第050話・スーパー圧迫会談


 ◇◇◇


「さて、皆さん。改めましてごきげんよう」


 ハローチェ総帥ことお嬢様がフジクラ家のお城の庭に降り立ち、苦々しげな顔でこちらを見ているお侍さんの集団に向かって優雅にご挨拶をします。


「我が名はハローチェ。本日こちらに来ましたのは、そちらとヒデサト家の間のお話に、少しばかり口を挟ませていただきたいからです。どうか有意義な話ができることを期待しています」


 話し合いの準備ができたと言われた僕たちはユーフォーを降下させ、ユーフォー下面から地面まで円筒形の結界を伸ばして、その中をエレベーターのように降りていきました。


 降りたところのお庭には白木綿の大布が敷かれていて、その上には座布団が置かれています。


 相手のお侍さんたちはまだ誰も大布に立ち入っておらず、僕たちも大布の反対側に降り立って、こうしてまずはご挨拶をしているというわけですね。


 ちなみに僕はお嬢様のすぐ後ろに控えていて、ジェニカさんとナルさんはまだユーフォー内で待機しています。


 しかし、こちらが挨拶をしたというのに、お侍さんたちは皆黙ったまま口を開きません。

 なにかこう、言いたいことを必死で抑えているように見えますね。


 ですが、挨拶は基本です。

 されたら返さなくてはなりません。


 お嬢様も同じ思いのようでして。


「ナナシさん」


 はい、お嬢様。


 僕は空中に浮かんでいる捕獲用結界球のうちの一つを大布の上にもってきて、秒速二回転の速さでぐるぐると回してみせました。


「え、エイシュン瑛春……!」


 お侍さんたちの中で一番年嵩の、一番上等な服を着た初老の男性(たぶんこの人がフジクラ家のご当主さんなのではないでしょうか)が、慌てたような声を出します。


 結界球の中に入っているのは、最初に突撃してきた豪華な甲冑を着た人です。名前を聞くに、確かこの家の四男さんですね。


 そんな四男さんを、無秩序に回転方向を変えながらひたすら回してやります。


 挨拶もできない無礼者には、相応のお返しをせねばなりませんので。


 ぐるぐるぐるぐる回されて、四男さんはとうとうゲロを吐き始めました。

 目が回ってしまったのですね。


 それでも回し続けてやると、結界球の中はどんどん悲惨な様子になってきました。


 せっかくの豪華な甲冑も、顔や体もゲロまみれ。

 見るに耐えない状態です。


「や、やめろ! やめてくれ!」


 ご当主さんが言いますが、お嬢様は応えません。


「やめろと言っているだろう!!」


 お嬢様は応えません。


 お嬢様の態度に腹を立てた何人かがまた愚かにも腰の刀を抜こうとしたので、


 結界首輪をはめて地面から少し持ち上げてやりました。


「ぐおっ!?」


 突然首が締まって宙吊りにされた人たちは、足をジタバタさせながら首輪を外そうともがきますが、まぁ、外せないですよ。


 僕は、他にも狼藉を働こうとする者が出ないように、視線をやって牽制します。


「他に、首を括りたい方はいますか?」


 僕が問うと、お侍さんたちは揃って顔を引きつらせました。


 ああ、今吊られた人たちはそのまま窒息してください。

 殺しはしませんので。


 やがて、口から泡を吹いて失禁して手足から力が抜けてオチた人から順次開放し、見た目が汚いので他の人に言って下げさせました。


 その間にもずうっと回りっぱなしの四男さんは、もうぴくりとも動きません。

 なすがままに、回転させられています。


 フジクラ家のご当主さんの隣にいた男性が、たまりかねた様子で言います。


「も、もうやめてくれ! それ以上やったら弟が死んでしまう! 貴殿らの話は私がしかと聞き受ける! だから頼む、どうかこれ以上は……!」


 そう言って頭を下げた男性を見て、お嬢様はため息をひとつ。


「……まぁ、良いでしょう。ナナシさん」


 はい。


 僕は結界球の回転を止めました。

 四男さんはぐったりとした様子でしたが、一応呼吸はしているようです。まぁ、メチャクチャに回転させられても死ぬことはないと思いますけどね。


「貴方は?」


「私は、イスルギ岩動と申す……」


「ということは、現当主の次男であり、次期当主候補ということですね。ちなみに、そちらのご当主様は如何ですか? 会談を始めてもよろしくて?」


 お嬢様が問うと、ご当主さんは無言で頷きました。


「それと、そこの汚物まみれの方が四男であれば、三男はどちらに?」


「……そこの、球に入って宙に浮かんでいるのが、三男のウタマロ歌麻呂だ」


 ああ。あのかなり煌びやかな甲冑を着た人ですか。


 僕が結界球を動かしてウタ丸さんを大布の真上まで連れてくると、お嬢様が「この方ですか?」と聞きます。


 イスルギさんが「そうだ」と言うので、お嬢様が僕に目配せしました。

 僕は両手の平を合わせます。


「結界作成・薄刃」


 薄刃結界を両手の平の間に作り出して、真横に一閃しました。


 ウタ丸さんの入った結界球を、薄刃結界がズパンと断ち斬ります。


「なっ……!?」


 イスルギさんが驚いたような声を出しました。


 結界球の下半分が、大布の上にゴトリと落ちます。その中でへたり込んでいるウタ丸さんの兜の飾りが、薄刃結界に切り飛ばされて欠けています。


「現当主様と、次期当主候補のお二方。お三方がいれば会談もスムーズかと。残念ながら四男については会談が終わるまで決して解放致しませんが。それと、今ご覧になっていただいたように、貴方たちでは傷一つ付けられない結界でも、こちらは薄紙を割くよりも容易く切り裂けるということを、ゆめゆめお忘れなく」


