第056話・婚約者ができました(一人目)


 お嬢様と結婚……。


 お嬢様と結婚……?


 お嬢様と結婚……!?


「えっ!? 僕がお嬢様と結婚するんですか!?」


 お嬢様のお言葉が脳ミソに染み渡って理解したとたん、僕はつい大きな声を出してしまいました。


 ずっと黙って僕たちのやりとりを聞いていたナルさんが「うるさっ……」と顔をしかめました。


「だからそうだってば。ナナシさんって、たまに思考速度が極端に落ちるわね」


「えっ、でも、だって……」


「貴方と私が結婚する。こうすればどちらが王様になっても同じことよ。だったら貴方が王様になったほうが話がスムーズだし、色々やりやすいわ」


「結婚……? 僕が、お嬢様と……?」


 お嬢様が、少しだけ悲しそうな表情を浮かべました。


「なによ、ナナシさんは私と結婚するのは嫌なのかしら」


「!? いえっ、そんなことは決してないです!! お嬢様ほどの女性と結婚できるなんて、光栄の極みです!!」


 こんなに可憐で素敵で美しくて強くて賢くて逞しくて、しかもお足の美味しいハローチェお嬢様との結婚なんて、畏れ多いぐらいです!!


「じゃあ、何が引っ掛かっているのよ」


「それはその……、お嬢様はよろしいのですか? その、僕なんかと結婚だなんて……」


 僕、初対面で意識不明だったお嬢様のお足を勝手に舐め回しちゃうような人間なんですけど……。


 あまりにも不埒過ぎて、後々問題になるのでは?


「その件の償いはもう終わったじゃない。貴方はきちんと忠誠と奉仕で誠意を示し、私はそれを許した。それで終わった話よ」


 ですが……。


「そしてそれ以上に、貴方はたくさんの素晴らしいことを成してきたわ。私は貴方のことを誇りこそすれ、見下したり蔑んだりするつもりもないし、他の誰にもそうさせるつもりもない。……そもそも、」


 お嬢様が、ずいっと身を乗り出してきました。


「貴方、あれだけ私の足を舐め回して、私のあられもない姿を見ておいて、……いまさら私が貴方以外の殿方と結婚できると、本気でそう思っているの? 最初に貴方にご褒美をあげると決めたときから私は、いずれは貴方と結婚することになるのだろうと、覚悟を決めていたのよ? その私の覚悟を無為にするつもりかしら?」


 ……そ、それは。


「……ねぇ、ナナシさん。私には、貴方が必要なの。今までは、私の頼れる従者として、いつも私を助けてくれていたわ。だけどこれからは、私の隣に立って、そうしてほしいの。私だけでなくと、私たちについてきてくれるのために、貴方の力を振るってほしいのよ」


「…………」


「お願い、ナナシさん。私の夢のために協力してちょうだい。かわりに私も、貴方のためにできることはなんでもするから」


 すがるような、お嬢様の声と目。


 なんとお答えするのが正しいのか、僕には全然分かりませんが。


 お嬢様のお言葉を聞き、お嬢様の目を見て、僕が僕として返せる言葉は一つしかありません。


「分かりました、お嬢様」


 お嬢様のためなら、たとえ火の中水の中。

 人生の墓場とやらの中にも、勇んで入ってみせますとも。


 なぁに、ブタ箱に入って臭い飯を食べるよりは、よほど良いことでしょうとも。


「王様としても、夫としても。ハローチェお嬢様のお顔に泥を塗らないよう、精一杯努めます。不束者ですが、これからもよろしくお願い致します」


 そう言うと、お嬢様がほっとしたように息を吐きます。


「ありがとうね、ナナシさん。これで私も……」


 そして小さくかぶりを振りました。


「……いえ、まだね。まだまだこれからだもの。これからどんどん、忙しくなるわ!」


 お嬢様は、ぐっと拳を握りしめて天を仰ぎました。

 とても気合が入っています。


 あ、そうだ。


「ちなみにお嬢様。その、結婚というのはどのタイミングで行うものなのですか? この後すぐ? それとももっと先ですか?」


「ああ、それはまだまだ先ね。少なくとも、至宝を揃えて土地を見繕って民を集めて統治機構を用意して、国としての最低限の形を整えて建国宣言をして、国家運営がある程度軌道に乗ってからになると思うわ」


