[2-2]ごはんの悩み、本命の使命


 同い歳とは思えないくらい、銀郎君はこまやかな気遣いができる子だ。持ってくるねと言い残して奥へ行ったのは、僕の深刻そうな顔を見て席を外してくれたんだと思う。

 通信が悪いのか、近くにいなくて気づかないのか、返事はなかなかこない。何度か呼びかけているうちに、ざざっと一際ひときわ大きなノイズが入った。


[やったぜオレ様天才だな! ん? 恒夜コウヤ、どーした?]

「リアルタイム通信のつながりが悪いのはストレスになるので、チャットアプリの実装を要望します。それでクォームさん、僕、喉が渇いて」

[くふふ、おまえ相当泣いてたもんなー]


 何だろう、映像なんて全く見えないし付き合いだって浅いのに、三日月みたいな口元で僕を嘲笑あざわらってる美人の顔が目に浮かぶ。

 上位存在が矮小わいしょうな人間に興味関心を抱くと、こんな感じになるんだろうか。彼が悪魔かどうかは別としても、弱きものを慈悲深く見守る系ではなさそうだ。

 それでも嫌な感じはしないのが不思議だけど。クォームの場合、真性の悪魔というよりあく的なだけに思える。何だかんだで親切にされているのも確かなので、ここは遠慮せず抗議することにした。


「からかわないで、ください、っ。クォームさん、僕は飲食不要だって言ってたじゃないですか」

[それはそうだ。でも別に、食べたから故障するってわけでもねーし大丈夫だぜ]


 あっさりした答えに肩の力が抜けた。故障は人間に使う言葉では……いや、スポーツ選手とか普通に使うか。ともかく、朗報だ。


「飲み食いしても消化できない、消化器官が活動しないって解釈したんですけど」

[オレ様は生身経験ねーから消化とかはわかんないけど、胃袋じゃなくて魔力のが食ったものを魔法力MPに変換するって感じだな。だから食いもんじゃなくても食えるし、魔法力MP変換率のいい物質モノを食えば髪が伸びる。ちなみに真水のMPカロリーはゼロだってさ]

「え、成長しないんじゃなかったですっけ」

[おまえおぼえいいよな。成長じゃなく、魔力貯蔵っつーの?]


 体力HPは変化しないけど、魔法力MPは無限に増やせるってこと? 何を食べてもMP回復するなら、魔法を覚えれば使い放題なのでは。


「えぇぇ……それならもう、魔法習得しようかな」


 さっきのようになすすべなくいたぶられるのはもう嫌だ。わりと真剣だったのに、画面の向こうからはあわれむようなため息が聞こえた。


[成長しねーのに習得なんてできるかよ。記憶はともかく、技術は身につかねーぜ」

「嘘ぅ!? じゃあ僕ずっとレベル1のままってこと?」

[だから呪いだって言ってんじゃねーか……]


 今度は呆れたようにため息をつかれ、僕はちょっとだけ落ち込んだ。

 それって魔法や各種スキルが習得できないだけでなく、筋力も体力も鍛えられないってことだよね。基礎体力作りすらさぼっていた過去の自分を呪いたいけど、どの道もう遅い。


「……まぁいいや。水が飲めるだけでも」

[そーそ、飲み食いしてもしなくてもいいって気楽だぜ! それに、溜めた魔力の使いみちもあるからな。むしろそっちが本命だから、宝石とか天然石とか骨とか魔石とかあれば積極的に食っとけ]

「そんなもの食べたくないけど、用途の話は聞きたいです」


 投げやりな気分で言い返したけど、現実を見れば水や食料は貴重品。食べなくていい僕が消費するのは良くないかも。

 この猛烈な渇きがえたら、ごはんの代わりに石を食べる練習でもしようかな。


[冗談だって、間に受けんなよ。で、本命の話だけど……下の方にボタン、があるだろ。そこ開いてみ?]

「エディターボード? あれ、これ、見たことがある」


 ように羽ペンという古風なアイコンを見たのはCWFけいふぁんではないはず。首をひねりながらアイコンをタップすれば、すっと画面が切り替わった。あまりに自然な挙動だったけど表示された画面は不自然極まりないもので、僕は言葉を失いまた固まる羽目になった。


ひらけたか? それ、おまえがよく使ってた執筆画面を参考にしてるから使い易いだろ?]

「そうなの!? 何でCWFけいふぁんの中にWeb小説サイトが入ってるのかと思ったですよ!」


 エピソードタイトルと本文をテキストで打ち込む、小説サイトならお馴染みの執筆エディター。僕が気に入って使っていたサイトには文章修飾用のツールボックスがあって、独自タグで文字を修飾したり、画像やリンクを差し込むこともできた。

 その、使い慣れた執筆画面とほぼ同じものがなぜかCWFけいふぁんに実装されている……ってことなんだけど。


本当ホントは特殊言語でする必要があるんだけどさ、そこに『日本語』で記述すれば変換されるようにした。今は、文字があちこちはずだ]

「壊れて……ああ、確かに化けてます」


 クォームの発音は時々怪しかったり間違っているので、隣に詳しい誰かがいるのかも。言われるままに画面をスクロールすれば、タイトル欄に書かれたエリア名と番地はかろうじて読めるものの、本文は文字化けがひどすぎてほとんど読めなかった。


[壊れた記述は破棄していいからさ、そこに新たな『設定』を書き込んで『反映』すれば修復が始まる……んだよな。試しにやってみてくれるか?]

「これは文章丸ごと削除……でいいんですよね。書き込む設定は、何でもいいんですか?」

[あまりに大きな改変はエラーになる、ってさ。土台ベースを壊すと修復不能になっちまうから、土台ベースを生かした設定に書きえないと]

「わかりました。じゃあまず、ここが元はどんな建物だったか調べて、やってみます」


 さっき銀郎君が、ここは研究所か病院だったと言ってた。彼が戻ってきたら水を一杯もらって、それから奥のほう、水汲み場やシャワー室を見せてもらおう。

 しかし、もしかしてこれは途方もない作業なのでは。僕の最優先はあの子がいるはずの龍都へ向かうことなのに、修復の優先度も考えなくてはいけなくて、いったいどこから手をつければいいのかな……。


[そろそろ干渉の限界っぽいから、一旦切るぜ。アプリだっけ、それも相談してみるな!]


 ぼうっと考え込んでいるうちにクォームとの通信が切れて、僕は返事をし損ねてしまった。聞いてないようでちゃんと要望を聞いてくれているところが、憎めないよね……。




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