[2-3]地下室探索、きみとの距離感


 通話が切れてノイズもやめば、改めてこの場所の静けさが胸にみる。

 身体をけたし痛みもおさまって元気が出てきた僕は、エディターボードを開いて読み取れる文字列がないか確認することにした。


 思った通りここは中央聖堂エリアの一角で、この場所は病院だったと思われる。病院は国営施設なのだけど、国家に所属していない人が利用できるようにとこのエリアにも置かれていたらしい。

 施設管理人、つまり院長の名前は読み取れなかった。その意味を思えば暗澹あんたんとした気分になるけど、考えたってどうしようもない。今はここを修復することに集中しないと。


「こーやん、難しい顔してるけど大丈夫ー?」


 明るい声が奥から飛んできて、思わず顔を上げる。銀郎君が戻ってきたようだ。


「銀郎君、ここやっぱり病院だったみたい。もう少し詳しくわかれば、水み装置とシャワー室を直せるかも」

「ホントに? すごいね! でもまずはお水飲みなよ」


 そう言う彼に手渡されたのは、パウチ容器に入った保存飲料水。こんな貴重品、僕がもらって飲むわけにはいかない。


「僕は汲み置きされた水でいいよ、案内してくれる?」

「そう? 無理すんなよ? 装置はこっちだね」


 地下シェルターは思った以上に広かったけど、ゲームにありそうな部屋が細かに仕切られた造りではなく、居住空間の端っこに倉庫と水回りが設置された施設だった。

 居住空間は公民館の和室ほどの広さがあって、階段の辺りに地上から真っ白い砂が侵入している。倉庫の隣には小部屋、覗いてみれば洗面台らしきものとトイレと、シャワー室だった。ビジネスホテルのユニットバスを思い出す。

 浴槽には水が溜まっていたけど、そんなに多くない。これはこれで貴重に思えて使うのを躊躇ためらう。いや、顔や身体を拭くのにもうがっつり使っちゃったけど……。


「な、浴槽の水を飲むのもちょっと……だし、保存水これ飲んじゃいなよ」

「でも、僕は」

「飲まなくても死なないからって、我慢するのが辛くないわけじゃないんだろ」


 さらっと言われて、僕は言葉を飲み込んだ。この狭さだし、銀郎君は耳が長いし、そりゃ離れていても聞こえるよね。

 結局遠慮を押し通すことはできず、保存水パックの封を切ってどきどきしながら口をつける。クォームは飲食しても故障しないって言ってたけど、怪我をしない身でも噛まれればあんなに痛かったんだから、油断できない。

 少し吸い出して口に含めば、ただそれだけでも乾き切った内側が潤っていく気がした。慎重にえんを試してみる。冷たいものを飲んだ時の喉から胃に落ちる感覚はなく、代わりに喉から胸にかけてじんわり浸透していく奇妙な感覚がした。


「……おいしい」

「おー、飲めてよかったね!」


 慣れない感覚だけど、痛いとか苦しいとか内側から溶ける、なんてことはなかった。味なんてないはずの冷えた真水を甘く感じるのは錯覚だろうけど、たぶん味覚は失われていないと思う。

 我が事のように喜ぶ銀郎君の優しさにまた泣きそうになりながら、パックの水をゆっくり飲み干していく。水は貴重品、だけど、我慢するのはやっぱり辛かったみたいだ。

 今の僕は少しの水でも渇きをいやせるみたい。飲まなくても死なないってことは、空腹や渇きは気持ちの問題なのかな。そう思えば少し気が楽になった。貴重な水をいただいてしまったけど、ここを無事修復できれば埋め合わせにもなるはず。


「ありがとう、銀郎君。すごく、楽になった」

「あぁー僕、そんなお行儀のいいタイプじゃないし、同い歳だし、ぎんろでいいって」

「え、ギンロ君?」

「ちょっと待ってそれはないよ! が外せないんなら、せめて銀君で」


 命の恩人に両手を合わせて拝まれてしまい、僕は焦る。同い歳といっても彼のほうが背は高いししっかりしてるし、そもそもコミュ障の僕に呼び捨てはハードルが高い。


「う、それじゃ、銀君で」

「銀ちゃでもいいぜ」

「銀君で」

「はいはーい」


 お互いにちょっとずつ妥協し合って、互いの距離感を確定した。いろいろと聞こえちゃってるだろうに何もいてこないのは、彼の気遣いだ。

 明るくて遠慮がないように見せかけながら、僕が嫌がっていないかと慎重に距離を測ってくれている……きっとすごく繊細で優しい子なんだと思う。

 話していいかわからないことは棚上げで、いま話せることから伝えていこう。僕がこちら側に来たのはあの子との約束を果たし、神様候補をさがすため。それにはまず、僕とあの子が住んでいた『碧天へきてんの龍都』へ向かわねばならない。銀君なら行き方を知ってるだろうか。


「銀君、実は僕、行きたい所があるんだけど、方向が分からなくって困ってるんだ」

「そうなの? こーやんは新人さん? 僕、昔は新人サポート係やってたから任せてよ」


 なぜ見知らぬ相手にこうもてらいなく親切にできるんだろう。まぶしさとうらやましさが湧きあがりかけたところで、ふと気づいた。

 中央聖堂エリアをさまよっていた僕は、世界の変化に戸惑う新人キャラに見えたのかもしれない。実際、大泣きしちゃって慰められたわけだし……。銀君は元から親切な子なんだろうけど、輪をかけて放って置けない気分にさせちゃったのかも。

 うう、情けない。これでも、CWFけいふぁんには一年半もどっぷりハマってたっていうのに。優しい彼にこれ以上心配をかけないためにも、しっかりしないと。僕は、この世界に希望をひらくって使命を託されているのだから。


「ううん、新人じゃないよ。元々は『碧天へきてんの龍都』に住んでたんだけど、あの崩壊の日に家族とはぐれちゃって」


 ちゃんと話そうと思ったのに、いざ言葉にすると説明がつたなすぎて申し訳なくなる。銀君は目を大きく見開いて僕の話を聞いた後、曖昧あいまいな表情で笑った。


「こーやんも、そうなんだ。実は僕もさ、あの崩壊で行方不明になっちゃったねーちゃを捜してるところで。ここに来たのもちょっと噂を聞いたからでね。碧天の龍都なら行ったことあるよ、案内しようか?」


 それは、会ってからずっと快活だった彼がはじめて見せた、悲しげな表情だった。期待以上の答えをもらえたけど、それ以上に心が痛む。

 銀君がここを訪れたのは、行方不明の家族を捜すため……だったんだね。

 




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