[1-7]希望の階、悪魔のいざない


 桜公園はソメイヨシノがすっかり終わり、今は八重桜が見頃を迎えている。樹林エリアのみちを通っていつものベンチまで行くと、存在を疑う余地もなく、銀色の彼が葉桜の下にたたずんでいた。

 声を掛ける前に気づいたのか、こちらを振り向いて一瞬目を見開いた気がする。もしかしたら僕がおじづいて来ないんじゃないかと、思ってたのかもしれない。


「……あの、お兄さん」


 呼び掛けようとして、名前を聞いてなかったと今さら気づいた。脳内で呼んでる『銀色の人』呼びを本人に向けるわけにはいかない。

 距離感を測りかねて足を止めれば、彼は綺麗な顔に妖艶ようえんっぽい笑みを浮かべて言った。


「だからじゃねーし。オレ様のことは、そうだな……クォームで。よく来たな、恒夜コウヤ

「え、はい。……え?」


 反射的に答えた後で、違和感。僕、彼……クォムさん、に、名乗ってたっけ?


「聞いて驚け。オレ様は人間ニンゲンの心が読める、っつーか聞けるんだぜ。あと、クォムじゃねーよ、クォーム」

「えぇ……それはちょっと、個人情報の侵害なんですけど。あと、発音難しいんですけど何語なんですか」


 違和感の理由があっさり判明したけど、それで良しってわけにはいかない。今まで勝手に想像巡らせたり考えてたことが筒抜け、だったって? 焦る気持ちも手伝って思わず早口でまくし立てたら、クォームさんは楽しげに声をあげて笑った。


「聞こえるったって表面的な、強く考えてることだけだから心配するなよ。おまえ面白い奴だな」

「それでも困りますって。じゃなくて、えぇと」


 動揺しすぎて思わず、距離感が。

 敬語は苦手で、すぐボロが出る。前に会った時は「神様みたいな」って言ってたし、言動が失礼だからって粛正しゅくせいされたらどうしよう。

 連鎖的にあの白焔を思い出してしゅくしそうになったけど、彼の楽しげな表情は変わらなかった。少し、ホッとする。


「行くんだな?」


 端的なそれが、最終確認なのだと理解した。頷き、思い直して、言葉にする。


「はい、行きます。だからどうか、父と祖父母が悲しまないように辻褄つじつま合わせてください」

「オレ様そういうのあんまり得意じゃねーけど、善処する」

「えっ、話違うじゃないですか! 善処って『いけたらいくわ』の同義語ですよね!?」

「違うだろ、上手くやってやるって意味だろ!? 記憶操作は得意分野だってーの。ただオレ様人間ヒトじゃねーから人間ニンゲンの心の機微きびとかわかんねんだよ!」


 一気に不安になった僕の顔色がよほど酷かったんだろう、クォームは口をへの字にして眉を下げ、人外を名乗るわりには妙に人間味ある困り顔で言い添えた。


「だからさ、辻褄合わせはしてやるから、機嫌取りは自分でしろよ、な? メールとSSL、通じるようにしておくからさ」

「え、えすえす……SNS? え、ほんとですか?」

「海外留学だっけ、ホームステイ? なんかそんな感じに書き換えておく」

「でも、一方通行なんですよね」


 気になっていたことを思い切ってぶつけてみれば、沈黙が場に張り詰めた。彼は弓月みたいに形のいい眉をぐっと寄せて、神妙な表情で低くうなっている。

 畳み掛けたい気持ちを抑えて待つこと十数秒、クォームは頭を振ってうめくように呟いた。


「こっちから彼方あちらへ道がつながったように、あっちから此方こちらへ道がつながることも、あるかもしれない。でもさ現状向こうはオレ様の権能テリトリー外なんだよ……。だから、確約できない」


 よくわからないけど、僕の質問は彼を困らせたようだ。そもそも最初から一方通行だって言われてたのだから、僕としては覚悟の上だったはず。問題を先送りにするようで心苦しいけど、今は、あの子と交わした約束だけを胸に。


「わかりました。大丈夫です、行きます」

「オッケー。ところでおまえさ、剣道とか習ってないか?」

「剣道? いえ、全然」

「そっか残念。扱えるならオレ様特製の剣スペシャルソードでも貸してやろうと思ったのに。他に、なんか武道ぽい心得は?」


 不安が再び舞い戻る。言われてみればCWFけいふぁんは剣と魔法に銃器に化学兵器、何でもありな世界観だった。

 プレイキャラ各自に職種の適性があって、向こうの僕は確か魔法適正があった。探索をさぼってたのでレベルは一桁のままだったけど。

 そうか、生身で渡るってことは、僕は現実そのままの身体能力であのと戦わなきゃいけないのか。どうしよう、全く勝てる気がしない。今さら心折れたりはしないけど、いい方法がわからない。


「武道どころか……運動は苦手で。体力にも自信ないです、けど」

「マジで」


 そんな驚かないでほしい。平均的な日本人の中高生は、運動が得意だとしてものろりゅうと戦うスキルなんて持ってないよ。

 まして、依存症を自覚するくらいSNSとネットゲームにのめり込んでて、趣味がWeb小説を読み書きすることだったインドア学生に、肉体的な強さを期待されても困る。――とは言えないので、僕はうつむくしかできなかった。


「すみません」

「いや、ま、そうだよな。で、ソレはアレか、とかいう」

「スマートフォンですよ」


 発音が怪しい。それにちょっと違う。

 僕はパーカーに突っ込んでいたスマートフォンを出して、クォームに手渡した。彼は金属製の小さな端末を熱心に眺めていたけど、何か思いついたのか口角を上げる。ロックは解除してないけど構わないみたいだ。


「よし、決めた。おまえには、さずけてやる。ちょっと外見が変わったりトシ取らなくなったりするけど、メリットと比較すれば誤差だな! オッケー?」

「ちょっと待ってください! 何ですか呪いって!」


 いやいや、全然オッケーじゃない。意味がわからない上に不穏すぎる。

 え、神様は神様でもたたり神だったとか? いや、でも名前が和風じゃないから日本の神様ではなさそう。かといって、神話や古代史でも『クォーム』なんて名前は聞いたことないのだけど。

 いよいよ青ざめた気分になった僕を見る彼の口元は、三日月みたいで楽しげだった。人間と同じ姿なのに、人ならざる髪色と完璧な造形がますます人外みを際立たせて、僕はぼんやりとを思い浮かべる。


生憎あいにくと、祝福は権能外なんだよ。実はオレ様、人間ニンゲンたちにはって呼ばれる存在だから――さ」




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