第047話・情報共有


 周りに聞こえないような小さな声で問うお嬢様。

 レミカさんも、同じような静かな声で答えます。


「風の噂……ね。まぁ、どこから吹いてきた風かはさておくとして。ウチは今、おおいに荒れてるよ。二番目と三番目は我こそが次期当主と息巻いてるし、一番目を慕っていた四番目は、相手の家にもなんらかの形で責任を取らせるべきだと主張して私兵を集めていて、父上もそれを容認してる」


「なるほど。やはりそうですか」


「そんな最中に相手方の家から会談の申し入れが来たものだから、いったいどのような話か、果たしてどう責任を取るつもりなのか、と皆好き勝手に言っているよ。責任も何も、大嵐で船が沈んだのなんて、誰のせいでもないというのにね」


 レミカさんは、やれやれという感じに肩をすくめました。

 お嬢様は居住まいを正して言います。


「私としましても、両家の間で諍いが起こることは避けたいと思っています。ただ、何事もなく終わるためには感情面でのしこりが大きすぎる、ということも分かっていますし、一筋縄ではいかないであろうことも理解しています」


「そのうえでなお、会談の場を設けたと?」


「はい。両家の間で何事かの確執が生まれ、その結果として両家が統治する土地と、そこに住む人々に不利益が生まれることは許容できない、と考えていますので」


「……ちなみになんだけど、君は、そちらの家とはどういった間柄なんだい? そちらは、君たちのように海向こうの人間を召し抱えて、今回のように家同士の深刻な問題を話し合う場に出してくるのかい?」


「そのことについては誤解のないように申しておきますが、我々は彼の家の遣いではありません。あくまで彼の家を通じて会談の申し入れをしただけであって、彼の家の方々と会ったのもこの国に来たのも、ほんの一月ほど前のことなのです」


「ええっ? それならどうして、両家の確執を気にしているんだい?」


「まぁ、我々とも全く無関係な話でもないということと。ごくごく単純な話なのですが、戦や統治者同士の対立により真っ先に不利益を被るのは、その土地に住む民です。それらは、民からすれば避けようのない天災のようなものでしょうが、本来であれば被る必要のない痛みでもあります。そういったものは、どうにも好きではありませんので」


 お嬢様は、少しだけぬるくなったお茶を一口飲みました。

 レミカさんが、難しそうに眉根を寄せます。


「君の好き嫌いはともかくとして、先ほどの話が事実であるなら、この会談で余計に話がこじれそうに思うけどね。父上や兄上たちはそちらの次期当主殿あたりが来るものと思っているのに、実際来るのはなんの関係もないお嬢さんだ。きっと父上たちはバカにされたと思って憤慨するよ。それこそそこから、本格的な戦になるかもしれない」


「そうかもしれませんね。しかしそれは、放っておいてもいずれ来る未来かと。なにせ、こちらにはなんの責任もないことを、両家の力関係を笠に着て、こちらに責任を負わそうと考える者がいるわけですので。それであれば早いうちに、そちらの準備も整う前に、仕掛けてしまっても良いではないですか」


「……君は、会談の場で何をするつもりなんだい?」


 お嬢様は、内心の読めない笑顔でニッコリと笑います。


「さて。それを、そちらの家の人間である貴女にまでお話するのも、どうかと。貴女がそちらではどういった立ち位置なのかも存じ上げませんし」


「つれないなぁ。ここまで話したなら、最後まで聞かせてくれても良いじゃないか。私の立ち位置が気になるなら言うけど、私は家の中でも半ば見放された存在だ。家の誰も私の言葉なんて真面目に聞きはしないだろうさ。それに見て分かるとおり、こうして町中に出てきても誰も私のことなんて知らないよ。公には幼少のころから病で伏せていることになっているし、外で我が家の人間だと名乗ることも禁じられているからね」


「ふむ。なぜレミカ様ほどの方が、そのような扱いを? ハッキリ言いますが、貴女の魔力量はこの国で見た誰よりも多いように見えますし、スキル構成も特殊ではありますが、有用に見えます。もっと家の中心にいて然るべきだと思いますが」


「そんなものはもう、私が女だからということに尽きるね。君の国ではどうだっか知らないけど、この国では女がでしゃばることは良しとされてないんだ。それに私は他の姉妹たちと違って、どこかの家に嫁いで尽くすというのが向いていない性分でさ。爪弾きにしれても仕方がないんだよ」


 そう言ったレミカさんは、少し寂しそうな様子です。


 ふぅむ。


「お嬢様、お嬢様」


「なにかしら、ナナシさん」


「レミカさんは、その、僕たちが話し合いをしようとしている相手方の、ご家族の方ということなんですよね?」


「そういうことね」


「そしてお嬢様は、レミカさんが相手方のご家族さんだと分かったうえで、ナンパの誘いに乗ったということなんですよね?」


「まぁ、そうね」


「僕にはお嬢様の深謀遠慮は計りかねますが、よろしかったのですか?」


「ええ。おかげで腹も括れたわ。ナナシさん、耳を貸して」


 はい、お嬢様。


 僕は、お嬢様の口元に自分の耳を近づけて、一言一句聞き漏らさないようにします。


「今度の会談なんどけど……」


 お嬢様の声と吐息が、僕の耳をヒソヒソとくすぐります。


 ふむふむ。


 ほうほう。


 なるほどなるほど。


「……と、いう流れにしたいのだけど。どう? できる?」


 お嬢様のお言葉に、僕は自信を持って頷きます。


「任せてくださいお嬢様。女神様の名にかけて、やり抜いてみせますとも」


 お嬢様は、優しい表情でニッコリ笑いました。


「さすがナナシさんね、期待しているわ。……さて、それなら」


 そしてお嬢様は、僕たちの内緒話の間じっと待っていたレミカさんに向き直りました。


「ねぇ、レミカさん。あらためて相談なのだけれど」


 お嬢様は、大胆不敵な笑みを浮かべて、言います。


「貴女、私のもとで働いてみない?」

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