[1-4]異世界転移、あるいは転生かもしれない


 自分の誕生日が嫌いだった。


 生まれ年は二〇〇七年、世界金融危機の発端になったと言われている年。日付は四月十六日、海外で悲惨な銃撃事件が起きている。

 どちらも国内のニュースで言及されることは少ないけど、そんな日に「おめでとう」という言葉をかけてもらうのは心苦しくて、中学に入ってからは誕生日を伏せていた。

 父は何かを賑やかに祝うタイプではないし、祖父母からのプレゼントやお祝いの言葉なら素直に受け取れる。でも、SNSの特殊演出や企業からのお祝いDMは鬱陶うっとうしいというか、気持ち悪さすら感じて、どうしても受け付けない。


 ネットゲームでアカウントを作るときには、未成年が重課金をしないように生年を入力させられる。CWFけいふぁんにも課金コンテンツと誕生日イベントがあったので、新規キャラ作成の画面で早速ユーザー名と誕生日の入力を求められた。

 ユーザー名は重複不可で『コウヤ』では無理だったけど、『恒夜』と漢字にしたらあっさり通ったのでそのまま登録。でも自分の誕生日を入れる気になれなかった僕は、勝手に父の誕生日を登録したのだった。

 今思えば本名をキャラ名にしたり、身内とはいえ個人情報を勝手に流用したりとネットリテラシーがなってないけど、当時は受験を控えた中学生二年生でちょっと闇ち気味だったので許してほしい……。


 父の生年は一九七七年、僕とは三十歳の差がある。僕が向こう側で『四十路の古書店主』を演じていたのは、万が一にも運営が登録情報を確認してきたときに言い訳できるようにという……ちょっとやましい理由からだった。

 今となれば、スタッフが登録個人の実在を確かめるため一人一人の情報を調べる余力なんて、あるはずないとわかるけど。




 桜公園で不思議な出逢いを果たしたあと、夢見心地で家に帰ってきた僕は、夕飯を買いそびれたことを思い出した。

 朝がシリアル、昼はコンビニパンとコーヒー、夜にカップ麺……ではさすがによろしくないので、晩ごはんはちゃんと作ろう。一人分の料理ってちょっとむなしいけど、有り合わせの野菜と肉で焼きそばくらいならすぐできる。


 料理は特に好きでもないけど苦手ではない。物心ついたときから父子家庭だったので、料理や家事は結構早くから覚えていた。なにせ父は金融業界の仕事大好き人間だから、任せておくと毎日外食もしくはコンビニ弁当になってしまう。

 母は元々身体が弱い人で、僕がまだ小さい頃に亡くなったらしい。父との関係は悪くないほうだと思うけど、一緒に暮らしていても顔を合わせず一日が終わることも多い。母方の祖父母とは疎遠になっているので、小学生の頃は父の実家で過ごすことも多かった。

 子供ながらによく祖母を手伝っていたので、その経験が今に生きているかもしれない。


 手抜きスキルを駆使して作った夕ごはんを済ませ、洗い物を片付けて、ついでにシャワーも済ませてしまう。

 早々と寝支度を済ませ、自室へ戻ってするのは当然SNSのチェックだ。オフ会は大いに盛り上がったらしく、タイムラインには写真も何枚か投稿されていた。大人組はこれから飲み会コースへ突入するらしい。

 寂しさ虚しさの混じる気分になったので、SNSを閉じて画面をスクロール。流れのままにCWFけいふぁんのアイコンをまたタップして、起動を見守り、お知らせ画面にため息をつく。それからWeb小説サイトを開いた。


「異世界転移、かぁ」


 一頃に比べ下火になってきたというけど、今でもランキングに並ぶのは『転生』の文字だ。でも、転生と転移は似ているようで結構違う。

 異世界転移からの帰還、いわゆる「異世界への行きて帰りし物語」は古典作品にもある王道文学だ。ベースにあるのは主人公の成長物語なので、元の場所に帰ることが基本の構成になっている。主人公の望みも、帰還に重きを置かれることが多いように思う。

 異世界転生は基本的に一方通行だ。主人公は現実世界にあまり執着がなく、何らかの事故により異世界で新たな生が始まる。

 女神様から特殊な能力を与えられたり、現実世界で培った知識を応用したりして、異世界で充実したスローライフもしくは波乱の冒険をするのがセオリーかな。そもそも死亡から始まるので、主人公も帰還への望みは薄いか全く持ってない場合が多いのかな、って。


 あの銀色の人は「一方通行の異世界転移」と言ったけど、帰れない前提だとしたら転生に近いかも。だってつまりはこちら側では僕の存在が消えてしまうってことだろう。

 彼は「記憶操作や辻褄つじつま合わせはやれる」って言ってたけど、だとしても父や祖父母が悲しむのは……避けられないと思う。初めからいなかったことになるならともかく。

 僕自身の気持ちは、向こう側にかれている。自分の人生だし好きにすればいいって意見がSNSでは主流で、僕もそれはいいと思う。でも、なんの未練も残さず向こう側を選べるほど孤独に生きてきたわけでもなくって。


 何を選ぶのが正解なんだろう。

 明日の夜までに父は帰ってくるだろうけど、こんな相談してもいいんだろうか。息子がネットゲーム依存症な上そっちの世界へ行きたいなんて言い出したら、父としては僕の正気を疑うかもしれない。


 考えても答えは出ず、いい案も浮かず、僕はベッドに寝転がって現実逃避のように Web小説を読み漁った。

 昔読んだ「はてしない物語」のように、これを書いている作者の中にも異世界転移からの帰還者がいるかもしれない、なんて思いつつ。

 



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