第043話・お、じょ、う、さ、ま、の、い、う、と、お、り、
お爺さんを閉じ込めた結界は高さ二メートルで直径一メートルちょっとの円柱形です。
音も光も空気も完全に遮断しているので、外から見ればいきなり真っ暗な円筒が現れてお爺さんを飲み込んだように見えるでしょうし、
中のお爺さんからすれば、突然音も光もなくなり、身動きが取れなくなって驚いているものと思います。
あるいは結界の中で怒っているのでしょうか?
いえまぁ、どちらでもいいですけど。
これからもう驚いたり怒ったりすることもできなくなるわけですので。
「ひっ!?」
おや、どうしましたジェニカさん。
バランスを崩して尻もちをつくなんて。
そんなにお足がしびれていますか?
「貴様ら!」
「なにをした!」
周りのお侍さんたちの中でも抑えの効かなくなった何人かが同じように腰の刀を抜こうとしたので、お爺さんと同じように結界に閉じ込めます。
うんうん、中で暴れている方もいるようですが、無駄なあがきですね。
僕の結界は紅ティラノ君やデカクラ君でも壊せないものですので。
ああ、そうだ。後から後から襲われても面倒なので、ついでに残っているお侍さんたちも全員閉じ込めておきましょうか。
お話をするのは、ビワ丸さんがいれば大丈夫でしょうし。
「! 待てっ、ナナシ!」
ということで、はい。
ビワ丸さん以外は閉じ込めました。
お部屋の中にずらりと真っ黒い円柱が立ち並び、まるで墓標のようですね。
ねぇ、ビワ丸さん。
そうは思いませんか。
「な、なにが……、これは……!?」
ビワ丸さんが、僕を見てきます。
僕は、ゆっくりと噛んで含めるように、告げます。
「先ほど、刀を抜こうとした人は、全員殺します」
「なっ……!?」
「残りの人たちは、結界内で酸欠になって意識を失った時点で、解放します」
この人たちは、この世で二番目にしてはいけないことをしました。
「僕のお嬢様を傷つけようとしたのです。許せません。万死に値します。絶対に殺します」
あとは、どのような方法で処分するかですが。
ふむ、どうしましょうか。
「お嬢様。一瞬で押し潰して圧殺するか、じわじわ空気を抜いて窒息死させるか。どちらがよろしいですか?」
それとも首をねじ切りますか。
薄刃結界でバラバラに切り刻むこともできます。
結界を上空まで持っていってから自由落下させ、墜落死させるなんてこともできますが。
ねぇ、お嬢様。
どういうのが、お好みでしょうか。
そうして僕がお嬢様のお言葉を待っていると、
「やめろナナシ、……ナナシ!」
険しいお顔のナルさんに、肩を掴まれました。
なんでしょうか、今は少し忙しいのですが。
「やめろ、殺すな」
……?
「殺すんじゃない」
なぜですか?
これほどお嬢様を侮辱したというのに??
お嬢様はあくまで対話をしていました。
それであるにもかかわらず、有無も言わさずお嬢様に斬りかかろうとしたその不届、あまりにも無礼ではないですか?
仮にその行いが、この場では正当化されるものであったとしても。
僕は許しません。
そして殺すか殺されるかの世界になるのであれば。
僕の結界術とそちらの剣術、どちらが早いかというだけの話です。
まぁ、結果は一目瞭然ですけどね。
僕は勝ちました。
そして二度とお嬢様相手に無礼な行いをする者がいないように、悪い芽は根こそぎ摘んでおくべきです。
僕は、今すぐにでも円柱の高さを百分の一にまで圧縮してやりたい衝動を抑えながら、ナルさんを見つめ返します。
「ナルさん。ナルさんの言う『殺すな』は、なにゆえのものですか。理ですか、情ですか。そしてそれは、誰のためのものですか?」
ナルさんの瞳が、わずかに揺れます。
言葉に迷い、そしてためらっているようにも見えます。
すると、僕の服の裾を、尻もちをついたままのジェニカさんが引っ張りました。
ジェニカさんは、真っ青になったお顔で、涙に濡れた瞳で、僕を見ていました。
「だ、だめだよ、ナナシくん……、それは、気持ちは分かるけど、やっちゃダメ」
ジェニカさんまで。
どうしてですか。
「私、ナ、ナナシくんが、そんな
僕のかお、……ですか?
