものをれてくれた。

 陶器の器に注がれた透明感ある緑の液体。手に取ってみると、漂う湯気に懐かしい香りを感じた。これって、もしかしなくても。


「緑茶?」

「おぉ、お若いのに詳しいですな。これは、世界が終わる前に私が愛飲していた茶葉なのですよ。もう残り少ないですが……」

「そんな貴重なものを、ありがとうございます」

「いやいや、お茶は客人と飲んでこそ、ですからな」


 そう言ってくしゃりと微笑む姿に父方の祖父を思い出し、胸がいっぱいになった。彼も、身内を失って一人生き延びたんだろうか。疑問は次々に頭をもたげるけれど、聞く勇気はない。好奇心と気遣いの境目を、僕はまだきちんと理解できていない。


先生せんせ、やっぱり星クジラの件は僕のねーちゃだったみたいで、神授の施療院跡に痕跡が残ってました! 僕らは今から龍都へ向かうんですけど、その前に報告したいことがあって」


 僕が上手く応じられずにいるうちに、銀君が話を切り出してくれた。少しほっとしつつ、僕は懐かしい香りのお茶を口に含む。夜が深まり冷えゆく中で、緑茶の温かさは心を優しくほぐしてくれるようだった。


「それは良かった。龍都の周辺、七竜の領域はだいぶましだと聞きますし、きっとご無事でおられるでしょう」

「僕もそれを願ってます。それで、神授の施療院に立ち寄ったときにですね――」

「先生! 銀ちゃん! 夕飯は今からだよね!?」


 会話をさえぎる勢いで飛び込んできたのは、ラチェル。腕に大きなバスケットを抱えている。皆が言葉を止めて一斉に見たからか、彼女は入口の辺りで固まり、それから恥ずかしそうにバスケットで顔を隠した。


「ごめんなさい、大事な話の最中だったかな……」

「大丈夫ぅ大丈夫! ラチェもお腹すいたでしょ、ささ、こちらへどうぞ」


 銀君が素早く立ち上がり、部屋の隅から椅子をもう一脚持ってきた。おずおずと入ってくるラチェルをエスコートして座らせ、その手からバスケットを取って中を覗き込んでる。

 そうやってとっに動けるのがすごいって、銀君に出会ってから僕は感心してばかりだ。


「おぉ! おいもが入ってる! 収穫うまくいったんだね、おめでとう!」

「そうなの! 嵐が来たときも、みんなで一生懸命に畑を守ったんだよ。あっ……でも嵐は止めてもらえたんだけど」

「うんうん偉い偉い、みんな頑張った! お豆も順調みたいだし、ラチェは良くやってるよ!」

「えへへ、うん……あたしはみんなのお姉さんだもん」


 ここにも嵐が来るの、とか、嵐を止めるってどういうこと、とか気になるワードが多いけど、銀君は言及しなかった。僕に対してもそうだったけど、銀君は聞き上手だ。相手が言いたいこと、言ってもらいたいことを、常に知ろうとしている。

 コミュ障だなんて言い訳はしていられない。僕はこれから見知らぬ人を相手に情報を集め助力をもらって、神様候補を探して世界を修復しないといけないんだから……。銀君から学べること、しっかり学んでいかないと。


 一通り里の近況報告を聞いてから、一緒に夕ごはんを食べる。バスケットに入っていたのはでたサツマイモとで卵、トマトとサニーレタスのサラダで、麦はまだ収穫できてないという。

 卵があるのにびっくりしたけど、どういう経緯か里ではニワトリを数羽飼っているらしい。成長期の子供たちが多いのなら、タンパク源は必要だよね……。

 そうして慎ましやかな夕ごはんを終えたあと、銀君が改めて『神授の施療院』が修復されたことを報告した。ここでも詳しい経緯はざっくり省いて、僕がそういうスキルを持っているという話だけに留めてくれている。


「……ってわけなので、今後も真水の供給、水回り設備の利用は可能そうです。備蓄品には限りがあるし、病院施設として機能させるには建物を再建しないとなので、すぐには無理そうですけど」

「なるほど、確かに衛生環境を考えれば、魅力的な話ではありますが……な」


 話を聞いたレスター氏の反応は微妙な感じだ。確かに周辺には猛獣もいるし、ここには小さな子たちもいるから、即座に移住とはいかないだろうけど、長い目で見れば水回りの設備が整っている場所を開拓していくほうがいいんじゃないのかな。

 話を聞きながらあれこれ考えていた流れでつい、思っていたことを口に出していた。


「移住は大変でしょうけど、グリフォンがいるなら安全も確保できると思いますし――」


 ガタンッ、と大きな音に遮られ、驚いて肩が跳ねた。思わず見れば、椅子を倒してラチェルが立ち上がっている。細い眉と大きな目がつり上がって、ひどく怒っているような……今にも泣き出しそうな。

 あ――と、息が詰まる。何が彼女を傷つけたのか、でも僕が失言をしたのは間違いなかった。フォローの言葉を発する隙もなく。


「よそ者に何がわかるって言うの!? あたしたちは、移住なんかしない!」


 悲痛な反駁はんばくが、狭い室内に響き渡った。

 



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