第031話・海中大決戦
デカクラ君の巨体と綱引きをしても、まるで勝てる気がしませんでした。
小学生二十人対相撲取り二十人で綱引きしているようなものです。
さすがに質量が違いすぎて、抵抗らしい抵抗ができません。
本来なら、素早く結界の設定を変更して移動力を高め、この触手を振り払うべきなのですが。
それで脱出できるかちょっと怪しいところがあるのと、そもそも僕たちはコイツから逃げているわけではありません。
僕は、美味しいゲソ焼きを食べるために、コイツを狩りに来たのです。
なので逃げるためではなく、倒すために結界術を使いたいと思います。
僕は、両手の平を合わせて新しい結界の起点をひとつ作り、それを頭上に向けて動かしました。
海中にどんどん沈んでいく僕たちとは反対に、結界の起点は海面を超えて空中に出ます。
「結界作成」
空中で、めちゃくちゃ巨大な結界を作ります。
デカクラ君が軽々入ってしまうくらい、デカいやつです。
それを、僕はまた小さく小さく圧縮していきます。
ぐっ、流石にここの結界を維持しながらだと、圧縮に時間がかかりますね……!
ミシミシミシミシ、ミシミシミシミシミシ……。
触手と水圧砲と海中の水圧で、結界壁がごりごりと軋んでいます。
錆びたブランコを漕いでる時みたいな音がそこかしこから聞こえてきています。
「ナナシさん! ここからどうするの! 何か私にできることはある!?」
「もうだめだーー!! お父さんお母さーん!!」
僕は、真剣な顔でお嬢様にお願いしました。
「策はあります! 現在実行中です! 必ず成功させてコイツを仕留めます!!」
「分かったわ! 信じます!!」
「だからお嬢様、僕の顔をお足で踏んでください、お願いします!!」
お嬢様は、ノータイムで右足の靴を脱ぎ去ります。
僕はその場で仰向けに倒れました。
「ナナシさんファイト!!」
お嬢様が、生足で僕の顔を優しく踏みつけてくださいました!
お嬢様の匂いと味と感触が、僕の感覚を満たしていっぱいになります!
こ、これは……!!
う、うおおおおおーーー!!
み な ぎ っ て き ま し た!!!
見ていてください女神様!!
僕はやります!! やってみせます!!!
全力でドーピングのかかった僕の脳ミソはかつてない速さでフル回転し、結界の圧縮変形に伴う処理負担を解消していきます。
そして、小さく圧縮し終えた超巨大結界を、僕たちのところに向けて戻し始めました。
「ほらほらほら! 生きて帰れたら私たちの足でもなんでも好きにしていいから、最後までがんばりなさいな!!」
「ナ゛ナ゛シ゛ぐぅーん゛!」
お嬢様の踏み踏みエールを受けてさらに限界を超えた僕は、現在数百メートルは沈んだであろう海中まで、圧縮結界を持ってくることができました。
僕はこれをデカクラ君の目の前に持っていって爆発、……させるのではなく。
「圧縮、……解除!」
縮める前の大きさまで一瞬で戻し、超巨大結界内に僕たちとデカクラ君を取り込みます。
すると、どうなるか。
「……!」
一瞬の浮遊感。
浮力を失った感覚。
そう。ここは海中です。
それならもし、自分の周囲から一気に海水がなくなったら?
それは、空中に放り出されたことに等しいのではないでしょうか?
「落ち……!?」
海中ではまるで敵なしのデカクラ君といえども。
周り全てが空気の中では、ただただ落下することしかできません。
「結界作成!」
僕は、カベコプターのすぐ内側にもう一つ別のカベコプターを作成すると、デカクラ君の触手が張り付いた外側の結界壁を大きく押し広げて触手の隙間を作り、結界壁を解除しました。
そしてうねる触手の隙間を抜けて拘束から抜け出し、超巨大結界の上方へ退避します。
キュオオオオオオオオォオオォオ!?
デカクラ君は、突然の状況変化に対応できず、結界の底まで落下しました。
ズチョアンッ!!
と、硬いのか柔らかいのかよく分からない音を立てて着底し、大量の触手がわななきます。
僕は、カベコプターの結界底面から両手を透過させて下に向けると。
「結界作成・薄刃」
薄くうすーく薄刃結界を伸ばしていき、結界の底でうごめくデカクラ君の目と目の間に突き立てます。
確かイカは、ここに脳があったはずです。
そして薄刃結界を突き立てたまま素早く上下に動かして、刃先でめちゃくちゃに切り刻みます。
デカクラ君の巨体が、ビクンと引きつけを起こしたみたいにけいれんしました。
大量の触手が、最後の力を振り絞って僕たちを捕らえようと伸びてきますが。
「結界作成」
一面だけのバリア状結界壁で触手を遮断し、弾きます。
やがて、圧倒的な生命力を持つであろうデカクラ君の巨体から力が抜けていき、触手がヘタレて底に落ち、ピクリとも動かなくなって。
無事にデカクラ君を、倒すことができました。
僕は、ゆっくりと超巨大結界を動かして、海上に戻っていったのでした。
◇◇◇
夕方。ゆっくりと陽が沈み始めたころ。
誰も彼もが沈みきった心持ちの町に、海から何かがやってきました。
遠目からではよく見えなかったそれは、徐々に港に近づいてくるにつれて、住人たちを唖然とさせます。
なにせそれは、見たこともないような巨大なイカだったのですから。
巨大なイカが、なにやらうっすらと光るイカダの上に横たわり、ピクリともしません。
町の誰かが叫びました。
「化け物の上に誰かがいるわ!」
「化け物はピクリとも動かないぞ!」
「まさか、この化け物を……!」
やがて、港の中まで入ってきたところで、化け物イカの上に立つ銀髪の女の子、……お嬢様が、言いました。
「私の名前は、ハローチェ! 故あって家名は名乗れませんが、ここに宣言致します! この町を脅かす化け物は、私と私の頼れる従者が討伐致しました! 町の皆様、どうかご安心なさってください!!」
お嬢様は、ハキハキとよく通る声で宣言すると、片手に持った深い青色の大きくて丸くてツルツルした石を掲げました。
「この巨大な魔石は、この化け物の体内から採れたものです! これほど大きな魔石を持つ生き物が、他におりましょうか!?」
それを見た町の住人たちは、徐々に現実を理解し始め、それから歓喜に沸きました。
あの海軍の軍艦ですら倒せなかった化け物が、確かに力なく横たわっている。
これほど衝撃的なことが、他にあるでしょうか。
住人の誰かが、叫びました。
「宴だ! 宴をするぞ!」
「酒をもってこい! 料理を作ってこい!」
「あの英雄たちをもてなすんだ!」
そして誰かが両手を上げて叫びました。
「ハローチェ様、万歳! ハローチェ様、万歳! ハローチェ様、ばんざーい!!」
そうして万雷の拍手とともに、僕たちは港の人々に迎え入れられたのでした。
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