[1-8]不変のチート、世界を渡る魔法


 案の定、というか。悪魔が神様を名乗るなんて、大胆不敵もいいところじゃないか。

 あ、でも日本的には、悪魔も神様の範疇はんちゅうかもしれない。たたり神もいるし、西洋だと悪役にされがちなドラゴンや蛇が、龍神や神使としてまつられるくらいだし。


「そうそう、オレ様そのドラゴン様ってわけ」

「えっ、龍神様!?」

「あー……ちょっと違う、けどまぁいいや。とっても偉い神様みたいな悪魔」

「はぁ」


 転生系ライトノベルの神様や女神様も突っ込み所が多い個性キャラをしているけど、綺麗な顔して話がひどいところとか一緒かも。

 やっぱり異世界ファンタジーの作者には、異世界行きの経験者が一定数いるのかな。


「そんな顔するなって。呪いっつっても別に、百日後に死ぬとか見た目が骸骨ガイコツになるとか喋れなくなるとか、そういうんじゃねーから。カテゴリ的には呪いだけど、そっちの言い方だとチート……みたいなものだから」


 いろいろ問い質したいけど、そんな綺麗に微笑まれたら何も言えなくなる。ずるい。

 不満を隠さず押し黙っていれば、クォームは手に持っていた僕のスマートフォンを胸の高さに持ってきて、小声で何か聞き取れない言葉を囁き始めた。歌うような、語りかけるような、……もしかして魔法の詠唱?

 不満はあっても好奇心には勝てない。かたを呑んで見守る僕の前で、なんの変哲へんてつもないはずのスマートフォンが不思議な光を帯びてゆく。クォームが顔を上げて僕を見、にぃと笑って手招きした。


「来いよ。超有名な銀竜様から超ありがたい御加護ごかごを授けてやるぜ」

「クォームなんて名前、どの神話でも見たことない。その御加護だって、どうせ呪いなんでしょ?」

「まぁな! オレ様、かの有名無名な影の司竜しはいしゃだし!」


 言ってる意味がわからないし、高めのテンションにもついて行けないけど、たぶん怖い悪魔ではないんだろう。素直に側へいけば、彼は光るスマートフォンを僕に差し出した。こわごわ受け取ったその瞬間、銀色の光が弾け、僕の中に吸い込まれて消えていく。

 痛くもかゆくも、熱くもまぶしくもなかった。手のひらに収まったスマートフォンはいつもと同じに戻っている。戸惑う気分でロックを解除しようと傾け、違和感に気づいた。スリープ状態の暗い画面に映る僕の顔が、毎朝鏡で見ているものじゃなくなっている。


「なに、この髪色……白?」

「んーにゃ、銀。おまえにオレ様の権限を委譲したんだけど、魔力は髪に宿るから、うん」

「すごい伸びてますけど」

「おまえ何でか馴染みがいいんだよ。想定より多めに入ったんじゃね?」

「疑問系やめてくれます……?」


 実は、ツノとか悪魔羽が生えるのを想像していたので、少し拍子抜けした。長い髪が首にまとわりついて鬱陶うっとうしいけど、これなら日常生活への支障もなさそうだ。

 それで、何だっけ。不変の呪いチート、ってクォームは言ってたような。


ていに言えば人外化、不老不死ってやつだな。歳をとらない、怪我しない、病気にならない、死なない」

「破格のチートじゃないですか。なのに、呪いって」

「要するに、生身でありながら生身の恩恵にあずかれないってことさ。飲食不要、睡眠不要。傷つかないが、痛いものは痛い」

「つまり、耐久特化の攻撃力ゼロ……?」

「使う気あるなら剣も授けてやるぜ?」


 楽しげに言われたのでちょっと想像してみたけど、勝手に戦ってくれる魔剣とかそういう系じゃなければまともに振るえるはずがない。

 使えない武器を持ち歩くのは事故につながる。走るのは不得意で足は遅いし運動神経も鈍いけど、それでも僕の場合は逃げることだけに専念したほうがよさそうだ。


「いいです。それで、僕は向こうで何をすれば?」

「神様さがしをするんだよ」

「え、神様? そもそも世界を終わらせようとしたのが神様うんえい、ですよね」


 クォームは相変わらず楽しそうな表情だったけど、綺麗な青い目は真剣だった。少しの沈黙を挟んで――どうやら彼は言葉に迷うと黙るらしい――答えてくれる。


「世界を始めた神様とやらは箱庭ゲームに見切りをつけて扉を閉じた。つまり、向こう側は今、神様不在の箱庭せかいなんだ。そこに、そういうを持つ者を収めれば、滅びの未来を書きえられる……はずなんだよ」

「つまり、神様候補をさがせ、と?」

「それだ! おまえ頭いいな、ちゃんとわかってるじゃんか!」


 僕自身も小説を書くのでなんとなくは。冒険小説によくある、世界を救うために特定の誰かをさがしだし、助力を得ないといけないやつだ。

 でもこういう場合って大抵、物語の序盤では情報が明らかにならないよね?


「手がかり、とかは」

「さっきも言ったように、あっちはオレ様の権能テリトリー外だからさー」


 やっぱりだよね。脳内で早速フラグを回収しつつも、あまり絶望感はなかった。

 CWFけいふぁんの世界観はよく知っているし、設定もちゃんとおぼえている。神様に並びたてるほどの存在といったら、もうあのひとたちしかいないだろう。


「わかりました、それならまず僕は神竜族の方たちをさがそうと思います。全員を知っているわけじゃないけど、心当たりはあるので」

「神竜、……か。そうだな、目の付け所はいいと思うぜ」


 クォームは頷いて、右手を差し伸べるように掲げた。途端に、彼の全身がさっきのスマートフォンのように淡く光り出す。ささやくように、歌うように、僕では聞き取れない言葉が不思議な輝きとなって、見慣れた景色を塗り替えてゆく。

 気づけば銀色の人は本当に、銀色の直立型ドラゴンになっていた。どこか存在感のおぼろな、美しくも不思議な龍神の悪魔が、歌いながら首を動かして空間をこじ開けている。表現がわかりにくいけど、そうとしかいいようがない。


 いつの間にかここはもう、見慣れた桜公園ではなかった。かといって、僕が懐かしく思い描いていたCWFけいふぁんの世界だとは――とてもじゃないけど言えなかった。


 息を飲んだ僕に、銀竜の青い目が向けられる。


「これがおまえの立ち向かうべき現実だぜ。何なら、やめにするラストチャンスだ」




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