第044話・和解
◇◇◇
そんなこんなでお話し合いが行われ、全てのお話が終わったときには太陽が沈んでいました。
さくっと話し合いの結果だけまとめますと、
一、今回の件は全面的にヒデサト家が悪いです、なんでもするから許してください。を、お嬢様は寛容な心で受け入れました。
二、今後ヒデサト家の当主はビワ丸さんになり、あのお爺さんは引退のうえ離れの茶室に
三、賠償金として、お嬢様はヒデサト家から金貨二千枚相当の金銀財宝食糧その他を受け取ります。
四、ナルさんはヒデサト家の人間ではなくなりましたが、家名はそのまま使いますし、縁を切るわけではないので顔を合わせることは禁止しません。
五、一月以内にお嬢様はフジクラ家に出向き、フジクラ家の人間ともお話をしたいそうなので、ヒデサト家からその旨を連絡(通信系のスキルとか伝書鳩とかそういう手段があるそうです)し、会談の場を設けさせてください。
六、向こう数日は我々をヒデサト家の客人としてもてなしてください。美味しいご飯を期待します。
と、こんな感じになったみたいです。
ちなみに、お嬢様とビワ丸さんの話し合いの最中に、怒り狂ったお爺さん(ナルさんとビワ丸さんのお父さんのことです)が抜き身の刀片手に乗り込んできて、「正々堂々勝負をせんか卑怯者めが!!」みたいなことを言ったらしいんですが、
それを受けたお嬢様が中庭を借りてお爺さんとタイマンした(僕は全てが終わってからそのことを知りました)みたいでして、
お嬢様、戦杖を使っておじいさんをボコボコにしたらしく、お爺さんは両肩と両膝と顎の骨を砕かれたうえにノドに大上段からの逆手突き下ろしを喰らったようです。
なんというか、蟄居刑にしなくてももう二度と外を歩けない体になったといいますか、
あのお爺さん、二度とまともに刀を握れないのではないでしょうか。
しかしお嬢様。
これだけ無礼をされたというのに、相手を半殺しで済ませるのですから、まこと心優しきお人だと思います。
そういえば、以前の盗賊退治のときも全員半殺しで済ませていましたね。
あの時はまぁ、お嬢様から盗賊退治に向かったわけですので、僕も多少の反撃はそういうものとして許容できましたが。
今回のような状況でも相手に慈悲の心を向けることができるというのは、やはりお嬢様の器の大きさがすごいのだと思います。
さすがお嬢様。すてき。
はぁ……、今度お嬢様の木像を作る時は、
さてさて。
そんなこんなでしばらくの間、ヒデサト家でお世話になったのでした。
ちなみにお嬢様、初めて食べるマグロのお刺身に、目を輝かせていました。かわいい。
そしてジェニカさん、お刺身にワサビを付けすぎて涙目になっていました。こちらもお茶目でかわいかったです。
◇◇◇
そして、十日間の逗留が終わり、我々一同はヒデサト家のお城を出ることになりました。
いやぁ、なかなか。
ゆっくりと休めたのではないでしょうか。
ヒデサト家の料理長が腕によりをかけてご飯を作ってくれましたので、美味しいものをたくさん食べられましたし、何度か炊事場にお邪魔してレシピや調理法もいくつか教えてもらえました。
今ならホエールフグも毒袋を破かずに捌けますし、懐石料理だって作れますよ!