 さぁ、お話をさせていただきます。


 と、お嬢様はニッコリ笑って大布の上に乗り込みました。


 フジクラ家の当主さんとイスルギさんも、引きつった顔のまま大布に乗ります。


 もはやこの時点で、お話し合いの趨勢は決していたように思います。




 ◇◇◇


 その後は、表面上は穏やかに、お話し合いが進みました。


「……と、いうわけでして、アヤガラ様を始めとしてそちらの家の方々が大勢海に飲まれたことは真に不幸な事故であり、天災であったわけです。なので、その咎を相手方たるヒデサト家に押し付けるようなことはなさらぬよう、ここで殊更に念を押させていただきます」


 お嬢様は、困ったような表情を浮かべて、続けます。


「もし、そのことがご理解いただけず、両家の間で如何なる形においても争いが始まることになるというのであれば、我々が再び両家の間に現れることになりましょう。そしてその時は、喧嘩両成敗ということで手心を一切加えることなく両家の戦力を蹂躙することを、ここに約束致します」


 たぶん、フジクラ家からしたら意味が分からない宣言だとは思いますが。


「わ、分かった……。ヒデサトの者たちと争うことはしないと、ここに固く誓う。お前たちも、良いな。エイシュンの奴には、私から言い含めておく」


 ご当主さんをはじめ、息子二人も同じように頷いてくれました。


「ご理解いただけたようでなによりです。私どもとしましても、いたずらに両家の戦力を減らしたいわけではありませんし、それが原因となって両家が他所から攻められることになっても、寝覚めが悪いですからね」


 どの口が言うのか、みたいな表情を浮かべるフジクラ家の面々の視線を無視して、お嬢様は「さて、それなら」と手を叩きます。


「ここから先は、親交を深めるためのお話を致しましょうか」


「……親交、だと?」


「はい。我々は、様々な要因と運命の導きによってこの国に降り立ち、ヒデサト家の方々と親交を深めることができました。そして、せっかくこのような機会に恵まれた訳ですので、フジクラ家の方々とも親交を深められれば、と考えています」


 フジクラ家の人たちは、あからさまに眉をひそめたり、何か言い返そうとしたりしましたが、


 上空のユーフォーから新たに人が降りてきたのを見て、口を閉じました。


 ユーフォー下面からエレベーター式の円筒の中を通って地上まで降りてきたのは、セーラー服を着た女性と、格式ばった着物を着た女性の、ふたりです。


 そうです。

 ジェニカさんとナルさんです。


 そしてフジクラ家のご当主さんは、ナルさんの顔を見てとても驚いたような表情を浮かべました。


「な……!? 貴様は、アヤガラとともに死んだはずでは……!?」


 黙ったまま、楚々とした様子で頭を下げるナルさんに、フジクラ家のお三方は戸惑いをあらわにします。


「この女性は、この国から西に進んだ先にある暗妖の大礁海内の小島に漂着していたところを、私どもが保護したのですが」


「あ、暗妖の大礁海だと……!?」


「今後は私の家臣として、その身を剣としてくれる運びとなりまして。そして、聞けばこの者、ヒデサト家とは浅からぬ縁がある者らしく、その縁もあってこうして我々はこの国に来たのです」


「……縁もなにも。そやつは……」


「さて、そうなると。フジクラ家の皆様には少しばかり謝らなければならないことがあります。先ほどは、ヒデサト家とフジクラ家の間で争いが起これば、両家の戦力を完膚なきまでに蹂躙するとお伝えしましたが……」


 お嬢様は、ニッコリ笑って続けます。


「私も所詮は人の子。どうしても身内には甘い顔をしてしまうこともありまして。もし、この者から涙ながらに嘆願されれば、ヒデサト家に対して矛を向けることに、多少なりとも躊躇をしてしまうかもしれないのです」


「……!」


 お嬢様は暗に、「このままだとフジクラ家だけを攻め滅ぼすこともあり得るぞ」と伝えました。


 そして。


「しかし、それだとそちらが不公平に思うかもしれません。なので提案なのですが。……そちらの家からもどなたか、私の家臣となっていただける方を出しませんか?」


 もちろん無理強いはしませんが、とお嬢様は、戦慄したような表情のフジクラ家の方々に対し、「人質を出せば何かのときは手心を加えてやる」と申し出たのでした。

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