第113話・太陽を締め堕とします


 殿下のお部屋の中には、ロコさんとフラーさんもいました。


 お二人ともフェアネス殿下の少し後方で控えるように立っています。


 そしてなぜかお二人とも、強張ったお顔をしていました。


「ナナシにヘソ曲げられると困るから単刀直入に言うけど、このまま帝国ウチにずっといてほしい、って言ったらどうする?」


 と、開口一番にフェアネス殿下が言いました。


「……たぶん無理って言うんだろうな、とは思うんだけどね。皇帝陛下おとうさまがどうしても確認してほしいって言うんだ。条件があるならできるだけ叶えるし、欲しいものがあるならいくらでも用意するって言ってるんだけど、……どう?」


 ……えっと、フェアネス殿下。


 色々言いたいことはありますが、まず第一に。


「そういうことは、そういう表情で言うものではないのではないですか?」


 そういう、に満ちた表情で言われても、こちらも困ります。


「だってさ、初めから無理だって分かってるんだもん。ナナシ、帰るところがあるんでしょ?」


 はい、あります。


「会わなきゃいけない女性ヒトがいるんでしょ?」


 はい、います。


「そのために、ゲヘナダンジョン攻略してるんだもんね?」


 はい、そのとおりです。


「ほら。じゃあやっぱり、聞くだけ無駄だったってことだよね。……はぁーあ、そうだよねぇ……」


 そう言うと、殿下は。


「……うん、分かった。皇帝陛下おとうさまにはそう伝えておくね。もう行っていいよナナシ。一応話だけでも聞いてくれて、ありがとうね」


 ……後ろのお二人が、なんだかとても何かを言いたそうにしていますが。


 言わないということは、言えないということなのだと思いますし、僕はそのまま頭を下げて殿下のお部屋をあとにしました。


「あれ、ナナシちゃん。珍しいね。フェアネス様のお部屋から出てくるなんて」


 あ、イェルン姉さん。


 いえ、ちょっとダンジョン攻略のことで殿下から話を聞かれていまして。


「そうなのね。まぁ、やっぱりナナシちゃんはすごいみたいだから、フェアネス様も色々気になっちゃうのかしらねぇ」


 ……そうだ。イェルン姉さん。

 ひとつお願いがあるんですけど。


「なぁに? 私にできることなら何でも言ってよ」


 これから先、しばらくの間、フェアネス殿下のことを気にかけていてほしいのですが。


「? フェアネス様を?」


 はい。お願いできますか?


「ふーん……、分かったわ。ナナシちゃんが言うなら、気にしておく。……そういえば、最近確かにちょっとぼんやりしてることが増えた気がするのよねぇ……」


 そうですか。

 もし何か変わったことがあったら、それとなく教えてほしいです。


「うん、分かった。お姉さんに任せておいて」


 はい。よろしくお願いします。


 そんなこんなとやり取りがあって、この日はベッドに入りました。なお、夜更けにこそっとキャベ子さんが僕の部屋に来たので、少しだけ二人で夜更かしをしました。




 翌日。

 攻略開始から二十七日目。


 この日も朝から六十階層のリトライクリスタルに飛び、エアコプターで高速探索を続けます。


 昨日までに進んだところまで午前中のうちに到達し、そこから探索を続行。


 夕方ごろまでには、六十九階層の入口まで到達しました。


 このあたりまで来ると、侵蝕結界での圧縮に耐えてエアコプターまで接近してくるエネミーも出てきたりしましたが。


「ヌンッ!」


「……水竜穿角」


 キャベ子さんのガオン斬と、ソウ兄ちゃんの超高圧水流砲(見ていて惚れ惚れするレベルの圧縮率です)で次々と撃ち落とせます。


 その中でも、体中がメラメラ燃えている六本脚のライオンみたいなエネミーが特に強くて、近づいてくるだけでエアコプターを覆っている水膜が沸騰していく熱量だったので、


 そいつだけは、とにかく見つけ次第全力の圧縮結界で問答無用に倒していきました。


 おかげでソイツの魔石と、燃えるように赤い(というか、見るからに燃えているのですが、触っても熱くない不思議な感じの)毛皮がたくさん手に入りました。


 この毛皮、せっかくなので何かに使えませんかね?


