第046話・女子校でバレンタインチョコをたくさんもらうタイプのお姉さん


 僕とお嬢様は立ち止まって顔を見合わせます。


「お嬢様、僕たちを呼ぶ声がしませんでしたか?」


「いえ、気のせいよ」


「そうですか。そうですよね」


「そうよ。行きましょう」


 そして聞き間違いだろうということで意見が一致したのでまた歩き出しました。


「いやいやいや、待って待って待って。そんな風に無視されるとさすがに悲しいよ」


 すると、わざわざ僕たちの前にやってきて話を続けます。


「ね、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ。お茶もお菓子も当然私がご馳走するからさ。ね?」


 僕とお嬢様は再び顔を見合わせました。


 いや、これってほんとにナンパなんですか?

 何かの間違いとかではなく?


「間違いじゃないし、間違いなく君たちに声をかけたよ。で、どうかな? 君たちの時間を少しだけ私にくれるなら、これほど喜ばしいことはないのだけれど」


 僕は、僕たちをナンパしてきたをじっと見つめます。


 年齢は二十歳そこそこぐらいでしょうか。

 茶目っ気たっぷりな雰囲気の、全体的に細身の女性です。


 この国の女性には珍しく着物を着ておらず、ボタン周りにフリルのあしらわれた白いシャツと、細身のスラックス形のズボンを履いています。


 真っ黒い髪は短めに切り揃えられていて、前髪の一房だけ真っ白くなっています。


 細い眉と、凛々しくキリッとした目元。

 しかしどこか楽しげな様子の伺える濃いめの青色の目。


 鼻筋はすうっと通っていて、中性的な美しい顔立ちの……、なんというか、女性からも人気のありそうなお顔の方です。


 王子様タイプっていうんですかね?

 宝塚とかで踊っていそうです。


 身長はそこまで高くないのですが、全体的に細身なので、すごくスラッとして見えます。


 ただ、お胸だけはなかなかボリューミーです。シャツの胸元をはだけていることもあり、この方を男性だと勘違いする人はいないでしょう。


 スラックスに隠れたお足も、全体的に細く長く、しなやかそうです。


 この人も腰の位置が高いですねぇ。

 踏まれて見上げてみたいものです。


 うーん、なるほど。


「ちなみにお姉さんは、お嬢様と僕のどちらに声をかけたのですか?」


「両方だけど?」


「そうですか。ではノーサンキューです。僕のお嬢様を不埒な目で見る方を、お嬢様に近づけるわけにはいきませんので」


 いくらお足の美味しそうな人でも、お嬢様に邪な目を向けるかもしれない人はお断りです。


 行きましょう、お嬢様。

 もし追いかけてくるようなら、僕の結界に閉じ込めて足止めします。


 僕はお嬢様を促してこの場を離れようとしましたが。


「……いえ、ナナシさん。少し待って」


 そう言うとお嬢様は、ナンパお姉さんの顔を見つめました。

 ナンパお姉さんはお嬢様に見つめられて、嬉しそうに目を細めます。


「……なるほど、貴女は」


「何か分かったのかな?」


 お嬢様は、ふぅ、とため息を吐きました。


「ええ、まぁ。……ナナシさん、せっかくの申し出だから、お茶をご馳走になりましょうか」


 マジですか、お嬢様。

 いえ、お嬢様がそう仰るのであれば、そうしますが。


「ありがとうね二人とも。それじゃあちょっと、ついてきてよ」


 そうして僕たちはナンパお姉さんについていき、町の大通り沿いにある茶屋に入りました。


 お茶とお団子とお饅頭を注文してから、ナンパお姉さんが微笑んできました。


「改めて、ありがとうね。私に付き合ってくれて。私の名前はレミカ。君たちは?」


「レミカ様、ですね。私はハローチェ。こちらは私の従者のナナシです」


 僕はお嬢様の言葉に合わせて頭を下げます。

 ナンパお姉さんは、レミカさんという名前のようですね。


「しかし、レミカ様。ずいぶんと急ですね。どうしてこのようなことを?」


「うん。最近話題の二人から個人的にお話を聞いてみたくてね。たまたま姿が見えたから、ちょっと声をかけさせてもらったんだよ。それと声をかけた時の言い回しは最近読んだ本に書いてあってね、一回やってみたかったんだ」


