[2-4]星クジラの手掛かり、伝言板の記憶


 CWFけいふぁんは交流と戦争が売りだったこともあり、世界設定はシンプルだった。かつて神々(天使族の上位種)と七竜(ネームド神竜族)は創世神が造った箱庭世界のけんを巡って争い、神々が勝利を収めたという。

 七竜のひとたちは敗退したものの滅びたわけではなく、野心を抱いて潜伏する者、争いに疲れ眠りについた者、人に混じって暮らしている者、と様々だったらしい。

 神々が治めていた頃の世界では神様うんえいによって国王が任命され、革命や戦争で国が落ちれば王座は空席になり、勝利側の人が権利を得るというシステムだった。僕は国政と無縁で生きていたので、聞いた話だけど。


 以前の僕が住んでいた「碧天へきてんの龍都」は、七竜のひとりであるあさ様が治めていた。

 それが神様うんえい公認だったのか自称に過ぎなかったのか今となっては知りようもないけど、あの白焔を押し留めて龍都が滅びを免れたことからすれば、その設定ロールプレイには実際の力が伴ったってことなんだろう。

 神竜族の王様であれば神様候補としてふさわしいと思うし、お城にはあの子が――イーシィが保護されているはず。クォームが無事だと言ってたから、龍都に辿り着けば会えるだろう。でもそんな話、銀君の沈んだ表情を見てしまったら言い出せない。


「銀君もお姉さんを捜すんでしょ? 大丈夫、行き方だけ教えてくれれば自力で頑張る」

「あっそれは大丈夫! ここで手掛かり見つけられなかったら行こうと思ってたんよ。ここから龍都の方角へクジラが飛んでったって噂を聞いたから」


 銀君のお姉さんは星クジラを飼ってたのかな、うらやましい。

 CWFけいふぁんでは自宅を持つとペットが飼えて、一番大きくて戦闘力も高い(お値段ももちろん最高)のが星クジラだった気がする。探索にも商売にも興味なかった僕は貧乏な家主でペットは飼えなかったけど、空飛ぶクジラはいいなって思ってた。


「クジラって、星クジラ?」

「そう! ねーちゃみたいに白くて綺麗なでっかいクジラだから、遠くからでもよく見えるんだよね」


 そんなに大きいなんて、お姉さんは白い魔狼なんだろうか。最初に傷つかない体質っぽいことも言ってたし、そういう設定なら今も無事でいる可能性は高そうだ。銀君も同じように思ったんだろう、自慢げに話す表情から悲しげな影は消えていて、少し安心する。   

 元々向かう予定だったなら一緒に行こうかな。噂を聞いたってことは、他に生き延びた町とか国も知ってそうだし。


「銀君のお姉さんってそんなに大きいの?」


 やっぱり気になるので聞いてみたら、銀君は目を丸くして、それから顔の前で両手をぶんぶんと振って言った。


「えーっ、違うよ白くて綺麗ってところだよ! 姉ちゃは小さいよ」

「そうなの!? 大きくて白い狼なのかと」

しろねぇは魔女なんだよ。白狼の使い魔ならいたけど」

「へぇすごい! まん!」


 銀君のお姉さん、真白さんっていうのか。どこかで聞いた名前のような気もするけど、思い出せない。でも得意げに話す銀君を見ていればだんだん楽しくなってきて、僕たちはそれからしばらくペットの話題で盛り上がった。

 話しながら、胸の奥がきゅうと痛む。


 元々どんな設定でもなりきってしまえば、という世界観だったので、他のゲームで見ないような設定の住人がたくさんいた。想像力の幅や深さを感じられて、楽しくて、だから僕はこの世界にどっぷり浸かるのが心地よかったんだと思う。

 クォームの言うように重たくて生々しい感情が渦巻いていたのだとしても、僕が出会った人たちはみな優しくて繊細で、大好きだった。交流があった人たちも、関わったことのない見知らぬ誰かも、あの終焉しゅうえんを超えてどこかで生き延びていてほしい。


 約束を果たし、世界を修復する。

 頑張ろう、と思う。


「やっぱり、銀君に案内してもらってもいい?」

「もちろんだよ。野生動物に襲われないように守ってあげるよ」


 決意はあれど、僕は弱い。彼の言葉がすごく心強かった。涙目になる僕を銀君が、またよしよしと撫でる。扱いが歳下か新人のようなのはせないけど……。

 とりあえずの方針は決まったので気を取り直し、施設に関係ありそうな情報を探すことにした。シャワー室を出て倉庫の中へ。

 ダンボール箱だけでなくプラスチックのコンテナも積んであって、荒らされた形跡はなかったけど、空になって折り畳まれた箱がいくつも重なっていた。少なくともしばらくの間はここで、人が生活していたんだろう。


 箱の中身は開けるまでもなく、ラベルに書かれている。CWFけいふぁんの文字は日本語だ。現実離れした光景の中に漢字とかなの文章が印字されているのは奇妙な感覚だけど、国産ゲームだからなのかな。

 ごく一般的な緊急時用の備蓄品。空になった箱は、水や食料のほかに医薬品のものが多かった。ここで暮らしていた誰かは、怪我か病気をしていたのかもしれない。無事に回復して助けられたと願いたい。


「こーやん、伝言板があるよ」


 物思いにふけっていた意識が銀君の言葉で呼び戻された。倉庫の扉、鍵の辺りを彼は操作している。急いでそちらに行けば、銀君は場所を空けて自分がいじっていた装置を指差した。


「試してみたけど、ロックが掛かっててパスワードなしじゃ読めないね。居住者じゃないし、読むべきでもないんだろうけど」

「うん。でも、重要な手掛かりがあるかもしれないし」


 伝言板メッセージボックスは建物の居住者専用の機能だ。本来なら他人が読めるものではなく、読むべきでもない。頭でわかっていながらも、僕の手は吸い寄せられるように操作盤へ伸びていた。

 パスワード用のキーボードに指先が触れた、瞬間。まるで魔法のように、銀竜から渡されたあの銀光が弾けた気がした。


 見知らぬ光景が、人物が、映画の予告編のように映像となって、僕の中へ流れ込んでくる。

 それは、この病院施設そのものが見てきただった。




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