[2-8]乗れない僕と、魔獣使いの少女


 結論からいえば、やっぱり無理でした……まぁ当然だよね。


 なめらかな毛皮は僕の握力じゃうまくつかめず、伏せても結構高さがあって飛び乗れない。翼を掴ませてもらって尻尾で押し上げてもらい、なんとか背中に乗ったものの、背筋はいきん脆弱ぜいじゃくな僕は長時間姿勢を維持できなくて、歩く振動に負けて滑り落ちてしまう。

 見かねた銀君が自分のウエストポーチを首に掛けて、ベルト部分を掴めるようにしてくれた。僕は落ちても怪我はしない体質だし、この辺りは地面がれきなのでそんなに痛くないのは良かった。


 何度か試してみて、飛んでる間なら比較的安定するってわかったので、練習も兼ねて『銀君に乗って飛ぶ』と『二人で地面を歩く』をおりまぜつつ目的地へ向かうことにする。

 半日も乗って落ちてを繰り返していれば、こんな僕でもだいぶ乗れるようになってくるんだから慣れってすごい。


 そうして、銀君の想定よりはゆっくりペースだったけど順調に行程を進み、日暮れの時刻に差し掛かる頃合いに。

 地平線へ沈みゆく太陽を背景にして浮かび上がる、集落らしきシルエットが見えてきたのだった。





 銀君は僕に配慮してくれて低空飛行だったので、すごく目立つことはないはずだけど、人里が見えてきた時点で彼は人の姿になり、残りは徒歩で行くことになった。子供たちが多い里なので、不必要に驚かせないためだという。

 これは僕の予想なんだけど、この世界にはプレイキャラPCだけでなく、いわゆる背景キャラも個性パーソナルを持って存在しているんじゃないかな。たぶん神授の施療院の病院長はPCで、息子たちは背景キャラだったんじゃないかと思う。風樹の里に住んでいるという子供たちもそうじゃないかなと。

 なぜかというと、オンラインゲームをするユーザーで特殊な背景や設定を持たないキャラを作る人はほとんどいない、と思うから。


 小説やゲームのストーリーを作る上で、操作できるプレイアブルキャラではないけど役割を持ついわゆるNPCや、世界観やメインキャラに深みを与える背景キャラの存在は欠かせない。CWFけいふぁんにも当然、酒場やショップの店主とか中央聖堂の神官とかのようなNPCや、各キャラの設定上でだけ言及される背景キャラがたくさん存在してた。

 クォームが言ってた『おのずと世界は成長し、存在を確立してゆく』っていうのは、メインキャラもNPCも背景キャラも区別なく、同等の存在……一個人パーソナルになるってことなのかもしれない。

 今さらなのだけど改めて僕は、ここがもはや『ゲームの世界』ではない認識と、世界を修復するという責任の重大さを胸に刻み込んだ。


「銀君、もしも僕が里の子供たちに失礼な言動を働いたら、遠慮なく叱ってね?」

「突然どしたの!? 大丈夫だって、こーやんはちゃんとしてるよー!」


 動画や写真で見た砂漠に沈む夕陽は強い朱色のイメージがあったけど、砂が白いせいか、地面に落ちかかる残照は薄紫とオレンジが入り混じる不思議なグラデーションだ。隣を歩く銀君の表情はだいぶ見わけにくくなってきたけど、夕陽を飲み込む真紅の目は光を放つように輝いている。魔狼の血を引く彼は、暗闇で目が光るタイプなのかな。

 すっかり日が落ちるまでに到着できるか心配だったけど、それは思わぬ形で払拭ふっしょくされた。僕らがたどり着くよりも早く、集落から大きな影がひとつ夕染めの空へ舞い上がり、こっちへ向かってすごい勢いで飛んできたからだ。


 光量の落ちた黄昏たそがれの時間、ものの形を見分けるのも難しい。銀竜の眷属けんぞくとやらで人外化している僕だけど、鳥のような視力や動物のような夜目は備わっていないみたいだ。残念。なんてことを考えている間にその影はぐんぐん近づいてくる。

 銀君が立ち止まり、空に向かって手を振った。左右に大きく広がった翼、そのわりに胴体部分は大きく、絶対に鳥のシルエットじゃない。待って、あの姿、もしかして――。


「ラチェ、アズル! 僕だよー! 友達も一緒だよ!」


 銀君が大声で飛びかけた、と同時。真上に到達した影が風を巻かせて僕らの目の前に降りてきた。

 金と茶が入り混じるたくましい姿、鷲の翼と頭部、ライオンの胴体を持つ幻想のいきもの。これは、この魔獣は。


「グリフォン!」


 と、その背中に誰か乗ってる。すごい、もしかして魔獣使いってやつ!?

 くらも乗せていないグリフォンの背中に姿勢よく騎乗し、こんのポニーテールを風に揺らして僕らを見下ろしているのは、僕より歳下に見える女の子だった。

 手には小型のクロスボウ。巻き上げ式になっていて、少ない力でも強力な一撃を繰り出せる小型弓……だっけ?


「そそ、グリフォンのアズルと、ラチェルだよ。ラチェ、こいつはこう! 僕の友人なんだ」

「銀ちゃんの友達なら大丈夫だね。ふたり、今夜は泊まってくの?」

「うん、そっちは大丈夫かな? 食べるものは持ってるから、何もお構いなく屋根だけ貸してもらえればいいんだけど」

「えー一緒にごはんしようよ! あたし、先生に伝えてくるから」


 口を挟むタイミングがわからずぼうっと眺めるだけの僕の前で、あっという間に今夜の予定が決まってく。

 ラチェルという名前の女の子は銀君と親しいんだろう、嬉しそうに声を弾ませて手綱を引いた。大きな翼が空を叩き、砂混じりの風が逆巻いて僕と銀君の髪や服をはためかせる。

 グリフォンってあんなに大きいのに、助走なしで飛び立てるんだ……。


「こーやん、ほらしっかりしなよ。すっかり暗くなる前に里に入らないと」


 バシバシと軽く背中を叩かれて、「んあ」みたいな変な声が出た。自分の声を自分で聞いて、はっと我に返る。


「ごめん銀君! グリフォン、格好良すぎて!」

「わかる、格好いいよね! あの子たちは里に住んでるから、明日じっくり見せてもらうといいよ!」


 語彙ごい喪失そうしつってこういうことか。今さら心臓がどきどきしてきた。

 ゲームや小説では危険なモンスターとして出てくることが多いグリフォンを、まさか手懐けて乗りこなしてるなんて。あの子、いったい何者なのかな。


 せっかく銀君が紹介してくれたのに自己紹介もまともにできなかった自分を反省しつつも、浮つく心は抑えきれなかった。


 


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