第058話・一家団欒のように


「ナナシ君にジェンさん、お帰り。もう少しで晩ご飯の支度が出来るから、それまでに手を洗ってきなよ」


 拠点内に戻ると、エプロンをつけたレミカさんが結界製調理器具一式を使って晩ご飯を作ってくれていました。


 集めてきた細枝を結界製かまどの横に置きながら、今日のメニューを見てみますと。


 今日の晩ご飯は、炊き立て白米にワカメと青菜のお味噌汁。アジみたいなお魚の干物を焼いたものと、ナルさん用に追加で焼いたぶ厚い熊肉のステーキ。森で取れた山菜のおひたしと、別の山菜とキュウリを使った酢漬け。蒸したサツマイモをすり潰して塩を混ぜ、練って一口サイズに分けたもの。


 うーん、今日は和風ご飯ですね。

 どれも美味しそうで、お腹がぐぅぐぅと鳴ってしまいます。


 レミカさん、相変わらずお料理がお上手ですね。


「ははは、そうかな。そう言われると、悪い気はしないね」


 実は、少し前からレミカさんも調理当番に入ってくれています。


 毎回僕ばかりがご飯を作るのは悪いからというのと、今日みたいに僕が出向いて活動する必要がある場合に、拠点に帰ってきてからご飯を作り始めるとご飯の時間が遅くなってしまうから、という理由によるものです。


 レミカさんは和食メインですが料理の腕前はかなりのもので、僕も味付けや火加減、盛り付け方なんかを学ばせてもらっています。


 ちなみにジェニカさんもそれなりにお料理ができるので、たまに調理当番に入ってもらっています。

 そしてお嬢様は、お料理できないこともないというぐらいの腕前で、ナルさんは、肉を焼くくらいならできるという感じです。


 僕とジェニカさんは手を洗ってから、ジェニカさんは配膳の手伝いをすることにし、僕は夕方の礼拝を手早く済ませてから木造家屋内にいるお嬢様とナルさんを呼びにいきます。


「お嬢様、ナルさん。まもなくご飯の準備ができるそうですよ」


 お嬢様は、テーブルに座ってペンを持って唸っているナルさんから視線を外し、僕のほうを見ました。


「分かったわ。それならナルさん、その一問がきちんと解けたら私たちも食事に向かいましょう」


「……分かった」


 ナルさんの目の前のテーブルの上にはプリント(木の皮を薄く剥いで紙状にしたものに算数の問題が書かれている)が置かれていて、そのうちの一問を必死に解いているようですね。


