第054話・天人


 ジェニカさんはお口をあんぐり開けて驚き、ナルさんは眉根を寄せて訝しげにし、ジェニカさんは楽しそうにひゅうっと口笛を吹きました。


 僕は、首を傾げます。


「お嬢様、そのお話って皆さんにはお伝えしてなかったのですか?」


「ええ。今初めて言ったわ」


 そうだったのですね。

 少し意外です。


「お嬢様って、隠し事とかしないタイプだと思っていました」


「そんなことはないわよ。言うべきこと、言わざるべきことの分別ぐらいつくもの」


「でも、僕には隠し事とかしないじゃないですか」


 お嬢様の眉がぴくりと動きました。


「……そうね。ナナシさんのことは、とても信頼しているからね。それにほら、貴方だって私に対して隠し事などないでしょう?」


 たしかに!

 お嬢様は僕のことを信頼してくれていますし、僕もお嬢様に隠し事なんてひとつも……、


「……あっ」


「んっ?」


「…………」


「えっ? なに、ちょっと待ちなさいな、そのあっていうのはなに?」


 …………えーっと、ですね、お嬢様。

 隠していたつもりも、なかったのですが……。


「その、僕が信仰している女神様が、いらっしゃるかと思うんですけど」


「ええ」


「僕、女神様に転生させてもらってるんですよ」


「…………なんて?」


 お嬢様が、ものすごく何かを言いたそうな表情のあと、ぐっと堪えた様子で言いました。


 僕は、正直に話します。


「実は僕、前世の記憶があるんです。前の世界で一回死んだあと、女神様から結界術をいただいて、前世の記憶を持ったままこの世界に生まれ変わったんです」


「…………」


「たぶん最初にお話したときは、この世界で転生とかって一般的なことかどうか分からなかったので、ふんわりしか言ってなかったと思うんですけど、そういえばすっかり言うのを忘れていました」


「…………」


 お嬢様は、数秒黙ったままでいたあと、大きく三回深呼吸をしました。


 それから収納空間に手を入れて大きなハリセン(えっ、ハリセン!?)を取り出すと、


「そういうことは、早く言いなさいよ!!?」


 スパーン!!

 と僕のほっぺたをハリセンで引っ叩きました。痛いっ!?


 さらにハローチェお嬢様は、僕の両肩を掴んでぐらんぐらんと揺らします。


 あわわっ、目が、目が回りますー!?


「それってつまり、貴方がだってことでしょ!! なんでそんな大事なことを黙っていたのよ!? このお口は飾りなのかしら!!」


 お、お嬢様、落ち着いてください。


 これにはその、深い訳などなくてですね、


「そうでしょうね! 貴方からしたらそれほど重要な事実ではなかったということなのでしょうとも! けれど私やジェニカさんからしたら、めちゃくちゃ重大な事実よ! 見てみなさいジェニカさんを!」


 お嬢様の揺さぶりが収まったのでジェニカさんのほうを見ると、ジェニカさんは放心状態で目の焦点が合っていませんでした。


 というかナルさんとレミカさんも、ポカンと口を開けたまま固まっています。


 え、皆さんどうしたのですか?


「貴方が! 天人だって!! 分かったからよ!? ……はぁ、知らないのだろうから教えるけど。天人っていうのはね、この大陸で古くから伝わる伝説で、異界からやってくる創世神様の御遣いのことよ。この世界が滅びの危機に瀕するたびにこの世界を救うためにやってくる救世主様を、昔の人々は天から降りてくる人として崇めていたの」


 ほほう、そうなのですね。


「私が生まれたグロリアス王国も初代国王は天人様だったという説もあるし……、というかこの大陸のほとんどの国は、建国の際の権威付けの根拠として、祖王やその近しい者が天人であったという逸話を残しているの」


 え、転生者ってそんなにたくさんいたんですか?


「あくまでも逸話が残っているだけで、事実かどうかは知らないわ。私も他国の歴史書の写しは読んだことがあるけど、本当のことが書かれた歴史書の原典なんて国の最重要機密だし」


「なるほど。でも、グロリアス王国の初代国王様は、ちゃんと僕と同じ転生者ですよ?」


 たぶん、ですけど。


「……何か確信がある表情ね」


「僕の前世では、わらしべ長者という物語があるんです。最初は一本のわらを持っていただけの人が、それを順番に色んな物と交換していくことで最後はお城を手に入れるというお話です」


 お嬢様は、少し考える様子のあと、


「……わらしべ長者。わらしべ、ちょーじゃー。チョージャー、ワラシベ。……なるほどね。ちなみにナナシさん、このことにはいつ気がついていたのかしら?」


 いつ、と言われますと、


「お嬢様から、グロリアス王国の五つ至宝の話を聞いた時に初代国王のお名前をお聞きしたじゃないですか。あの時ですね」


「つまり、だいぶ前よね?」


「だいぶ前ですね」


 お嬢様は、ふぅーーっ、と長く息を吐きました。


 そして、あらゆる言葉を飲み込んだような様子で、ニッコリ笑って言いました。


「少し、ナナシさん以外の皆さんと最優先でお話すべき事象が発生しました。申し訳ないけど、ナナシさんは一時間ほどこの拠点を離れて周囲の探索をしてきてくれないかしら??」


 僕は、お嬢様の笑顔の圧に負けて「はい!!」と返事をしてから拠点を離れ、カベコプターに乗って周辺探索に出ました。


 そしてきっちり一時間後に、おそるおそると拠点に戻ってきたのでした。

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