 そうだ。

 外はまだ冬の寒さが厳しいので、皆さんの分のコートでも作りましょうか。


 燃えるような赤のコート。

 見た目も暖かそうですし、試しに毛皮で体を包んでみるととても良い肌触りでしたし、ホカホカと暖かさを感じました。


 うん、良いですね。

 ちょっと一回作ってみましょう。


 そうしてこの日はリターンチケットで外に出て、魔石の七割を天秤会の皆さんに渡し、残りの魔石と毛皮全部をもらいました。


 翌日の二十八日目は休養日にして、ヘリーちゃんの協力のもと防寒用のコートの作成をしました。


 当然、毛皮だけでは作れませんので、午前中に大量の布や糸やボタンなどを買い、午後から結界ハサミと結界ミシンをフル稼働です。


 普通のロングコート型の他にも、フード付き型やマント型、変わり種としてはモコモコブーツなども作りました。


「ナナぽんの結界があれば、服作んのもバチ早えーね。今度はウチが作りたい服作んの手伝ってよ!」


 良いですよ。

 また是非声をかけてください。


 二十八日目は、そのようにして終わりました。


 なお、日付が変わったぐらいで、メラミちゃんとキャベ子さんが僕の部屋にこっそり入ってきたので、


 三人で少しだけ、夜更かしをしました。


 メラミちゃんはなんだかすごく恥ずかしそうにしていたんですけど、嫌とは言わないですし逆になんかとても積極的な感じでした。


 ……それにしてもお二人とも。


 足だけでいいのでわざわざ全裸にならなくてもいいんですけど。


 それと僕まで全裸にしなくてもいいんですけど……。




 攻略開始から二十九日目。


 最短ルートを確定させてスイスイ飛び続けたところ、夕方前に七十階層に到達。

 フロアボスに挑みました。


 七十階層のボス部屋は、大きな立方体の形をしていて、六面全てから大小多数の火山が噴火し、溶岩や噴煙が噴き出し続けていました。


 そして七十階層のフロアボスは。


「……太陽?」


 空中に、小さな灼熱球が浮かんでいます。


 いや、さすがに太陽ほどのエネルギーではないですけど。


 けれども手前の階層の燃えるライオン(仮名、メラメライオン)を遥かに上回る熱量を放出している、火の化身みたいなやつです。


 生き物らしさは全くなく、顔や手足もないただの球体なのですが、


 ただひたすら、凄まじい熱気を放出してこちらを焼き殺そうとしてきます。


 エアコプターを包む水膜があっという間に蒸発していっており、ここに長居するのはあまり得策ではなさそうです。


「ソウ兄ちゃん。合わせてください」

 

 頷くソウ兄ちゃんが、キラキラ光るものが混ざった水(燐光水竜操術によるエフェクトと効果のついた水です)を大量に生み出しエアコプターを包み直すと、


「超耐熱結界」


 僕の結界壁がさらにその外側を包み、さらにその外側に燐光水、結界壁、燐光水、結界壁、と交互に包み合っていきます。


 自分たちを八重に包んだあとは、今度は別の結界で火の化身を包み、包み、包み、包み……、


 何重にも厳重に包んだうえで、一気に圧縮していきます。


 ……。


 …………。


 ………………うわっ。


 強度と遮熱性に特化させた結界を貫通して、あふれんばかりの熱と光が放射されました。


 たぶん、圧縮しすぎて爆発したんだと思います。


 灼熱球を囲んでいた結界が次々といく感覚がありますが、どうにか残り数枚を残して抑え込むことに成功しました。


 ふぅ……、やれやれです。


 次に戦うときは圧縮結界の枚数を三倍にしましょう。


「……やったのか、ナナシ?」


 キャベ子さん、それはフラグですよ。


 僕はゆっくりと、灼熱球を囲んでいた結界を解除していきます。


 そして最後の一枚になったところで、少しずつエアコプターに引き寄せてみて中を確認してみます。


「……お、魔石がドロップしてんじゃん」


 僕と同じぐらい目がいいメラミちゃんがそう言いました。


 確かに、圧縮結界の中はキラキラ輝く美しい魔石と、いくつかの小さな赤い石だけが残っていました。


 これなら、大丈夫そうですね。


「倒せた、ということで良いでしょう」


 と、同時に、ボス部屋の出口が開きました。


 僕たちは七十階層のリトライクリスタルにそれぞれタッチしてから、そろりと七十一階層の様子を見てみました。


「……さっぶ!!」


 今度はここまでと一転して、吹雪が吹き荒れるサムサムの空間になっていました。

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