[1-2]銀の風、あの日の約束
なぜ、という疑問よりも先にあふれ出した感情に、心が震える。
声を聞けば男性に思えるけど、
現実の隣には『
こんな場合はどうするのが正解だっけ。返事をしたらあちら側に引き込まれてしまうって聞いた覚えがあるけど、出典が思い出せない。もしかしたらWeb小説かも。
逃げたほうがいいかとも考えたけど、背中を向けたら襲われそうで。いや違う、それは熊とか野生動物に遭遇したときの注意だ。
驚きと混乱で思考が大渋滞を起こして棒立ちになっている僕が
「あはは、大丈夫だって人間なんて食わねーよ! なるほど、確かに素質あるもんな。この運命力、奇跡だってつながるわけだぜ」
「素質?」
思わず聞き返していた。彼の表情がさっきより人間ぽくなったからかもしれない。
笑いを収め僕を見たブルーの猫目をなぜか懐かしく感じて、理由のわからないドキドキ感に僕は戸惑った。記憶が薄れるほど昔に別れた誰かと再会したら、こんな感じなのかな。これまでの十五年間でそんな経験したことないけど。
ざわっと吹き抜けた春風が、桜の花弁と一緒に彼の長い銀髪を巻き上げる。どんな幼少期だろうと、こんな人間離れした美人に会ったら忘れるはずがない。だから間違いなく初対面だと言い切れるのに、彼の僕を見る目が赤の他人っぽくないのはどういうことだろう。
「おまえ、向こう側に約束を
――約束、そう彼が口にした途端。心臓が、どくんと跳ね上がる。
ここ最近ずっと繰り返している、最期の日の夢。世界の崩壊を逃げきれなかった向こう側の僕が、泣きながら手を伸ばしてくるあの子に何かを告げて、いや告げようとしたところで、いつも目を覚ましてしまう。
とても大切なことだったはずなのに現実の僕はそれを思い出すことができず、二度と起動しない向こう側の
こんな話、誰かにするどころか、SNSに書き込んだことすらないのに。
「たぶん、そう。でも思い出せないんです」
「だろうなー。なんせ向こう側の
綺麗な目が痛ましいものを見るかのように細められて、胸の奥がちりりと
たかがゲームと大人たちは言うけど、僕にとって
このまま少しずつ心が遠のき、目の前にある現実を受け入れていく。社会人を目指す学生としては健全なことなのだろうけど、僕はまだそうなりたくなかった。
「もしかして、お兄さんも
彼の話し方に
でも彼は一瞬、真顔になってから、首を横に振った。
「いや、オレ様は見たままに人間じゃねーし」
「えっ」
まさかの俺様キャラ……じゃなくて、本当に人外だったって。リアクションの引き出しに乏しい僕は
もっと驚くべきだったか、いっそ崇めるべきか、なんて思考がおかしな方向へ走り出す前に、口を開いたのは彼のほうだった。
「もしも、もしもの話さ。もう一度道が開けるとしたら、おまえは、向こうへ行きたいって思うか?」
「……え、お兄さん、
「まぁ、神様とか悪魔とかそんなもん――って、いや、そっちの神様じゃなくてな! とにかく、なんていうか」
気が強そうな猫目が今は言葉を探すように空を睨んでいた。開発に携わっていた人として何らかのデータを持っている……という話ではないらしい。
十数秒ほど黙ったあと、じっと待つ僕を見た彼は、ひどく真剣な表情をしていて。
「おまえみたいな奴は珍しいが、だからこそ道を開くこともできる。ただ――もしも渡るつもりなら、おまえは生身のままあちらの住人になるしかない」
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