あと、畳にお布団を敷いて寝るのは、やはりいいですね。
元日本人の血が騒いでしまい、お布団を何組かと、畳も何枚か売ってもらってしまいました。
あ、そうだ。この後作るカベコプターの床は畳っぽい感じにしてみましょうか。
いつもは絨毯っぽい感じにしていましたが、もっと寝転がることに抵抗感がなくなるかもしれません。
畳でゴロゴロ。
夏休みのおじいちゃんの家みたいでいいかもですね。
もっとも、僕はおじいちゃんの家に行ったことはないんですけどもね。おじいちゃんなんていませんでしたし。
それに昔住んでいた施設の床は全部フローリングでしたし、社会人になって一人暮らし始めてからも、畳の部屋のあるところには住みませんでした。
何度か小旅行で旅館とかに泊まったときに体験したぐらいですね、畳の部屋というのは。
もしかしたら僕、心のどこかで畳に憧れがあったのでしょうか。
そうなのだとしたら、こうして憧れを叶えることができて、嬉しい限りです。
それもこれもお嬢様のおかげですね。
ありがとうございます、お嬢様。
「さて、それではビワマル様。これにて私どもは失礼いたします。たいへんお世話になりました。また相見える日を楽しみにしています」
ヒデサト家の門前にて、お嬢様が代表してお礼を申し上げました。
門内には、少しやつれた様子のビワ丸さんが見送りに来てくれています。
「こちらこそ、そちらには色々と迷惑をかけた。あらためて、お詫び申し上げる」
「いえいえ、もう済んだことですし。色々と便宜も図っていただきましたので。それに、それを言うのであれば、私も双方合意の上でのこととはいえ、前当主を再起不能にしてしまったことをお詫び申し上げねばならなくなりますから」
ニッコリ笑うお嬢様ですが、ちょっと圧が強い笑顔ですね。
言外に「一番のアホをシメたことについては謝らないぞ」と仰っているわけで、ビワ丸さんも引きつった笑顔になっています。
「は、ははは……、はぁ……。まぁ、それはそうと、ナル。……最後に少しだけいいかい?」
「なんだ、兄貴。……って、おい!」
ビワ丸さんは、ナルさんに向かって深々と頭を下げました。突然のことに、ナルさんも驚いています。
「今まですまなかったね、ナル。家のため、民のためと言いながら、ナルには嫌な思いばかりさせてきてしまった。着飾るよりも、唄うよりも、お前は強くなることを望んでいたというのに。挙げ句に貢物のように他家に嫁に出し、命からがら帰ってきたお前をさらにまた政略の道具にしようとした。お前が、この家のことを嫌っているのも仕方のないことだと思う」
ナルさんは何も言い返さずに、ビワ丸さんを見ています。
「ナルがこの家の人間ではなくなった以上、こういうことを言うのもどうかも思うんだが……、これから先、ナルが自分らしく生きていけることを、僕は心から願っているよ」
「……兄貴に言われなくても、そうするつもりだ」
「そうか……」
「……それと、私は確かにこの家のことは好きではなかったが、……兄貴のことは、別に嫌いではなかった」
えっ、とビワ丸さんが顔を上げました。
「私がどれだけ強くなり、領内の民のために戦えるようになっても、父上たちは認めてくれなかった。女のくせにだのなんだのと、言ってくるのはそんなことばかりだ。だが、兄貴だけは、私のことを政略の駒ではなく、一人の人間として見てくれていた。私は、人の言うことを聞かない生意気な妹だったかもしれないが、兄貴がそこまで言うならと、輿入れにも行くようにしたんだ」
「……ナル」
「私はこれからハローチェの剣として、この家とは関係なく生きていくつもりだが、……それでもアンタのことは、これから先も兄貴と呼ぶ。次に会うときも、その次に会うときも、だ」
ビワ丸さんが、泣きそうな顔で笑います。
「……そうか。そう言ってくれるのか」
「馬鹿。当主になった人間が、そんな簡単に泣くんじゃない」
「そうだね……、気をつけるよ」
その後、ナルさんとビワ丸さんが別れの握手をし、僕たちはお城を離れました。
そして城下町から出てしばらく歩き、人目がなくなったところでカベコプターを作成して皆で乗り込み、離陸しまました。
お嬢様が、次に向かう方向を指差します。
「ナナシさん。この方向にまっすぐ進んで海を越え、隣の島の中心に向かってちょうだい。そこに、フジクラ家のお城があるらしいから」
了解しました、お嬢様。
僕は進路を決めて移動を始めると、気になっていることを尋ねます。
「そういえばお嬢様。フジクラ家には何をしに行くのですか?」
このままナルさんと一緒にフジクラ家に行くとなると、なにかとトラブルが起きそうな予感がするのですが。
するとお嬢様は、こともなげに言います。
「今回のことでフジクラ家も大きな損害を負っているわ。跡取り息子や家臣たちを何人も失っているわけだし、乗ってきた船も流されている。ビワ丸様に聞いたけど、それはもうたいそう立派な船で迎えに来ていたそうで、それを失ったとなれば、いかにフジクラ家といえども痛手であろう、と。だから、その腹いせでヒデサト家にちょっかいをかけに来てもいけないから、先にクギを刺しておくのよ」
ほほう、つまり?
「ヒデサト家に怒りの矛先が向かないように、フジクラ家にケンカを売りに行く……、と言ったら、少し乱暴すぎるかしらね?」
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