第042話・一触即発


 ワーフー諸島連合国の「ワーフー」とは、つまり「和風」のことのようでして。


 この国もおそらく、昔々にやってきた元日本人の転生者が、文化の土台を作ったのだと推測できました。


 見てください、あの大きなお城。

 石垣の周りにお堀があって、お城の上には天守閣? があります。


 瓦屋根の上にはシャチホコも乗っていて、見張りで立っているのは鎧兜を着た足軽さんみたいな人たちです。


 戦国時代なのか江戸時代なのか、はたまた幕末なのかは分かりませんが、とりあえず昔の日本のイメージがそのまま目の前にありました。


 城下町では着物を着た人たちが木製の長屋に住んでいて、町の周りには田んぼが広がっています。


 お米!!?


 僕は、お嬢様とジェニカさんに拝み倒してお米やお味噌やお醤油やらをたくさん買ってもらいました。


 これで食生活のさらなる向上が見込めます。やったね!!


 それから、ナルさんに案内していただいてナルさんのご実家とやらに向かうと、着いた先は町に入った時から見えていた、大きなお城でした。


 ほほう、なるほど。


 ナルさん、ナルさん。

 ちょっとよろしいですか?


「なんだナナシ」


 ナルさんって、お姫様だったんですか?


「姫というと柄にもないが、あの城の主は私の父で、この付近一帯を治める人間であることは間違いない」


 ほへー……。


 ハローチェお嬢様もそうですけど、お姫様って案外身近な存在なんですね。


 このナナシ、またひとつ賢くなりました。


 そうしてお城に近づくと、門番として立っていた足軽さんがナルさんの顔を見て驚き、ナルさんが二言三言話をすると、みんな揃って城内に案内されました。


 そしてあれよあれよという間に畳敷きの大広間みたいなところに座らされ、僕たちの周りを刀を腰に吊った着物姿でちょんまげ頭の人たちがずらりと囲みました。


 僕たちはナルさんが一番前で、その斜め後ろにお嬢様、お嬢様の後ろに僕とジェニカさんが並んで正座しています。


 ジェニカさんが早くも足がしびれてピンチなのはさておき、ナルさんの対面に上等な着物を着た若い男の人がやってきて座りました。


 ナルさんが、静かに頭を下げます。


「お久しぶりです、ビワマル琵琶丸兄様。恥ずかしながら、戻って参りました」


 そしていつになく丁寧な言葉遣いで話します。

 なんだか新鮮です。


 そして、ほほう。

 この方はナルさんのお兄さんなんですね。


 ぱっと見た感じ、理知的で穏やかな感じの人に見えます。ナルさんと同じ黒い髪ですが、こちらは全体的にクセがついてうねっています。


 顔つきは、言われて見てみれば似ているかな、って感じですね。赤縁メガネとか似合いそうです。


 ビワ丸さんは、ナルさんに対して優しげな笑みを向けました。


フジクラ藤蔵家の者から、迎えの船が大嵐で流されて帰ってこないと聞かされた時は慌てたものだが、なにはともあれこうして無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」


「はい。私も一時は死を覚悟しましたが、よき仲間に巡り会い、こうしてまた帰ってくることができました。アヤガラ絢伽藍殿をはじめフジクラ家の方々についてはまことに残念ですが、私の他に生き延びた者はいないでしょう」


「そうか……」


 ビワ丸さんは難しそうな顔をして黙り込みました。

 ナルさんもビワ丸さんの言葉を待っているみたいで、口を開きません。


 すると、ふいにビワ丸さんの視線が、お嬢様に向きました。


「ところで、後ろの方々は?」


 お嬢様が、美しい所作で頭を下げました。


「お初にお目にかかります、ビワマル様。私、名をハローチェと申します。故あって家名を名乗ることはできませんが、ここより遥か西の、海向こうの地にて生まれ育った者にございます。また、私の後ろに控えるは、ともに旅をする仲間のナナシとジェニカと申します」


 僕とジェニカさんも頭を下げると、ビワ丸さんが頷きました。


「君たちが、ナルを助けてくれたと。そういうことで、いいのかな?」


「間違いありません」


「そうか。西の海向こうと言えば、たいそう遠いところだ。そこからここまで、ナルを連れてきてくれたと。それはご苦労だったね。あとで褒美を取らせるよ」


 その言葉に、お嬢様は優雅にニッコリと笑います。


「褒美など、とんでもございません。私は褒美目当てにナルさんを連れてきたわけではありませんので」


「……ふむ。それは、どういう意味かな」


 お二人の雰囲気が、少し変わりました。

 僕たちの周りに座っているお侍さんみたいな人たちも、にわかにどよめきます。


 お嬢様は、よく通る声で言いました。


「簡潔にお伝えしましょう。ナルさんは、私のとなりました。本日ここに来たのは、その旨をお伝えするためです」


「……君は何を」


「フジクラ家のアヤガラ殿、でしたか。その方への輿については、断念していただくのがよろしいかと。もっとも、アヤガラ殿も行方知れずである以上、すでに婚姻は不可能になったものと思われますが」


 お嬢様の言葉に、周囲のざわめきが大きくなっていきます。


 というか、えっ。


 輿入れとか婚姻とか言ってますけど。


 それってあれですよね。

 結婚するってことですよね。


 つまりナルさん、婚約者がいたんですか!


