第030話・海上大決戦


 海軍艦隊半壊の報せを聞いた日のお昼頃、また旅に戻ると告げて宿屋を出た後、町から少し離れたところの街道沿いでキャンプをしました。


 そして翌日の早朝。


 僕たちはカベコプターで海上五十メートルぐらいの高さまで上がると、町の沖合に向けてひたすら海上を進み続けました。


 ジェニカさんが、ぶるぶる震えながら僕の服を引っ張ります。


「な、ナナシくん、ほんとに、ほんとに行くの??」


 はい、ジェニカさん。


 僕は巨大クラーケンを、狩ります。


「ナナシくんの結界術がすごいのは知ってるけど、さ、さすがに無茶だと思うよ。だって相手は軍艦が挑んでも倒せなかった、正真正銘の化け物だよ??」


 大丈夫です。倒します。


「は、ハローチェさん……」


「ジェニカさん。現実問題として、貴女の国が誇る海軍艦隊の攻撃が通じないような化け物だとすれば、もはや貴女の国だけの問題ではなくなる可能性が高いわ。この海の沿岸を領土とする国は他にもあるし、海向こうとの貿易船が止まり続ければ内陸の国々にも影響が出るもの」


 ハローチェお嬢様は、憂いを帯びた瞳で海面を見ています。


「それにしても、軍艦が出てきたのであればなんとかなるかもしれないと思っていたけど……、甘い考えだったわ。被害を最小限に抑えるのであれば、やはり艦隊より先に私たちで討伐するべきだった」


 そうすればこの国の戦艦乗りたちの命を助けることもできたのに、とお嬢様は言います。


「いやいやいや!? そんなことないですって! 海軍が出るから誰も海に出るなって言われてたじゃないですか! 私たちは、それで良いんですよ! 百歩譲ってこの国の人間である私が心を痛めることはあっても、別の国の人であるハローチェさんがそんな苦しそうな顔をしなくてもいいんですって!!」


「そういうわけにもいかないのよ。……それに私、どのみちこの海の先に用事があるから、いずれは海に出たいと思っていたのよ。その障害となるなら、超巨大クラーケンだって退けてやらなくちゃ」


「こ、この海の先って……、海向こうの国に行きたいということですか」


「いいえ。暗妖の大礁海に行きたいの」


「は……?」


 ジェニカさんが、ポカンと口を開けて固まりました。


「そ、それって極魔の大森林に並ぶ化け物の巣窟じゃないですか!? そんなとこ行っちゃあダメですよ! 死んじゃいますよ!?」


「大丈夫です。皆さんは僕がお守護りしますので」


「そういうことじゃなくて……! ……ん? というか皆さんってことは、もしかしなくてもそれ、私も一緒に行くって話ですか……!?」


「そうよ。いついかなるときも私とともに歩み、ともに稼いでいきましょうと言ったでしょ。私たちがどんな危険なところに行こうとも、貴女にもどこまでもついてきてもらうわ」


「……うわーん! 聞いてないよー!?」


 だいぶパニクってきたジェニカさんはさておき、僕もなんだか背筋がピリピリしてきました。


 なんというか、桁違いの魔力の圧を感じます。


 あの紅ティラノ君よりも、もしかしたら強いプレッシャーを感じているかもしれません。


 お嬢様、おそらくは。


「そうね、ナナシさん。このあたりの海中に、奴はいるわね」


 ですよね。

 超巨大クラーケンこと、デカクラ君がいますね。


 僕は、カベコプターを空中で停止させ、移動力の代わりに防御力を高めます。


 さて、お嬢様。

 まずは先制攻撃といきたいのですが、よろしいですか。


「いいわ。うんと強いのでやってやりなさい」


 了解です。


 僕は、両手の平を合わせると、いくつかの結界の起点を作って遥か上空に動かします。


 そして、数百メートル上空で一片が数十メートルはある巨大な立方体の結界(完全非透過状態)をいくつか発生させると、それらの結界の形状を変化させて、どんどんサイズを小さくしていきます。


 これにより、結界内の空気を超高圧に圧縮していくのです。


 やがて、立方体の一片が数センチメートルぐらいまで圧縮し終わると、圧縮立方体を海中に次々と落としていきます。


 そして、安全確保のためにカベコプターをさらに上空に移動させると、僕は圧縮結界の耐久力をゼロにします。


 すると、どうなるか。



 ドドドドドドーーーーーーンンン!!!!!



 海中で結界が破裂し、圧縮しまくった空気が一気に膨張します。


 それらは海中で凄まじい衝撃を発生させ、海面が大きくうねりをあげて水柱が立ち昇りました。


「きゃあああぁぁぁあああああっ!!?」


 はちゃめちゃな炸裂音と巨大な水柱、空間を震わす衝撃にジェニカさんが悲鳴をあげます。


 僕は、大波の広がる海面をじっと見つめ、その奥から来るであろうモノを待ちました。


 そして、奴は来ました。


 キュオオオオオオオオォオオォオオオ!!!


