[2-7]星光の魔法、終焉をこえて


 しまった、こんな時間にやるんじゃなかった。思わず左手を画面にかぶせたけど、僕の手まで一緒に光りだして意味がなかった。

 とはいえ網膜をかれるような眩しさではなく、夜闇を照らして溶け入る控えめな光。前にも思ったのだけど、この淡く優しい銀の光は星のイメージに近い気がする。

 頭上で銀君がうにゃうにゃと寝言を漏らした。どきりとして身構えても起きる様子はなかったので、ほっとする。

 淡く光るホーム画面には『更新しました』の文字。本当に小説サイトみたいだ。


 かぶっていた毛布をそっと下げて辺りの様子をうかがってみたけど、外見上の大きな変化や物音は何もなかった。僕の予想では、今ので修復できたのは施設の機能面(のおそらく一部)なのだと思う。今起き出したら銀君の安眠を妨害してしまうので、朝になったらじっくり見て回ろう。

 そう思ったら安心して気が抜けた。ついでに、脳の疲労感と睡魔も一気に襲ってくる。

 睡眠は必要ないはずなのに、僕って寝坊助なのかな。朝方の四時頃は一番眠気が強くなる時刻だって聞くし、身体は人外でも精神面がまだそのタフさについていけないのかも。

 もう少し起きていて執筆機能のヘルプを読み込もうと思っていたけど、無理だった。銀君の体温と呼吸につられるようにして、僕はそのまま寝落ち、今度は朝までしっかり熟睡したのだった。




 ごぼごぼ、ごぼごぼと、どこかから音が聞こえる。寝ぼけた意識でぼんやり聞いていたけど、はっと気づいて飛び起きた。時刻は朝の六時過ぎ、隣に銀君はいない。

 毛布を退けたら肌寒さに身震いしたので、近くに畳んでおいたパーカーを急ぎ羽織る。スニーカーをきシャワー室へ行ってみれば、思った通り銀君がいた。


「おはよう、銀君」

「こーやんおはよ! 見て見て、操作盤が直ってるよ」


 興奮気味に真紅の目を輝かせて、銀君がパネルを指差す。日本の給湯器メーカーによくあるような操作パネルには、デジタルの文字が浮かんでいた。

 電力の供給は修復できてないと思うんだけど、これどうなっているんだろう。


「どうかな、動くのかな?」

「こーやんが直したんじゃないの? 昨日言ってたように採水装置とシャワー機能が使えるようになってるよ?」

「本当に!? やった!」


 銀君がパネルを操作すると、あのごぼごぼという音がして、浴槽の上に設置された蛇口から水が噴き出した。こんな状態になっても水脈が枯れていないという事実と、本当に執筆で修復ができるという証明に、じわじわと心が熱くなっていく。

 少しずつ、確実に溜まってゆく真水は、どこかで濾過ろかされているのか元々そうなのか、透明で綺麗だった。じっと視線を注いでいた銀君が、ふいに顔をあげて僕を見る。


「それで、どうしよっか? ここは管理者不在状態だし、放置はもったいないけど、こーやんはここに住むわけにもいかないんだよね」

「うん。僕は、龍都へ行かないと」


 砂漠にいた真水の井戸と考えれば、ここを放置するのはあまりに惜しい。だからと言って、建物や設備を建て直す技術も時間も僕にはなかった。

 執筆機能で修復できるのは、中身……システム面での『壊れ』だけらしい。クォームは、土台を壊すと修復不能になると言っていたので、物理的に破壊されたものを直すことはできないんだと思われる。

 逆に考えれば、建物さえ再建できれば執筆スキルによって施設に見合う機能を付与できるのかもしれない。ここはまだ、検証が必要そうだ。

 僕がエディターボードの修復範囲についてあれこれ考えている間、銀君も黙って何かを考えていたようだった。しばらく二人で無言のまま溜まってゆく水を眺めていたけど、浴槽が一杯になって水が止まると、銀君が僕を振り向いて真剣な表情で言った。


「龍都へ行く前に、寄り道してもいい? ここから少し行った所に『風樹の里』ってコミュニティーがあるんだ。そこの先生に、ここのこと伝えようと思って」

「コミュニティー……人里? うん、もちろん! 有効活用してもらうのが一番だもの」

「良かった! そうと決まれば早速出発、って言いたいとこだけど、せっかく直したんだしシャワー浴びてからいこうぜ!」


 さっきまでの真剣な表情から一転し、めちゃくちゃ嬉しそうに言う銀君の提案に、異議などあるはずなかった。

 二人で交代にシャワー室を使い、ついでに着ていた服も洗濯させてもらう。備蓄品の中から入院服みたいな着替えを借りて、洗った服は銀君が外に干してくれた。

 早朝とはいえ砂漠の日差しと空気は水分をあっという間にさらってく。乾くのを待つ間に朝食を済ませ、空き箱や空の容器を処分して、出発の準備が整った頃にはもう九時前になっていた。

 こんな時間から既に激おこ灼熱ファイアーの太陽が目に痛い。地下と比べて眩しすぎる地上は、改めて見ても荒漠としていて地平線までひたすら白かった。


「大陸の中央部は特に破壊がひどくってね。神様の影響が強いほど粛正しゅくせいの規模も容赦なかった……って聞いてる。七竜のひとたちが治めてた地域は、ずいぶんましらしいけど」

「そうなんだ。僕は歩くのは平気だけど、この暑さだと銀君がきつくない?」


 しみじみと語る銀君にしみじみと応じれば、彼は驚いたように僕を振り向き見た。


「こーやん、まさか歩くの!?」

「え、歩かないの?」


 そんな返しがくると思わずおうむ返しをしてしまう。銀君は僕をじっと見て、何やら得意げに、にへらっと笑った。


「へへ、僕さ、魔狼の格好だと飛べるからさ、乗せてあげるよ。鳥みたいなスピードは出ないけど、歩くよりずっと早いって」

「えっすごい! あ、でも……」


 思いがけない浪漫ろまんあふれる手段に一瞬心が浮ついたものの、僕はすぐ現実に立ち返ってうなれた。

 ここでの僕は守備力特化なチートをさずけられているだけで、体力や運動能力はどれも現実と変わらない。乗馬クラブや部活動などで触れ合わない限り、一般的な高校生が馬に乗る機会は滅多にない。インドア趣味の運動おんならなおさらで。


 こんな僕が、くらもなしで狼の背中に乗るなんてできると思う?

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る