第051話・輝ける場所へ


 お嬢様からの申し出があり、フジクラ家のご当主さんたちが城の中に帰っていってしばらく待つと、ご当主さんたちは一人の女性を連れて会談の場まで戻ってきました。


 慌てて豪華な着物を着せて連れてきたのか、着付けの甘い部分がチラホラあるのですが、そんなことはお構いなしにその女性をお嬢様の前に連れてくると。


「家中の者に申し向けたところ、この者が是非ともハローチェ殿にお仕えしたいと、そう申しておるのだ!」


 ご当主さんは満面の笑みで言います。

 それはまるで、不良在庫を思わぬ高値で売り払えたといわんばかりの笑みでした。


 連れてこられた女性は、お嬢様の面前で三つ指をつき、静々と頭を下げます。


、ハローチェ様。フジクラ家の三女、ウルワシハナと申します」


 短めの黒髪に、前髪の一房だけ白髪が混じったその女性は、自信に満ちた声で自己紹介をしました。


「ウルワシミハナ姫ですね。私の家臣になり、私のもとで働きたいと。その言葉に、嘘偽りはありませんか?」


「はい、ハローチェ様ほどのお方にお仕えできるとあれば、光栄の極みに存じます。不肖の身ではありますが、何卒、宜しくお願い申し上げます」


 お嬢様は、鷹揚に頷きました。


「分かりました。ウルワシミハナ姫の忠誠を、篤く期待します。これより貴女は私の家臣として、私に従い私を支え、私の進む道行をともに歩みなさい」


「喜んでお供致します。……それと、私のことはどうかレミカ麗美華とお呼びください。そちらのほうが、呼ばれ慣れておりますので」


 フジクラ家の三女、レミカさんは。



 こうして、お嬢様の家臣となったのでした。




 ◇◇◇


「いやぁ、しかし。笑っちゃうなぁ。お父様からあんな笑顔を向けられるなんて」


 海上を飛行するカベコプターの中で、以前にも着ていた服装に戻ったレミカさんが、感慨深そうにしています。


「私が家から出ていくのがよっぽど嬉しかったみたいだ。まぁ、お父様からしたら私は扱いずらい子だっただろうし、仕方のないことなのかもしれないけどね」


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべたレミカさんに、レディース総長風の結界服に着替え直したナルさんが言います。


「なんだ、レミカ。なんだかんだ言っても、やはり家から出されるのは寂しいのか? アンタも私と同じで、家の中に居場所なんてない人間だと思っていたが」


「それはそうだったけど……。やっぱりほら、その現実を面と向かって叩き付けられると、悔しさとか悲しさとか、色々思うところはあるんだよ。少しでも皆の役に立てればと思って鍛えたりもしたけど、結局誰も褒めてくれなかったし」


「どのみち、あのまま家にいても窮屈な思いをし続けただけだろうし、こうして伸び伸びやれるところに身を置けるようになったんだから、そんな細かいことは気にしなければいい。血が繋がっているだけの他人の目など、気にするだけ時間の無駄だ。それよりも、自分を必要としてくれる人間に巡り会えた幸運を、もっと噛み締めるべきだろう」


「私もナルちゃんみたいにすぐに割り切れたら良いんだけどなぁ……。こればっかりはなかなかねぇ……」


 困ったように眉を下げるレミカさんに、ナルさんもそれ以上は言いません。


「そうか。まぁ、ゆっくりと気持ちの整理をつければいいさ。どちらにせよ、先は長いんだからな」


 ちなみにナルさん、下を見てしまわないようにずっと目を瞑っています。


 今回作ったカベコプターは単なる半透明の立方体ではなく、きちんと乗り物の形をさせてある(空飛ぶ屋形船です)ので、窓から下を見なければ大丈夫だと思うんですけどね。


 ちゃんと床も結界製の畳にしていますし。


「それにしても、ナナシ君の結界術はすごいね。いや、お城に乗り付けてきたアレとか、お城の皆を捕まえた結界とかもすごかったけど……。この畳も全部結界壁の形を変えて作ってるんでしょう? ここまで細かく作り込めるなんて、恐ろしい精度だと思うよ」


 レミカさんが、畳の縁を指でなぞりながら言いました。

 水兵服からいつもの結界服(薄手の長袖ニット服とジーンズパンツ風のもの)に着替えたジェニカさんも、それに同意します。


「ほんとうにそうですよね。ナナシくんの結界術、日を追うごとに精密さが増している気がします。いったいどこまでできるようになるんでしょうか……」


「……まぁ、ナナシの怖いところは、ここまでできるようになってもなお、現状で満足せず常に新しいことを考え続けているところだな。だから成長の速度が尋常じゃないし、果てしなく成長する」


「まるで竹だね。私も見習わないとだ」


 どうも、破竹の勢いで成長する男、ナナシです。


 うーん。褒められてる、んですよね、これ?


 いやまぁ、確かに僕は向上心という言葉を辞書で引いたらその用例に出る(出ない)ぐらい、より良くなることを常に求めていますけども。


 それって、別に普通のことだと思うんですけどね。


 現状に満足して停滞し始めると、なんだか損をしているような気になりますし。


 ところでお嬢様、また今度は西に向かって飛んでいるのですが、次はどちらに向かうのですか?


「そうね。同行人も増えたことだし、一旦森に帰ろうかと」


 ほほう。極魔の大森林にですか。


 いや、僕としては神殿で礼拝ができるので大歓迎なのですが、他の皆さんはよろしいのでしょうか。


「ジェニカさん以外は大丈夫よ。ジェニカさんも、どこかのタイミングで説得するわ」


 まぁ、お嬢様がそう仰るなら。


 あとそれと、少しティラノ君のお肉とかの残量が心許なくなってきていましたし。


 この機会にいっぱい狩って、在庫を増やしたいと思います。


「そうね、それも大事なことだわ。色々狩って、色々獲って、皆でまたしばらく鍛えましょう。そして冬になったら」


 お嬢様は、南のほうを指差します。


「灼熱獣の棲む不毛の大地、砂塵と流砂と蜃気楼の秘境『煉獄の大砂漠』に向かうわよ」


 了解しました、お嬢様。



 こうして僕たちは、次なる秘境を目指して飛び続けるのでした。

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