それはつまり、どういう……?
ジェニカさんの言葉の意味がよく分からずにいると、お嬢様が「コホン」と咳払いをしました。
「ナナシさん」
はい、お嬢様。
「さすが私の従者ね。不埒者どもの素早く的確な無力化、褒めてあげるわ」
ありがとうございます、お嬢様。
それでは、この者たちの処分はいかがいたしましょうか?
「そうね。個人的には、無礼者は全員まとめて圧殺刑でいいと思うんだけど」
ですよね。では、
「まぁ待ちなさいな。それでも、最終的な判断の前に、もう少しだけ対話をしてもいいと思うのだけれど、どうかしら」
ふむ。対話ですか。
すでに、向こうから手を出されていますが、それでもですか。
「ええ。幸いにして、ナナシさんのおかげで実害は発生しなかったわけだし。…….それに今が一番の交渉時よ。こちらがとてつもなく優位に立ち、どんな条件だって呑ませることができるかもしれないわ。その条件次第では、先ほどの出来事は寛容な心で許してあげてもいいとも思っているんだけど……、どうかしら、ビワマル様?」
お嬢様の視線の先には、びっしょりと冷や汗をかいたビワ丸さんがいました。
ビワ丸さんは静かに汗を拭うと、この場の誰がしたよりも美しい所作で深々と頭を下げ、額を畳に擦り付けました。
「……我が家の無礼の数々、まことに申し訳ない。我が家の当主ともあろう者が、率先して切先を向けるなど。弁解の余地もない愚行であった。平に、平にご容赦いただきたい……!」
すごい。これは美しい詫びの姿勢です。
僕が普段している土下座などとは、比べものになりません。
ナルさんなんかは、ビワ丸さんの姿を見て「兄貴……!」と驚いています。それだけ、普段見ないことなのではないでしょうか。
お嬢様が、ふぅ、と息を吐きました。
「そちらのお気持ちはよく分かりました。ヒデサト家を代表してのものとして、ビワマル様の謝罪は受け入れます」
「! まことに、かたじけない……!!」
「そのうえで、私の望む物事とそちらが出せる物事のすり合わせが必要になるものかと。その結果に応じて、この不埒者どもの処遇を決めさせていただきます」
「もちろんだ。我が家にできることであればなんでもする。だから、我が家の家臣たちを皆殺しにするのは、勘弁願いたい……」
皆殺しにはしませんけども。
お嬢様に襲い掛かろうとした不埒者たちは殺しますが、残りの皆さんはちょっと気絶させるだけのつもりでしたのに。
「ナナシさん。ひとまず、そういうことになりました。話し合いが終わるまでは、その者たちに手は出さないように」
……はい、お嬢様。
お嬢様がそう仰るのであれば。
「不埒者たちは、そのまま捕らえておきなさい。残りの方々については、解放してあげなさい」
僕は、拘束用の結界を解除し、ついでに不埒者たちが入っている結界も空気は通るようにしました。
結界から出てきたお侍さんたちは、皆一様に呆けたような表情を浮かべています。
まぁ、突然音も光もない狭いところに閉じ込められたらそうなりますよね。ものすごいストレスを感じたこととは思います。
「ナルさん、ビワマル様とのお話し合いについてきてくれるかしら。ジェニカさん、ナナシさんのことをお願いね」
行きましょうか、ビワ丸様。
と、お嬢様たちは、お話し合いをするために別のお部屋に行ってしまいました。
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