[1-6]四月十六日、出発の朝に
結局のところ、父に全部を打ち明けることはできなかった。
次の日から父はまた仕事人間に戻り、僕は始まったばかりの高校生活を必死にこなし、目まぐるしい一週間はあっという間に過ぎて、気づけば約束の日曜日が明日に迫っていた。
胸の内側で、言葉が巡る。
僕にとって
あの子にも
世界は終わりに
そう考えた途端、居ても立ってもいられない気分に陥って、思わず手の中のスマートフォンを握りしめていた。
「必ず戻るって約束したんだ」
規約違反している自覚のあった僕は、アカウント停止の可能性を考えて住居の
あの混乱の後であの子がそれを読めたかはわからないけど、書き置きが頭にあったからこそ、最期の時に僕は「必ず戻って迎えに行く」と言ったんだろう。繰り返し見る夢は
外見も年齢もおそらく声だって違う僕を、あの子が家族と見てくれるかどうか。僕にあの子との約束を果たす資格があるのか……どうしても考えてしまう。でも心に
あの子の涙に、伸ばした手に、触れることができれば、と。もう大丈夫、泣かないで、そう伝えられればと願ってしまう。
向こうの僕にとって家族同然だった、掛け替えのない存在だったあの子。世界に希望を
これが正解かはわからない。
この決断が道の先でどんな未来に結実するのか、今はまったく読めない。
それでも。
四月十六日、日曜日。今日から僕は十六歳になる。
夕方には父と一緒に祖父母宅へ行く予定が入っていたけど、それも全部あの銀色の人に丸投げすることにした。
予定をキャンセルして家族を悲しませたくないとか、自分勝手な理由だと解ってる。でも万が一にも異世界転移が無しになる可能性も考えれば……って、誰も聞いてないのに言い訳を考えてしまうところ、やっぱり僕は
ここに至ってなおもぐだぐだ考えてしまう僕だけど、心は決まっていた。迷いはない。
と思ったけど、迷いならまだあった。何を着ていくか、決めてなかった。
少し悩んで、まだ真新しい制服を手に取る。大人にとってのスーツみたいに、学生にとってのよそ行きは制服だ。白いワイシャツを着て、グレーのスラックスを履く。まだ肌寒さが残る季節なのでベストも着用し、ちょっとサイズ大きめのブレザーに腕を通して……。
「あっ、個人情報」
縫い付けられた校章と高校名に焦る。名札は取り外せばいいけど、学生服はデザインで出身校がわかってしまうんだった。今からいくのは異世界だから、そこまで心配しなくてもいいのかな。でも、万が一ってこともあるし……。
悩んだ末にブレザーは脱いで、代わりに量販店で買ったパーカーを羽織ることにした。春物なので薄手だけど、フードも付いて動きやすくてお気に入りのもの。いずれ現地で調達、になるかもだけど、ひとまずこれで。
スマートフォンを手に取り、少し迷ってからパーカーのポケットに突っ込む。
書き置きは残さない。何を書けばいいかわからないし、必ず帰るとも、二度と戻らないとも、今の時点では言い切りたくない。これもあの銀色の人に丸投げしてしまおう。
革靴は一つ持ってるけど、旅行に行く時は
当たり前のことだけど、服も靴もスマートフォンも僕自身のお金で購入したものは何一つない。好みはあれど僕に物の良し悪しはわからないので、選ぶのも買うのもずっと父頼りだった。誕生日を借りたことだけでなく、父が積み上げ築いてきたものに僕はずっと支えられて生きてきた。
僕が選ぼうとしている道の先ではもう、父や祖父母に頼れない。一人暮らしどころか一人旅行もしたことのない僕が、本当に上手くやれるだろうか。壊れゆく世界を救うなんて――できるんだろうか。
今は不安のほうが大きい。でも、あの子のためになら、人生を
決意を飲み込むように深呼吸をして、愛用のスニーカーに爪先を
僕は、行こうと思う。
向こう側の僕が
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