 それで、その婚約者さんも嵐に巻き込まれて行方知れずになっていると。


 それはなんとも、たいへんな事なのではないでしょうか。


「聞けば、アヤガラ殿とはフジクラ家の正統な後継者であり、フジクラ家はこのヒデサト秀郷家よりも力を持つ家であると。なるほど、ナルさんほどの逸材を差し出してでも縁を深める必要があったと、そういうことなのでしょう。……ですが」


 お嬢様が、笑みを消してスッと目を細めました。


「それは、私が関知するところではありません。私はナルさんが必要だから引き入れますし、それによって今後、このヒデサト家の方々が困ってしまうとしても仕方のないことだと思っています」


「……!」


「どうぞ、ヒデサト家にありましては、今まで通りもうナルさんが帰ってこないものとして過ごしていただければ。……私がお伝えしたいことは以上です。それでは皆様、ごきげんよう」


 そこまで言うとお嬢様は、驚きすぎて言葉を失っているビワ丸さんやざわざわしているお侍さんたちを無視して、すっと立ち上がりました。


「行きましょう。ナルさん、ナナシさん、ジェニカさん。もうここには用はありません」


 ナルさんも立ち上がり、僕は足がしびれて動けないジェニカさんに肩を貸し、


「ま、待つんだ!」


 ビワ丸さんが、険しい顔でお嬢様を呼び止めました。


「なんでしょうか? まだ何か?」


「何か、じゃない! そんな一方的な話、受け入れられるわけないだろう!」


 ビワ丸さんの言葉に追従するようにして、周りのお侍さんたちも「無礼な!」とか「身の程知らずの小童が!」とか「女のくせに生意気な!」とか、声を荒げ始めました。


 おやおやおや、皆さん。


 もしかしてですけど、僕のお嬢様を貶しているんですか??


 僕は、足の痛みで引きつったお顔のジェニカさんに肩を貸したまま、静かに両手の平を合わせます。


「一方的な話とは、おかしなことを仰いますね。これは私とナルさんが双方納得し、合意のうえでの話です。私はナルさんを召し抱え、ナルさんは私に忠誠を誓う。そういう話である以上、一方的ではないものかと」


「我々が受け入れられないと言っているんだ! それに、ナル! ハローチェ殿に忠誠を誓ったというのは本当なのか!?」


 ナルさんは、静かに頷きます。


「その通りです、兄様。私はハローチェ殿たちに命を救われた身。なればこの身は、大恩あるハローチェ殿に捧げるべきものです」


「くっ……!」


 ビワ丸さんが、ギリリっと歯を食いしばりました。

 悔しさか、怒りか、はたまた憎しみか。


 ハローチェお嬢様を強く睨みつけます。


 と、そんな時。


 ドンドンドンという激しい足音とともに、一人のお爺さんが姿を現しました。


 そしてナルさんを見るや白髪を逆立て、声を荒げます。


「ナル、貴様! ただひとりで生き延びて帰ってくるとは! よくもワシの顔に泥を塗りおったな!」


 ビワ丸さんが「父上……!」と驚いた様子を見せます。

 ナルさんは嫌そうに顔をしかめました。


 お爺さん(ナルさんのお父さんなのでしょうか。そのわりにはお年を召しているように見えます)はズカズカとナルさんに歩み寄ると、一言「来い」と言いました。


 そして手を掴んだ引っ張っていこうとしたので、ナルさんはその手を振り払いました。


 お爺さんの目が、ギロリとナルさんを射抜きます。


「なんの真似だ?」


 ナルさんは答えません。

 代わりにナルさんの横に立つお嬢様が、凛とした声で言います。


「そちらこそ、いきなりなんですか。あまりにも無礼ではなくて?」


 その言葉に、お爺さんからが、



 …………は???



「失せろ小童が! ……っ!?」


 次の瞬間、お爺さんが愚かにも腰の刀に手をかけてお嬢様に斬りかかろうとしたので、僕はお爺さんを完全遮断結界に閉じ込めてやりました。

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