 ちなみに書いてある問題は三桁同士の掛け算です。僕やジェニカさんなら暗算で一瞬で答えられます。

 しかし、ナルさんには難しいようで。


「にさんが、ろく。さんぱ、にじゅうし。しちさん、……にじゅうしち」


 拙い九九をそらんじながら筆算をしていますが、間違えています。

 七の段、難しいですよね。分かります。


「ナルさん、今の計算は間違えているわ。もう一度計算してみなさい」


「ぐっ……、しちいちが、しち。しちにじゅうし。しちさん、……そうか、にじゅういちか」


 なんとか正解を導き出したナルさんは、そのまま計算を進めます。

 二分後、ようやく答えが出たところでナルさんはテーブルに突っ伏しました。


「……大きな数は苦手だ。目が回ってくる」


「お疲れ様でしたナルさん。苦手なことでも最後まで投げ出さずに取り組むその姿勢、僕は素晴らしいと思います」


 ほんとうに、素晴らしいです。

 一生懸命頑張る人というのは、それだけで賞賛に値すると思います。


「そうね。一歩ずつの積み重ねが大事だものね。さぁ。せっかくの食事が冷めてしまってもいけないわ。食卓に行きましょう」


 お嬢様と慣れない頭脳労働でへろへろのナルさんを連れて食卓に向かい、皆さんで夕食を始めました。


「大地の恵みに感謝を。それでは皆さん、いただきましょう」


 ナルさんは、いただきますと同時に熊肉のステーキにかじりついて、もぎゅもぎゅごくんと食べていきます。


 お嬢様は、最近練習しているお箸を使って丁寧に焼き魚の身をほぐしています。


 そしてレミカさんは、ジェニカさんの持つ木製の枡に熱燗にした清酒を注いでいます。


「ジェンさんどうぞ。さぁ、ぐいっと」


「おっととと……、んーっ、やっぱり美味しいですねぇ。あ、レミカさんもどーぞ」


 このお酒はヒデサト家からいただいた迷惑料の一部に紛れていたもので、ジェニカさんの亜空間内の荷物を整理しているときに発見しました。


 大きな酒樽が六つほどあり、それぞれ銘柄が違ううえに、レミカさん曰く「どれもこれも高くて美味しいやつ」らしいです。


 今のところ、お酒を飲むのがジェニカさんとレミカさんだけ(ナルさんも地元基準では成人年齢に達しているそうですが、特に好きではないらしいので口にしません)なので普段の夕食には出さないのですが。


 レミカさんが調理当番の時だけは、しれっと熱燗で用意してジェニカさんと二人で飲んでいます。


 大人のお付き合い、というやつですね。

 しかしうーん、確かに美味しそうです。

 僕も一口いただけないでしょうか。


「だめだよぉ〜、ナナシくんはまだ子どもだしぃ〜。もっと大きくなってからにしなきゃ〜」


 早くも出来上がりつつあるジェニカさんに嗜められてしまいました。

 でもですね、僕って前世では確か成人していたはず(もうはっきりとは覚えていませんが)なんですよ。


「あんまり小さいときは酒精が体の毒になるからね。いくらナナシ君が天人でも、まだやめといたほうがいいと思うよ」


 レミカさんにも止められてしまいました。

 むむむ、仕方がありません。


 僕は諦めてご飯をぱくぱく食べることにします。たくさん食べていっぱい成長してやるのです。

 ぱくぱくもぐもぐ。ぐびぐびごくん。


 あ、そうだ、レミカさん。

 今度美味しい漬物の作り方教えてくれませんか?


 僕、らっきょうを作りたいんですよね。

 カレーを作ったときに横に添えたいので。


「らっきょうね、良いよ」


 あと、福神漬けも作れません?

 紅生姜とかもどうですか?


「それならまずは梅干しからかなぁ」


 梅干し!

 良いですね!


 美味しい漬物は食卓を豊かにしますので。

 是非ともたくさん作りましょう。


「ところでジェニカさん。伐採した木材はどのぐらいの量になったの?」


 魚を綺麗に食べているお嬢様が、ジェニカさんに聞きました。

 だいぶ酔いが回ってきているジェニカさんですが、さすがに自分の職分に関する質問なのできちんと答えます。


「しょうですねぇ、現時点でも一般家屋百棟分は優に超える量の木が集まってましゅよ」


「分かったわ。それなら明日からは、そこまで慌てて伐採する必要もないでしょう」


「じゃあ、明日は私がナナシと出ていいか?」


 六枚目の熊肉ステーキを食べているナルさんが、言います。

 ところでナルさん、お野菜も残さず食べましょうよ。


「算学も大事だというのは重々承知しているが、いざという時のためにこの森の生き物の強さを直に感じておきたい」


「そうね。良いでしょう。私とジェニカさんとレミカさんで拠点に残っておくので、明日から数日は、ナナシさんとナルさんで近場の大型獣を狩ってきなさい」


 了解です、お嬢様。

 お肉ストックを増やすのですね。


「ついでにレミカさんも、ナルさんの後で数日森の中に出てみるといいわ。色々と学びがあると思うから」


「分かったよ、ハローチェちゃん」


「あと、ナルさん。それならなおのこと、今日の内に計算プリントは終わらせるように。明日までに終わってなかったら、追加のプリントを出すからね?」


 ナルさんが、小さく呻き声を出しました。


「ぐっ……。分かった、ちゃんとやっておく……」


「それなら晩ご飯の後は僕が横についていましょうか? もう夕方の礼拝も終わっていますので、時間は大丈夫ですよ」


 ナルさんは、苦渋の表情で僕に頭を下げました。


「……すまんが、分からないところは教えてくれ」


「ナナシさん。答えを教えるのではなく、解き方を教えるようにしてね」


 了解しましたお嬢様。

 心を鬼にして、きちんと教えますとも。

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