第055話・方針転換


「ただいま帰還しましたお嬢様!!」


 拠点を囲む巨大結界の中に入って大きな声で言うと、改築した木造家屋の中からお嬢様が出てきました。


 そして開口一番にこう言います。


「お帰りなさいナナシさん。さっそくだけど、駆け引き抜きで貴方にお願いしたいことがあるわ」


「はい! なんでもやります! なんでもお申し付けください!!」


 僕は先ほどの失態を挽回するべく、全力で答えました。


 お嬢様が、柔らかくニッコリ笑いました。


「そう、さすがね。それならナナシさん」


 はい!!


「貴方、私が興す国の王様になってくれない?」


 はい!!



 ……はい?




 ◇◇◇


「つまりね、権威付けの問題なのよ」


 頭上から大量のクエスチョンマークを浮かばせた僕を木造家屋内に引っ張っていき、長テーブルを挟んで座ったお嬢様が、説明を続けます。


 ちなみにお嬢様の後ろには他の三人も座っていて、僕対お嬢様たちみたいな状況になっていますね。


 え、なんでしょうこれ。

 取調べですか……?


 僕は前世でブタ箱にぶち込まれた時のことを思い出して、ぶるりと身体が震えました。


 違うんです、刑事さん。


 あの子が未成年だとは知らなかったし、ホテルであの子のお足を舐めてたのも合意の上でのことだったんです。ほんとうです、信じてください。


 しかし現実は無情だったので、僕はその時に理解しました。


 きちんとした同意なしに女の子のお足を舐めてはいけないのだと。


 あの時の僕は、とても大事なことを学んだのだと思います。


 それが前世で最初に全てを失ったときの出来事でした。

 ちなみにその後追加で四回ぐらい全てを失う出来事に遭っているんですけどね。


「ナナシさん、ちゃんと聞いてる?」


 あっ、はい。


「そもそも、私がゼロから国を興したいっていうのは、私を追放した兄たちへの当てつけのつもりだったのだけど」


 ……あてつけのつもりだったのですか?


 え、何かこう、高尚な理由があるのではないのですか?


「まぁ、色々細かい事情はあれども、大きな理由のひとつは、当てつけよ。兄たちは至宝を奪い合って争っているというのに、兄たちが追い出した私は自力で新たな至宝を作り出して揃えて、自力で王として立つことをする。そうなったら、さぞや滑稽だとは思わないかしら?」


 まぁ、それは思いますね。


 貴方たちが追い出したデキる妹は、貴方たちと違って自分で至宝を用意して自力で王様になりましたよ、ってことなので。


 ざまぁみやがれ、って感じがすると思います。


「でしょう? もちろん、国を追い出されたばかりのときはそんなことを考えてはいなかったんだけど。この森で貴方に出会って、貴方のことを知るたびに思ったのよ。ナナシさんの力を借りれば、それができるんじゃないかって。貴方をすれば、私のこの鬱屈とした反骨心を満足させられるような復讐が、できるんじゃないかって」


 えっと……。


「それはつまり、僕なら初代国王がそうしたように、五つの至宝の材料を集めて、至宝を作り出すことができると、そう思ったということですよね?」


「そうね」


「……それは、僕を信頼してくれていたということですよね?」


 僕は、お嬢様のためならどんなことだってやり遂げられると、そう思っています。


 お嬢様も、僕がお嬢様のためならどんなことだってやり遂げられると、そう信じてくれていたということですよね?


「信頼と言われれば、そうね。貴方にできることを、貴方なら必ずやり遂げてくれるだろうと思っていたし、貴方ができないことは、私や他の皆がやり遂げればいいと思っていたわ」


 なるほど。


「とにかく私は、新たな国を作った新たな王として君臨して、兄たちを見返してやりたかった。そのために分かりやすい権威の形として、五つの至宝を作りたかった。ここまではいいかしら?」


 はい、大丈夫です。


「そうしたらナナシさんが天人だと判明したものだから、私は私の計画を、大幅に修正することにしたわ」


 具体的には、どのように?


「五つの至宝がグロリアス王国で権威の象徴となっているのはね、初代国王が作り出した物の中でも特に材料調達とその加工が難しいものである、ということもそうなのだけれど、一番の理由はね、初代国王が作ったから、というところなのよ。今までは、私が天人たる初代にも劣らぬ所業を打ち立てたとして、権威を作り出そうとしていたのだけど……」


「僕がその天人だと判明したので、僕が作ったことにしたほうがより権威付けができる、と?」


 まぁ、作ったことにするというか、実際に笏杖と首飾りを作ったのは僕なのですが。


「そのとおりよ。貴方が異界から来た天人なら知らないと思うけど、それだけ天人というのは敬意を集められる存在で……、いや、待って。私たしか貴方へのお勉強会で天人のことも一通り話したような気がするんだけど?」


「ごめんなさい、たぶんお嬢様がノリノリで着てくれた美人女教師風タイトスカートスーツ姿のときだったので、あんまりちゃんと聞いていませんでした」


 一応黒ストッキング風の結界服も着てくださっていたのですが、なにぶん少し薄手でお足が透けていたのでそちらばかり気にしていた覚えがあります。


「……そんなこともあったわね。はぁ、貴方って本当に……」


 若干呆れた様子のお嬢様でしたが、すぐに表情を切り替えました。


「とにかく。貴方が王様になってくれるなら、私が女王として君臨するよりも統治に正当性がでるの! だからナナシさんには王様に、」


「あの、お嬢様。ひとつよろしいですか?」


 ここで僕は、失礼とは承知の上でお嬢様のお言葉を遮り質問をしました。


「僕を王様にする、という言葉の意味と理由は分かりました。そうしたほうが良いというのであれば、僕が矢面に立つことはやぶさかではありませんし、お嬢様がそうしたいと仰るのであれば、僕は微力を尽くして頑張る所存です。……が。そうなると、そもそもの話として、国を興す理由がなくなるのではないですか?」


「なぜ?」


「いえ、だって、お嬢様は兄たちを見返したくて国を興したいのですよね。けどそれは、お嬢様が王様になるから当てつけになるのであって、いかに僕がお嬢様の従者とはいえ、兄たちからしたら全然知らない人なわけで……。そんな僕が王様になっても、別に向こうは悔しくもなんともないのではないですか?」


 お嬢様は、ふふん、と笑います。


「そんなことはないわ。初代国王と同じ天人様が、初代国王と同じように至宝を作り出し、その権威でもって平定した土地と民を従えて国を興し王となる。自分たちが追放した妹が、その新たな天人伝説の主役たる貴方の隣にとして立っていることを知れば、それはそれは驚くと思うわ」


 ふーむ、そういうものなのですか……。


 ……ん?


「お嬢様。僕が王様になるのですよね?」


「だからそうだと言っているでしょう」


「そしてお嬢様は、王妃になると?」


「ええ、そうよ」


「……僕の知識が間違っていなければ、王妃というのは、王様のお嫁さんということだと思うのですが」


「そうね。私の祖国では、国王陛下の正妃、つまり第一夫人のことを指す言葉よ」


「お嬢様、ご結婚なさるのですか?」


「将来的にはね」


「えっ……、誰と?」


「だから……」


 お嬢様が、僕を指差します。


「貴方よ。ナナシさん」


「…………僕?」


「ええ。今後とも、末永くよろしくね?」



 ……………………。




 ………………………………えぇっ?

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