 どんな本を読んだというのでしょう。

 週間ナンパ実践塾とかでしょうか。


「つまり、レミカ様のとは関係ないと?」


「そうだよ。あくまで私個人が、君たちと話してる。それに実際見てみたら、ずいぶんと面白そうな子たちだとも思ったし。仲良くなれたら楽しそうだなって」


 そうですか、とお嬢様は考え込みます。

 するとレミカさんは、今度は僕に視線を向けてきました。


「君は、……一応聞くけど、男の子なんだよね?」


 そうですよ。

 どこからどう見ても百パーセント男です。


「うーん、そうか。いや、異国風の見た目の可愛い女の子二人組って聞いてたからさ。噂もあんまりアテにならないなと思ってね」


 ふむ?

 その噂というのは、どういうものなのですか?


「異国風の見た目の、見たこともない可愛らしい女の子が、この国の着物を着て町中を歩き回ったり、いろんな工房や作業所を見学しては女神様像と呼ばれる精巧な木像を置いていくって。だから、異国の神がこの国にも信仰を求め天使を遣わしたんじゃないかって、そんな感じに言われてる。この国で栄えている宗教の信者たちは商売敵になるんじゃないかって警戒してるし、木像をもらえたら幸福が訪れるんじゃないかって言ってる人たちもいるよ」


 なるほど。


「お嬢様が可愛らしい女の子であることになんの異論もありませんが、僕は男ですし、木像を渡しているのは見学のお礼というだけのことなのですけどね。それはそれとして女神様像が欲しいのであれば、お渡しするのもやぶさかではありませんが」


 女神様の知名度が上がることは良いことですので。


「そっか。ここのお団子が美味しかったら、お店の人に渡してあげるといいんじゃないかな。喜ぶと思うよ」


 分かりました。

 前向きに検討します。


「ちなみになんですが。レミカさんは歳下趣味なのですか?」


「え。まぁ、うん。どちらかと言えば、だけど」


「それなら男の子と女の子、どちらがお好きです?」


「うーん、可愛ければどちらでも」


 ううむ、やはりちょっと気をつけないとダメですね。

 この人、お嬢様のことを邪な目で見るかもしれません。


 見た目は爽やか王子様系でも、中身がロリ好きレズお姉さんだったら困ります。事案が発生してしまいます。


「……心配しなくても良いよ。今回はそういうつもりはないからさ」


 今回は、とかいうのが余計に怪しいですね……。


 むむむ……。


 そんなこんなと話していると、お茶とお団子とお饅頭が出てきました。

 僕はお団子を一口食べてみます。


 ……ほほう、良いですね。

 みたらし団子美味しいです。


 続いてお饅頭もぱくり。

 うん、こちらも餡子が丁寧に練られていて美味しいです。


 お茶を一口すすって、今度は三色団子をぱくり。

 うーん、良いですねぇ。


 レミカさんはちょっと怪しいですが、レミカさんが連れてきてくれたこのお店は良いお店です。


 僕が、このお店に寄贈する女神様像をどれにしようか考えながら味わっていると。


「……ところでレミカ様。少し相談したいことがあるのですが」


 お嬢様が、そう言います。


「うん、良いよ。なに?」


「貴女のお家のことを、色々とお聞きしてもよろしいですか? お家での、貴女の立ち位置なども含めて」


 レミカさんは、嬉しそうに笑います。


「もちろん良いよ。私が話せることなら、なんでも」


「それならお聞きしますが、……今、そちらの家は、どのような様子になっているのですか? 次期当主様が行方知らずになってしまったと、風の噂でお聞きしたのですが」

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