 イカとは思えない鳴き声(鳴き声? それとも威嚇音?)を出しながら、海中からウネウネの長い足が何本も出てきました。


 おおう、多いですね。


 イカの足は十本のはずですが。

 このデカクラ君の足は、見えるだけでも数十本。


 まるでイソギンチャクの触手のように、ウネウネとした大量の足が海面に姿を現しました。


「第二陣、ゴー」


 僕はそこに、さらにいくつもの圧縮結界を落としていき、海面ギリギリの位置で次々と炸裂させていきます。


 ドカンドカンと空気が破裂して、海面に出てきたデカクラ君の足に衝撃を与えていきます。


「うーん……」


 やはり頑丈ですね。

 地上で炸裂させたら周囲十数メートルが吹き飛ぶぐらいの破壊力で炸裂させているのに、多少のダメージはあれど、引きちぎれたりする様子は見受けられません。


 これは、軍艦の大砲でも傷付かないわけですね。


 それならもっと爆破しましょう。


「それっ」


 第三陣第四陣と圧縮結界爆弾を落とし続けます。


 効果は薄いですが、こちらから一方的に攻撃し続けられるので、これをしばらく続けました。


 一時間ぐらい続いたでしょうか。

 音と衝撃を喰らいまくったデカクラ君の足はにわかに元気を失い、大半の足が海中に戻っていきました。


 いまだ健在の数本はまだ海面に出ていますが、それも当初よりは元気がないです。


 僕は、海面近くまでカベコプターを動かしながら手の平を合わせ、横向きに手を伸ばすと、薄刃結界を限界まで長く伸ばしました。


 そしてデカクラ君のうねる足を、


「えいっ」


 薄刃結界を水平に薙いで、射程距離内の足を全て切り飛ばしました。


 切り離されたゲソが、力を失って海面に叩き付けられます。


「…………はぁっ!??」


 ジェニカさんの驚く声がしました。


「これが、ナナシくんの光の刃ライトニングエッジの真価……!? す、すごい……!!」


 いや、それよりも。


「……あの足、美味しそうですね」


 あのゲソ、お醤油をつけて焼いたら絶対美味しいと思います。


 ニンニクとオリーブオイルで炒めるのもいいですし、バター焼きも捨てがたいですね。


 うーん、想像しただけでヨダレがじゅるり。


 などと思っていると、僕の呟きを聞いたお嬢様が驚愕したような表情を浮かべました。


「待ってナナシさん今なんて言った?? 私たちの足を舐めて美味しい美味しい言ってる口であの気持ち悪いウネウネした足のことを美味しそうって言った!!?」


 あ、やべ。

 失言だったかもしれません。


 いやお嬢様、女の子のお足を美味しいと思うのと美味しいご飯を美味しいと思うのは似て非なる感覚でして……。


 などと言い訳を言い募ろうとしていたところ。


 海中から僕らを見ていた目が、ギラリと光ったように見えました。


 海中からさらに大量の触手が出てきてカベコプターにメチャクチャに張り付いたかと思うと、ものすごい力でカベコプターを締め上げ始めました。


 おおっと、これは。


「ちょっと耐久力を全開にしますね」


 薄刃結界を破棄してカベコプターの結界壁を修復し、その他の機能を最低限まで減らして耐久力を全開まで高めました。


 お陰でカベコプターの壁面は、触手に包まれてもびくともしません。


 と、そこに。


 海中から水圧砲ハイドロカノンが伸びてきて、カベコプターに直撃しました。


 すさまじい水の奔流が、結界壁を強く叩きます。


 ミシミシミシミシと、結界壁から軋むような音がします。


 たぶんこれ、あれですね。

 僕がデカクラ君の足を切り落としたので、僕たちのことを脅威だと認識したみたいですね。


 なので、自身の最大威力の攻撃を畳み掛けてきたのではないでしょうか。


「ナナシさん、これ、大丈夫なのよね……!? 信じてるからね、信じてるからね……!!」

「いやーーー!? 殺されるーーーー!!」


 お二人ともご安心を。


 魔力の吸われ方から察するに、この感じなら結界にヒビすら入りませんとも。


 もっとも、耐久力に全振りしているので、この触手を振り払って上空に逃げるだけの移動力も、今はないんですけど。


 まぁ、大丈夫ですよ。

 この水圧砲もいずれは限界が来て止まると思いますので、その時にまた上空に逃げれば問題ありません。


 と、思っていると。


「……おや?」


 なにやら、結界にかかる力が、どんどん下向きの力が強くなっていきます。


 これってまさか。


「僕たちを、海中に引きずり込む気では?」


 触手にがんじがらめにされて全体に掛けられる圧力。

 水圧砲により一点に集約してかけられる圧力。


 これらに耐えるために結界壁の性能を耐久力に全振りした結果。


 めちゃくちゃバカデカいデカクラ君の重量と下に引っ張る力を掛け合わせたことにより、カベコプターの高度がどんどん下がり始めました。


「ちょっと!?」

「ぎゃーーっ!?」


 女性陣二人の切羽詰まった声をよそに、カベコプターは海中に没し、そのままどんどん海底に向かって沈み始めました。


 うーん、南無三!!

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