「そうですか。それならまだしばらくは、ハローチェお嬢様のことはお嬢様とお呼びしていてもいいのでしょうか」


 今から急に婚約者としての対応を、と言われても、ちょっと心の整理がつかないのですが。


「そうね、そうしてちょうだい。私もまだしばらくは、貴方のことを頼れる従者として扱うから」


 良かった。

 やはりお嬢様はお嬢様ですからね。


 けどいずれはお嬢様と結婚……。

 うーん、想像がつかないです。

 僕とお嬢様が手を繋いでお散歩したりする日が来るんでしょうか?


「しかし、……ふぅ。まさかこんなことになるとは予想していなかったわ。皆に私の夢を伝えて、これからもよろしくと言うつもりだったのに。しかも当初の予定とは大幅に路線変更になるし……。ねぇ、ナナシさん。もう隠してることはないわね? これ以上のとんでもない秘密はもうないわよね??」


 僕は頷きます。


「女神様に誓って、ありません」


「分かったわ、信じます。それなら、今からもう少し、今後のことについて詳細を詰めた話をしていきたいと思うわ。ジェニカさん、ナルさん、レミカさんも。どうか知恵を貸してちょうだい」


 そうしてそこから、皆でテーブルを囲んでの話し合いとなったのでした。


 ちなみに僕は、話し合いが始まってすぐに小屋から追い出され、またしばらく拠点周辺の探索に行かされました。


 なにやら乙女の秘密があるのだとか。

 詳しくは分かりませんが、乙女の秘密に聞き耳を立てる趣味はありませんので(僕は紳士ですから)、僕は拠点から離れてぶらぶらします。


 しかし……。

 僕とお嬢様が婚約、ですか。

 事実は小説より奇なり、ですね。


 しかし、ほんとに良いのでしょうか。


 僕、王様になるのも良き夫になるのも、きちんとできる自信はないのですが。


 もちろんやるからには全力を尽くすつもりではありますが……。


 もし、どこかで。

 やっぱりナナシさんではダメね、とか言われることになったらと思うと。


「……うーん」


 ぞっとするような想像を振り払い、僕は目の前に飛び出してきた大きなクマを仕留めたのでした。


 まぁいいです。

 もしもの時はまた全力土下座で許しを乞いますので!!




 ◇◇◇


「…………はああぁぁぁ〜。良かった、断られなくて……」


「お疲れ様でした、ハローチェさん」


「良かった……、ほんとに良かったわ……」


「後半、内心では泣きそうになってただろ」


「だってナナシさん、困った顔するばかりで全然嬉しそうじゃないし……。最後もなんか義務感とか忠誠心とかみたいな顔してたし……」


「それはハローチェちゃんも悪いと思うけどね。もっと素直な気持ちも言えばいいのに」


「恥ずかしいわ、それに……、いまさらだと思うし……」


「けど、まさかナナシくんが天人様だったとは。まぁ、確かにそう考えたら色々腑に落ちることもありますね。あの訳の分からない結界術の使い方も、たぶん考え方の根底にあるものが私たちと違うからなんでしょうね」


「それは確かにな。それと、天人にしてもらった恩義というところも、女神様とやらへの狂信的な信仰心の理由の一つなんだろうな。……それを加味したとしても、強すぎるとは思うが、な」


「なんにせよ、これでハローチェちゃんの野望もこれまで以上に現実味を帯びてきたわけだ。うーん、私も俄然楽しみになってきたなぁ」

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